ハルトカンガエル

られ
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10: また朝が来て、何が変わるわけでもなく

公開日時: 2023年1月10日(火) 18:00
文字数:4,162

「───ってな感じ?」

 

「ほーお」

 

 一通りを聞いた白髪はくはつの少女、アンセが興味深そうに眼を細めた。

 

「そりゃあ、この2日でずいぶんいろいろとあったもんだねぇ、大活躍じゃないか。昨日話を聞けなかったのが惜しいよ」

 

 昨日、つまり桜木楓の能力による火事騒ぎのあった日は明晰夢の無い夜だったので、今夜晴人とアンセは2日ぶりの邂逅かいこうを果たしたことになる。そんな日には特に、アンセが晴人の日常を知りたがるのはよくあることだ。

 

「活躍、したのかねぇ。なーんかあんまり関わんない方がよかった感じもしてんだけど」

 

「関わらなかったらどうなってた?」

 

「楓サンは死んでたかもなあ。自殺というよりは、最初に能力出た時点で。」

 

「その方がよかった?」

 

「かも? 俺が決めることじゃねぇけど。ま自殺はあの場の思いつき、衝動的なもんだったみたいよ?」

 

 千秋からわざわざそう連絡が来た。返信に困った。

 

「意思を燃やす能力、か」

 

「そう、適当言ったつもりもないんだけどさ、そういえばきいたことなかった。 能力ってどうやって決まってんの?」

 

「うーん、厳密にルールとか法則があるのかわからないけど、その人がそのときやりたいことを実現しようとする力が働いて何らか使えるようになるって感じ、になってるんじゃないかなと思う。私がそう決めたわけではないけれど」

 

「どんな形で実現するかはわからない?」

 

「そうだね。目の前に壁があって向こうが見えない、見たいと思って錠が開いたとき、透視の能力が現れるかもしれないし、壁を飛び越える跳躍力が得られるかもしれないし、また別の能力かも。」

 

「なるほどねぇ」

 

 晴人は小さく呟き、考える。

 

「しかしまぁ、カエデが無事だったとして、兄妹で能力者とは、なんだかすごいね。2人で協力すればなにかできそうじゃないかい? なにか。」

 

 両手の指を合わせ、アンセが楽しそうに言う。

 

「特に相性はよくなさそうだけどな」

 

「む、そうか。チアキの能力はカエデの炎で解けてしまうのだっけ。」

 

「そういう問題?」

 

 千秋の透明化と、楓の炎。合わせて何ができるか晴人には思いつかなかった。

 

「それが無ければほら、道を炎で包む。その上を透明になって逃げれば相手は追ってこれない」

 

「相手ってなんだよ」

 

「いざという時にさ。何かと物騒なんだろう?」

 

「うーん、そんな日常的に危ない目に会うことは無いけどなぁ、日本じゃ」

 

「そうかぁ。……ま、安全ならそれに越したことは無いよね。炎の能力だって使いようによっては危険だ。カエデが悪い人でなくてよかった」

 

「そう、だなぁ……」

 

 晴人がいかにも嫌そうに眉をひそめる。

 

「……そうでもない? 衝動的に自殺を考えるあたり感情的な人物ではあるのだろうか?」

 

「いやそういうことじゃなく。彼女、錠のことを『願いを叶える』モンだと思ってた。なんでだと思うよ」

 

「……義兄あにが特殊な能力を使うのを見ていて、ではないということかい」

 

「そ。そういう触れ込みでアヤシイおにーさんにもらったんだとよ」

 

 

『……木外きそとで、なんか男の人から』

 

 

 晴人にどこで錠を手に入れたのか訊かれた楓はそう答えた。

 木外きそと。駅で言えばここミナミコーの最寄り駅である鈴河原すずがわらから4駅。そこに楓がいたこと自体は特に不思議無い。なぜなら木外は、簡単に言えば『鈴河原ここから一番近いそれなりに栄えた街』、だからだ。鈴河原は何しろ遊ぶところが無い。マジで無い。カラオケの1つも無い。この間『切手屋』が潰れた。郵便局ではなく、だ。美容院ばかり4つも5つもある。こういう時は大抵『3つも4つも』と書くことが多いように思うが、どう少な目に見積もっても5つある。ご飯を食べるにも、焼き肉屋かカレー屋の2択。喫茶店の1つも無い。はなのJKたちが学校帰りに遊ぼうと思ったら。お互い部活で忙しい、初々しいカップルが少しお出かけしようと思ったら。そういったことに縁の無い晴人でさえ、少し大きな本屋に行こうと思えば。ミナミコー生にとって、木外きそとはそんな時最適解になりがちな街なのだ。

 

 

『今朝、もう学校来るのも嫌になって、どっか行ってやろうと思って。でもなんか別に行きたいところもなくて、なんとなく木外で降りちゃって。あたしってなんでこう……って、歩いてたら、声かけられて、もらった』

 

 

すがるように錠を開いてみれば炎で姉を傷つけてしまい、というわけか。……気の毒だったね」

 

 アンセが胸に拳を当てて思いをせる。

 

「それに、そうか……その男、錠がどんなものかある程度分かったうえでそれを他人に与えたわけだね?」

 

「そう、それ。それだけじゃなんとも言えんけど、ちょっと意味わかんないよなー」

 

「なにか目的あってのこと、じゃ、ないといいね」

 

「まぁ。どうだかね」

 

「……気をつけたまえよ、ハルト。」

 

 忠告するアンセの眼差しは真剣だった。

 

 

 

 翌日、放課後。晴人は教室に残っていた。今日は炎の中自殺にのぞむ女子生徒を眺めているわけではない。晴人は1人だ。

 

(なんか、やっぱ俺が悪い気もする)

 

 自分が首を突っ込まなければ、楓が衝動的に飛び降りを考えるようなことは無かったように思えた。その場合はやはりあの廊下で失われていた命かもしれないが。

 

(少なくとも俺は──)

 

 ──生きてさえいれば死ぬよりマシとは思わない。

 

(ま、なんにせ止めるべき、だったんだろうねぇあの場は)

 

 目の前に自殺しようとしている人がいて、それを止める理由は無いと晴人は言った。それは本心だ。だがそれが当たり前、正しいと思っているわけではない。そんな考えは少数派もいいところだと理解している。アンセはそのことについては何も言わなかった。それは毎日のように晴人と話し、その考えをきき、晴人ならそうするとわかっているというのもあるし、故あって彼女は世の中のことをよく知らない、というのもある。

 

(ま、人間の仕事だな、そりゃ。俺は……いいや)

 

 俺は人間じゃないから。

 

(俺は、いつまでこんなことしてんだろうな。さっさと───)

 

「ん、雲居くんじゃん」

 

 教室に真帆乃がやってきた。手には数学の参考書とノートがある。

 

「……ん。勉強してたの?」

 

 ご立派なことだ。

 

「そー、テストこわい」

 

 思い切り顔をしかめる真帆乃。

 

「テスト?  ああ……」

 

 そういえば最初の中間テストがせまって……いるようないないような。まだ2週間あるな。

 

「……早いね」

 

「えーっ、そうかなぁ。だって科目も多いし。なんで数学2つあるの? ヤなんだけど」

 

 高校では数学Ⅰと数学Aの2科目がある。どう分類しているのかはよくわからないが。確かに晴人からしても中学とはレベルが違うと感じる。早くも理系を諦める声があちこちから聞こえるのも、まぁわからなくはない。

 

「うーん、まぁ1週間前からじゃ遅いかなあとは思うけどさ」

 

 いわゆる自称進学校レベルのミナミコーにあって、晴人は特別に勉強が出来る方ではない。真面目に勉強するというよりは、(俗に言う)あたまがよく物分かりが速いためにテストの点数が取れるタイプだ。ただ大した向上心も無いので、飛びぬけて良い点数を取ることはあまりない。

 

「余裕かよーー、なんだよーう」

 

「別にそういうわけじゃ……」

 

 対して真帆乃は真面目に勉強をするタイプだ。晴人に言わせれば、『ノートがカラフルなタイプ』である。中学ではノートを提出させられ、その評価が成績に加味される科目も少なくなかった。真帆乃はそこで必ず満点を取るタイプだった。晴人はと言うと、なぜそんな何色も使ってキレイにまとめなくてはならないのかわからず、いつも及第点程度だった。高校では日本史などのいわゆる暗記科目の多くが教師の自作プリントによる授業になったので、晴人はいまやノートを一切取っていない。

 

「よし、帰ろ?」

 

 真帆乃が荷物をまとめ終え立ち上がる。

 

「……? 俺?」

 

「なによ、まだ残んの?」

 

「いや、どっちでも……ってか、なにも一緒に帰らなくても」

 

「いいじゃん別にーーーーー」

 

「イタイ、引っ張るな、押すな」

 

 リュックサックを背負った真帆乃に背中を押され、慌てて机に置いていたカバンを持ち、教室を出る。

 

「ってか、雲居くんも勉強で残ってたんじゃないの?」

 

「いや別に。追試取んなきゃいいくらいに思ってるよもう」

 

「わたしだって追試取りかねないから今から勉強してるんだよ~」

 

「まぁまだ最初のテストだし。取ったら取ったで」

 

「とか言って絶対取らないだろキミ!いっつもそうだ!『やばいよ勉強してねえよー』のタイプだろ!」

 

「いやそんなアピールはしねぇよ…… 中学とか、実際そんな勉強してたわけじゃないし。でも必要だと思ったぶんはやってたよ。……テスト1週間前からだけど」

 

「くっそーーー」

 

 校舎を出る。薄暗くなってきた校庭に多くのジャージ姿が見える。ジャージ姿の陸上部、奥には野球部のユニフォームも。ミナミコーの陸上部は「公立にしては」強いらしい。帰宅部の晴人に実感はないが、そりゃあ部活の盛んな私立高校と進学校では話が違うのだろう。試合なりをする機会があれば、実力差を見せつけられることだってあるのかもしれない。おそらくうちの野球部では甲子園優勝は望めないだろう。

 

(だからウチで野球やるなんて無駄だ、とは思わないけど)

 

 晴人にはわからない。彼らがどんな気持ちでボールを追っているのか。

 

(分かれば、せめてその辛さもわかればいいのに)

 

 校門を出る。赤信号にぶつかる。一昨日の朝、ここで千秋と出会ったのがもうずいぶん前のことのようだ。

 

(……なんて、ひとりよがりか)

 

 過去は変えられない。少なくとも晴人にその才能は無い。

 

「……ねぇ、昨日の、さ」

 

 真帆乃が遠慮がちに切り出した。

 

「え?  うん」

 

「楓ちゃんがああいう能力になった理由。あれって本当?」

 

「いや知らんよ、ほんとのとこなんて、そんなものあるんだかないんだか」

 

「じゃあ楓ちゃんに気つかったってこと?」

 

「別にそういうわけでも。そうは考えられるんでは?って思ったことを言っただけ。あれだって人助けに絶対使えないわけじゃないだろうし、どう使うか本人次第ってのは間違いないでしょ?」

 

「まぁ、ね……」

 

 能力も、そして才能も。どう使うかは自分次第だ。

 

(その性質の如何いかん多寡たかに関わらず……ね。いやぁ、自戒かなこりゃ)

 

 超常の能力が絡んだ常識外の騒動であったとしても、そのオチはこんな、よく言われるようなところで十分だろう。彼らはただの高校生なのだから。───そして信号が青になった。

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