『才能』とはなんて厄介な言葉かと度々思う。
才能とは何か。なんだと思います?『ググれカス』となる方はそういないんじゃないだろうか。ということはつまり、『才能とは何か』と訊かれて、『ああ、才能って言葉を知らない人なんだな』となる人はそういないということで、才能ってなんだか曖昧で難しいよネというのはある程度共通した認識なわけで。まぁでもいったんは手近な辞書を引いてみたとする。多分どの辞書でもほとんど同じことが書いてあるんだろう。『生まれつきの能力』と言ったところだろうか。よく対に語られる『努力』なんかに対して生まれつきの、後からはどうしようも無いものだとされることが多い。
それは正しいと思う。まぁ、そりゃ根底から間違ったことは辞書に書いていないだろうし。ただ、それを読んで才能とは何たるかを理解したことになるかと言うと、それは違うとも思う。
なにも『それだけでは本質が~』とかそういうことでは無くて、それもあるかもしれないけどそれだけじゃなくて、単に俺たちは日常で正しいものだけを使って生きていないと思うのだ。わかりやすいとこで言うと1人に対しても子「供」と言うとか。本来の意味で言えば間違いかもしれなくても、日常のやり取りにおいてはそれで成り立ってるようなことがたくさんある。才能ってものに関しても、正しいだけじゃない日常を生きる俺たちがそれに納得するためには辞書を引くだけでは足りないのが常だ。
「ふむ、ひとつに初めてやった競技で目覚ましい活躍をしたこと。ひとつに、最初は初心者相応の実力しか無かったが、練習をする内に他の追随を許さぬ力を得たこと。これら共に才能に依るものかな?」
───不意に声が聞こえた。はっきりとした、でも威圧感の無い、澄んだ声だった。「聞こえた」という、その感覚を得て自分の存在が知覚される。意識の所在が浮かび上がる。ぼんやりとしていたような、そもそも無かったような体の感覚が得られ、視界が定まる。少年は、点が2つあれば直線が決まる、という話を思い出した。
前───というか気づいてみれば前だったそこ───に誰かが椅子に腰掛け、肘置きに頬杖をついている。古くて大きな、童話でおばあちゃんが編み物をしていそうな揺椅子だ。かといってそこに座る彼女は老婆の姿ではない。高校生くらいの見た目の麗しい少女だ。まず目を引く白髪は座面に届きなお余りあるほど長く、瞳まで綺麗な銀白色をしている。さらには白のワンピースを着ているので全身白ずくめだ。少なくとも日本ではそうそうに見ない容姿。それが突然現れたというのに、相対する少年は驚くこともなく彼女の問に答えた。
「……生まれつきの能力って意味では、いきなり最強の方がそれらしいけど。やってみてすぐ出来るようになる、筋がイイみたいのも才能って言うよな。」
「すぐ出来るようになるのではなくて、ずっと練習をしていたら急に、というのは?」
「才能開花、ってヤツか? いやでもめちゃくちゃ努力しただけかもしれないけど───」
「同じだけ努力した者とは明らかに差があるわけだ」
「───ってことね。その劣ってる方からすりゃ才能の差に感じるだろうけど、勝ってる方を『天才だ』で片づけるのは乱暴なのかね。努力はしてるわけだし」
少年は腕を組み少し考え込む。浮世離れした外見の少女に対し、少年はごく普通の日本人といった格好だ。少女と同じ高校生くらいの見た目で、黒髪黒目。中肉中背。眼鏡。
「だからこう、サッカーを練習すると「サッカー上手いポイント」が蓄積していくとして、最初から10000ポイント持ってるのが才能なのか、1ポイントぶんの練習で3ポイント貯まる───か、あるいは比例じゃなくて一定後からぐんと伸びるにしろ、そういうのを才能というのかってこと?」
「そんな感じかな。10年練習して30年ぶんの効果を得た、ただし最初の5年は5年分、あるいはもう少し少ない分の効果しか得ていない、みたいな?」
「凡人が憧れて言うような『才能』、って別に、努力の過程は見てない気がするなぁ」
「なんであれ高い能力を持っていれば才能を持つ者だと?」
「まぁ持ってない人はそう言いたくなるよねぇ」
「単に人の数倍努力した結果かもしれないのに?」
「努力するのも才能……とか」
「努力していない者が努力している者を『天才』と断ずるのかい?」
「まぁそうだよなあ、悪意は無くても、やっぱり本人からしたら面白くないかも。」
「持たない者は羨み、持つ者は疎む……」
「そう考えると、自分にはこれの才能がある、って思ってる人っているのかしら? 自慢になりたくないとか、まぁあるでしょうけど、あんま聞かないな。」
「じゃあ才能なんて誰も持っていないのかもしれないねえ。あぁ、厄介だね、確かに厄介だ」
白髪の少女がすこぶる愉快そうに微笑んだ。揺椅子の動きが俄かに大きくなる。
「アンセ、アンセさんよ」
「なんだよ」
改まった様子で渾名を呼ばれ、白髪の少女が少しきょとんとした表情をする。少年は続けて訊ねた。
「その性格の悪ささぁ、ホントに俺の何かが投影されてる訳じゃないんだよな?」
「勿論だとも。これは───だ、誰の性格が悪いって?」
「なんか自分を客観視してる気になるんだよたまに」
「そう、なのかい? 似てる? 私とハルト。ハルトは性格が悪いというか、ひねくれているだけだと思うけれど。私は───性格、悪いかい?」
頬杖から体を起こし、アンセが少し不服そうな物言いをする。
「ヤな奴じゃないけどさ。人の不幸が好きな節がある」
「そうかなぁ。……これは確かに君の夢───のようなものだが、私の存在は君とは別にある。何度も言っているじゃないか」
少女がまた微笑む。今度は先ほどのいたずらっぽい笑顔では無く、どことなく穏やかだ。
「何度でも気になるってもんだろ、こんなしょっちゅうおんなじ明晰夢見るとか……」
日本に住む高校生、雲居晴人はどこにでもいる普通の高校生であったが、2つだけ普通でないことがあった。その内1つが、不思議な明晰夢を見ること。この古い揺椅子に座った少女の夢を見るようになって、もう1年近くが経つ。毎日とは言わずともかなりの頻度、およそ週4回ほどで。2人で色んなことを話す、それだけの夢。今日のような議論めいた応酬からちょっとした雑談まで。1年間、しょっちゅうそんなことをやっていれば───
「しかも現実では知らん人だしさぁ……」
「忘れているだけでどこかで会って───」
「会ってたら間違っても忘れんわ」
「お、嬉しいことを言ってくれるね」
「単に白いんだよお前は!!」
「ハルトだって黒いじゃないか、眼も髪も」
「日本人はだいたいそういうもんなんだよ……」
「フフ、そうだったね」
───すっかり気の知れた仲である。
「でも私の事を現実で知らないっていうのは、私が君の夢の中の作用では無い根拠になるんじゃないかい?」
「まぁ普通は知ってる人が出てくるもんかぁ。そういう考え方も出来るけど、知らないぶん何か深層心理とか反映されてそうな気がする」
「こういうのがタイプなのかい?」
アンセが冗談っぽく手で長髪をなびかせる。
「いや~~」
「これが単に君の夢であるならば、君の意思ひとつで私にあんなことやこんなことを」
「いや~~」
「微妙な反応をお止めよ」
傷付くよ、と少女がそっぽを向く。嘘吐け、と少年が呆れる。
「ねぇハルト」
一通りふざけ終えたところで、アンセが少し真剣になって話し始めた。
「?」
「なんでまた、才能なんてことを考えていたんだい?」
少年が少しニヤッとした。アンセを『性格が悪い』とした晴人の気持ちが彼女にも少し解った。
「俺には才能があるのか、考えてた。というか、俺のこれが才能と言えるのか」
「ああ、そういうこと」
納得して、そして少し困ったように首を傾けるアンセ。
「そうだね、それはまた別モノのようなそうでもないような。キミは───」
アンセはそこで言葉を切った。迷ったからではない。既に晴人の姿がそこに無かったからだ。
「……朝か」
ここは晴人の夢。夜が明け、目が覚めれば晴人は現世に舞い戻ることになる。後には、彼岸の少女が一人残された。
「ハルトの───」
さっきまでより声が響くように感じる。
「そして私の才能かぁ」
眼を閉じる。また開く。そして少し笑った。
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