往来に抜けて能力を解く。通りかかった何人かがぎょっとした顔をする。なかなか「3人の男女が突然姿を現した」とは了解できないものか、それぞれが何を口にするでもなく通り過ぎて行く。
「ちょっと! 急に走んないでよ!」
「ごめん、でも晴人くんが!」
「え、晴人? な、え、なんですか!?」
「真宿!! 晴人くん、今日真宿に行くって言ってた!!」
「あ、真宿……い、今言ってたことって、ホント、なんですか……?」
新興宗教「異郷」の男は、間もなく真宿で多くの人が死ぬと確かにそう話していた。
「こないだだってやったんだ、今日だってきっと!」
言いながらスマホのメッセージアプリを立ち上げ、晴人に電話をかける。
「お願い、出て……!!」
「とりあえずメンションしといた、あいついつも反応無いから通知入れてんのか怪しいけど……!」
「テドベ」のグループにメッセージを入れた楓が言う。
「ありがとう! ……ダメだ、出ない……!!」
「真宿ってここから2駅ですよ、私たちも逃げないと……」
真帆乃が青い顔で言う。千秋は首を振る。
「ううん、僕は真宿に行く」
「ダメです、危ないですよ!」
「晴人くんはもっと危ない!!」
千秋が大きな声を出す。
「いやでも、もう帰ってるかもしれないし、確認してからでも……」
楓がおずおずと言う。
「そのせいで間に合わなくなるかもしれない」
千秋は走り出す。
「先輩! 待ってください!」
真帆乃が叫ぶ。しかし千秋は立ち止まらない。
「僕はもう後悔したくないから!」
「じゃなくて駅そっちじゃないです~~!!!」
(「陶器」ってこれでメジャー3枚目だっけ、4枚目か?「記憶の弐」入れて4枚目か?)
一方その頃、晴人は呑気に真宿のCDショップを歩いていた。今日発売を迎えた新譜の他に、まだ買えていなかったアルバムを3枚。いわゆる「ジャケ買い」をするタイプではないので、豪華に飾り付けられた特設ブースらを横目に通り過ぎて目当てのCDを手に取っていく。
(「冬商人」はなかなか衝撃の一曲だった……他も楽しみだな)
極めて珍しく上機嫌でレジに向かう。こんな機会でも無ければ目にしない髪色のお兄さんと会計を済ませ、そそくさとエレベーターに乗る。
(能力はすごい 俺も能力を売って生きたい)
ここで「能力」とは錠の与えるそれではなくて、良い曲を作るだとか演技ができるだとか、そういうものに対する憧れ、あるいは嫉妬、羨望のつもりで考えた。後から自分も「能力」を持っていることに気づいて顔をしかめた。
「びっくり人間として生きていくか……」
1人きりのエレベーターで呟く。「糸魔術師だかの胡散臭い肩書を名乗ってスーツに蝶ネクタイでもキメて、観客を驚かせる自分を想像する。
「いや、イケメンを雇って影武者にした方がウケそうだな」
無駄に現実的な案が口を衝く。
(まぁ、この先「錠」が認知されたらそんなこともできなくなるけど……)
錠とそれを持つ能力者、それがこの先増えていくのかどうか、世間の常識となっていくのかどうか、それはわからない。前に真宿であった一件、あれほどの大事があっても能力の話が表に出ないということは、警察としては、というか国としては? 能力のことはなるべく隠し通すつもりなのだろうか。
(無理がある気もするけどねぇ)
かといって、こんなものの存在を認めてしまったら現代社会の基盤が軒並み崩れ落ちる気もする。
(『完璧な偽札を作る能力』が存在しない保証ができなくて貨幣の価値が無くなるとかね……)
エレベーターを降りる。ビルを出る。連日の真夏日の中ではあるが、休日の大都会真宿はさすがの人通り。やはり晴人とは普段縁の無さそうな人々が行き交っている。CDショップの入ったビルは駅のすぐ前。といっても数ある出口のうちの一つのすぐ前、なので毎度駅の中で迷う。それも帰りのときには関係の無い話だ。改札を通るためにスマホを取り出し、特に目的も無く手癖で画面を点ける。メッセージアプリの通知が目に入る。晴人には友達がいないが、クラスのグループ、それから「テドベ」のグループにも入れられているので、メッセージアプリの通知が来るのは実はそう珍しいことではない。それでも、「不在着信」の4文字は少々目についた。発信者が「桜木千秋」であることを確認し、ひとまずは納得する。自分なぞに電話をかけてくる者があるとしたら、確かに千秋か、でなければ飛鳥くらいのものだ。そして視線が自然に流れてその下の通知に行く。楓から『真宿にいるなら今すぐ逃げて』と来ている。
(……真宿をなんだと思ってるんだ?)
なんかアレか? 片手にフラペチーノを持っていないと田舎者と見なされて袋叩きに合うとでも思ってんのか? よくわからないが立ち止まり、通知をタップし画面ロックを解除する。「テドベ」のグループが開く。『今どこ?』に続いてそのメッセージが残されているのみで、他に情報は無い。────と思っていたら楓からのメッセージがもう一つオンタイムで届いた。────『異郷が真宿で何かしようとしてる』
(────あえー)
ホントに潜入したのかよ、とか何かってなんだよ、とか種々逡巡して、行動を起こす前にどこか遠くから微かに地響きのような音が聞こえた。
「この展開も多いな最近!!」
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