ハルトカンガエル

られ
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04: 帰宅部は部活じゃない

公開日時: 2023年1月13日(金) 18:00
文字数:2,415

「あ、晴人くーん」

 

 少し遠くから名前を呼ばれた。千秋だ。1組にも2組にしたのと同様のアナウンスを終えた後なのだろう。

 

「あ、おつかれさまでーす」

 

 真帆乃が手を振り返しながら返事をする。

 

「まほのちゃん! 久しぶりだね」

 

「はい、お久しぶりです!」

 

(せいぜい2、3回あっただけの女子を名前ちゃん呼びできる精神がわからねえ…………)

 

 イケメンだから許されるのだろうか。千秋だから許されるのだろうか。真帆乃だから許されるのだろうか。自分がやったらどう思われるのだろうか。

 

「あんた帰宅部って言ってませんでした?」

 

 本題に入る前に、気になっていたことをいてみた。先月の一件の際、葵・楓姉妹がどちらも陸上部だ───というくだりで千秋は帰宅部と言っていたはずだ。

 

「帰宅部だよ?」

 

「やだこの人もう」

 

 晴人は話の通じない相手が苦手だ。

 

「ボランティア部……じゃないんですか?」

 

「ボランティア部だよ?」

 

「帰宅部じゃないじゃん!」

 

(乙倉でもダメか…………)

 

「ボランティア部は運動部じゃないよ!? だって走ったりしないし、ね? 帰宅部」

 

「文化部のことを帰宅部って呼んでんの!?!?」

「それ文化部!!」

 

 晴人・真帆乃が同時にツッコむ。

 

「ええ!?」

 

(マジかこの人…………)

「マジかこの人ヤバ」

 

(言っちゃうんだ…………)

 

「え、じゃあ帰宅部っていうのは??」

 

 千秋が難しそうなカオをして訊く。

 

「部活入ってない人のことですよー」

 

「?? 帰宅部に入ってる人は??」

 

「え? それはだから…………」

 

 真帆乃まで混乱しだした。

 

「はい、終わり、この話終わり」

 

「晴人くんは何部?」

 

「……きた…………サッカー部です」

 

「おい!」

 

 真帆乃が晴人の肩をぺしと叩いた。

 

「エースやらせてもらってます」

 

「おおい!!」

 

 ぺし。

 

「しょーがないだろ! ここにはまだ帰宅部の概念が生まれてないんだよ!!」

 

「サッカー部なんだ! 楓もサッカー部に変えたから一緒だね!」

 

(なにそれしらない)

 

 楓は陸上部だったはず。姉、葵との差に苦しんでいたようだったが、競技を変えたのだろうか。

 

(いやでもまたクソ天然誤認の可能性も───)

 

「楓ちゃん、がんばってますもんね」

 

(───いやガチだ)

 

 真帆乃と楓は先月の一件以来仲良くなったようで、教室で一緒にいるのをよく見るようになった。その真帆乃がそういうなら、やはり桜木楓は女子サッカー部に移籍したらしい。

 

「やっぱ俺は野球部だった気がしてき───いやどうでもいいんだよそもそも…………ボタンの話っすよね?」

 

 話を本題に戻すことにした。これ以上は収拾がつかない。

 

「あ、そうそう。2組のぶんは全部見つかったってこと?」

 

「みたいですね」

 

 少なくとも先ほどのHRで名乗り出た被害者はいなかった。昼休み、発見の現場に居合わせた女子5人組と───

 

「わたしも取られたんですよー」

 

 真帆乃がブレザーを張って見せる。2つあるボタンの内上の1つが無くなって、そこからほつれた糸が伸びている。

 

「今日帰ったらやんなきゃ」

 

「……自分でできるもんなの」

 

「縫うだけだもん。なんとかなるよ」

 

「真帆乃ちゃん縫物ぬいもの得意なの?」

 

「いや得意とかじゃないですけど、ふつうですよ~」

 

「……ふーん」

 

 こういうとき女子は偉いなあと晴人はまた思う。自分だったらどうするだろうか。

 

(店でやるもんなのかと思って調べ、どうやら自分で縫えることを知り、……まぁなんとかするかなあ)

 

 晴人も特別不器用なわけではない。むしろ大抵のことはそつなくこなす方だ。

 

「で、そう、2組のぶんはまとめて俺のロッカーから出てきました。俺はやってません、何も知りません。それ以外特に言うことないんすけど」

 

「うーんそっかぁ。けっこう色んな人が取られちゃってるみたいだから、なんとかしたいんだけど」

 

「それ、ボランティア部の仕事なんすか?」

 

 『帰宅部』の話が思わぬ方向に転んだせいできそびれた疑問を口にしてみる。

 

「あーそれわたしも思った」

 

「あー……うん、もちろんボランティア部だからやらなくちゃいけないこととかじゃないんだけどね。僕ができることがあったらしたいなって思ってて、それで」

 

「へぇー、えっらいですねー」

 

 素直に感心する真帆乃。そうはならないのが晴人。

 

「んで?なにが『できる』つもりでいるんです?」

 

「……まだわかんないや。とりあえず今日1年生には、さっきみたいに『なにか知ってたら24にー』、ってお願いしてみたんだけど」

 

「…………あんた2組ですよ」

 

「えっ」

「えっ」

 

「で、どうなったら解決です?」

 

「ちょ、すすめるなすすめるな!! 千秋先輩さっき4組って言ってましたよね!?」

 

「あはは、また間違えちゃったみたい…………」

 

「いいだろもう。どうせわざわざ協力しにいく人なんていねぇだろし」

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょー?」

 

「だって、いるか……? いないだろ……」

 

 なにも『そんな善良な生徒はいない』と言うのではない。晴人に言わせれば、一般の高校生はそれほどヒマではないのだ。

 

「まぁそれでもいいですよ、仮に有力な情報が(全て葵先輩を経由して)バカスカ届いたとして、そんで?」

 

「それで……ボタンを取った人がわかれば」

 

「そーだよ、犯人がわかれば雲居くんの疑いも晴れるし!」

 

「犯人ねぇ」

 

 言いながら、晴人は大きくのけぞって伸びをする。

 

「俺のことは別にいいし……犯人捕まえてどうすんです? いやあんま聞きたくないかも。俺は犯人捜しはしない」

 

「なんでよー」

 

「なんでと言われても」

 

「僕はもう少し、調べてみるね」

 

 千秋が少し寂しそうにそう言った。

 

「はぁ、がんばってください」

 

 カバンを持って立ち上がる。

 

「ノリわるい……先輩、わたしも手伝っていいですか?」

 

 帰っていく晴人を少し睨んだ後で、真帆乃がそう名乗り出た。千秋は顔をパッと明るくする。

 

「ほんとう? うれしいよ!」

 

「絶対犯人見つけましょう!」

 

 2人で盛り上がり始めた。晴人は何か口を挟もうか迷って、決めきれず溜息をもらして教室を後にした。

 

(…………大丈夫かいな)

 

 そんなに大丈夫じゃないです。

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