ハルトカンガエル

られ
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10: 探偵?

公開日時: 2023年1月21日(土) 18:00
文字数:2,383

「運動部って何時までやってんだ……?」

 

 別段何事も起こらないまま、時刻は午後5時40分。

 

「楓はいっつも帰り8時くらいだよ」

 

「家まで何分すか」

 

「1時間くらい」

 

「じゃあ7時近いのか……最終下校時刻ってやつ? よーやるわ」

 

 帰宅部の晴人には本来縁の無い概念だ。

 

「あ、でも練習は6時くらいに終わるんじゃないかな? 片付けとかあるし」

 

「片付けそんなかかります?」

 

「終わった後友達と話したりするみたいだよ? 葵もだけどね」

 

「へーん、そういうもんか」

 

 晴人が溜息をきながら頬杖ほおづえをつく。晴人はもう半ば飽きて空いた席に座り、今は代わりに千秋が立って校庭を見下ろしている。

 

「もー、【透明】使ってサッカー少女楓でも見に行きません?」

 

「よくないよーそういうのは……」

 

「んー。まぁ確かにちょっと盗撮チックか」

 

 バレることはまずないだろうし、なんならバレたところで、というところではあるが、千秋はそういうことにはあまり能力を使いたがらないようだ。

 

(モラルがあって素晴らしいことだ)

 

 晴人もまた、能力を使って得をしてやろうとはあまり発想しない。……したところで何ができるかという問題はある。

 

「ってか、本当なにも先輩まで残ってもらわなくてよかったんすけどね」

 

「うん、でも、もうみんなにケガしてほしくないし」

 

「ふーん」

 

「晴人くんだってそうでしょ?」

 

「俺は別に…………」

 

 そういうことではなくて。頭では色々考えたが、わざわざ伝えることもないかと考えなおして黙った。

 

「ま、なんでもいいすわ」

 

「なーにー? きかせてよ」

 

「…………」

 

「楓もよくね、そうやって途中で言うのやめちゃうんだ。なるべく聞かせてもらうようにするんだけど」

 

「そんでどうなるんですかい」

 

「うーん、また話をするよ」

 

「……ふーん」

 

「せっかくだからさ、話しておきたいんだ できるときに」

 

 千秋は微笑を保ったまま、でもどこか寂しそうに言った。

 

「俺とは話しとかなくて大丈夫すよ」

 

「そう言わずにさー」

 

「……俺はなんか、普通でいいと思うので」

 

「ふつう?」

 

「なんか急に腕切れたとか、普通じゃないでしょう? そういうのは要らないかなって」

 

「でもそれってみんなを助けたいってことでしょ?」

 

「違うかなー」

 

 ほぼ迷わずに否定が出たので、晴人は自分でも少し意外に思った。

 

「ちがうの?」

 

「俺は多分、自分のためにしか動けないっす」

 

「楓を助けてくれたのは?」

 

「それも」

 

「そっかー、優しいんだね晴人くんは」

 

「…………だといいすけどね」

 

「うん」

 

(……『うん』て)

 

 声に出してツッコむ気にもならず、会話がそこで途切れた。外は薄暗く、教室の中は明るい。それが、何か独特のもののように感じられた。

 

「あ、終わったかな」

 

 千秋が呟いた。

 

「お」

 

 立って見てみると、確かにサッカー部の面々が片付けを始めているようだ。

 

「ほいじゃ、それこそ【透明】使って様子見て、なんもなけりゃあ帰りますか」

 

「そうだねー。野田くんって子を見てればいいんだよね?」

 

「っすね」

 

 千秋が錠を取り出した、その時。

 

「あ、ちょっとタンマ。ずっるいなーそれ」

 

「!?」

 

 見知らぬ私服姿の男がスタスタと教室に入ってきた。長髪を後ろで結び、黒白のキャップを目深に被っている。そしてキャップに開けられた穴には、錠が下げてあった。

 

「晴人くんの知り合い?」

 

「違いますねェ、ちなみに俺に知り合いはほとんどいません」

 

「え、僕は? 友達?」

 

「だまれ」

 

「ええー」

 

「仲いいんだねぇ」

 

 キャップの男がけらけらと笑う。

 

「2人とも学年も違うんでしょ? あれかな、部活の仲間だったり?」

 

「そうじゃないんですけど、えっと」

 

「どちら様ですか」

 

 説明しようとした千秋を晴人がさえぎった。相手は錠持ち、能力者だ。極端な話、次の瞬間2人の首が繋がっている保証は無い。

 

「まーまー、アヤシイもんじゃごぜえませんって、ホラ」

 

 長髪の男が首にかけた『来校者』の札をヒラヒラと掲げる。つまりミナミコーの事務室で適切な手続きを終えているということであり、不法侵入者ではないということになる。……それを素直に受け取るならば、だが。

 

「ワタシは真渕まぶち飛鳥あすか! そのー、あれよ」

 

「どれだよ」

 

 晴人が苦々しくつぶやく。

 

「うふふ、いいね君」

 

 飛鳥が楽しそうに晴人を指さす。

 

「ほら、『警察のモノ』的な? ───あ、でも警察手帳とか持ってねーわ。あれよ、捜査に協力してる探偵的な」

 

「…………」

 

───怪しい。

 

(『探偵が警察に協力するとかフィクションでしか~』とか考えるのもアホらしいほど怪しい)

 

 どう判断したものか、晴人が黙っていると、千秋が無邪気に質問をした。

 

「もしかして、最近モノが無くなってる子が多いからそれでですか?」

 

「そーそー。まぁどっちかって言うと、今日ケガ人がいっぱい出た件の方で呼ばれたんだけどね」

 

(『どちらかというと』? ケガと盗みが絡んでそうってのは同意見なわけかい?)

 

 何かモノを盗まれた生徒が不自然な怪我を負っている。その関係に気づいているとすれば、本当に今回の一件をしているのだろうか? 警察が?

 

(よりにもよって錠持ちがァ??)

 

 忘れてはならない、『何か盗まれた生徒がそれを理由に突然出血する』などというのは、錠、そして能力というものの存在を知っていてやっとどうにか飲み込める理屈だ。その点、この真渕飛鳥なる男は錠持ちである。それはいい。しかし、錠、そして能力、能力者。その存在は世間一般には知られていない。国の隠蔽いんぺいだとか、そんなようなことがあるのかは晴人の知るところではないが、能力者による事件が能力者による事件として捜査され裁かれるなどということは聞いたことが無い。

 

「んで? それが? こんな時間になんのご用で?」

 

 晴人が真っ当な疑問を投げる。今の今までヘラヘラとしていた飛鳥が、少し真面目な表情を作った。

 

「こちらとしても、どうしてこの時間まで教室に残っているのかききたいところでね。……端的に言って、雲居晴人くん。ボクは君を疑っている」

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