ハルトカンガエル

られ
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02: 学校にも盗みがある

公開日時: 2023年1月11日(水) 18:00
更新日時: 2025年1月21日(火) 01:58
文字数:3,644

「雲居ー、日本史の資料集貸してくれない?」

 

 昼休み。当然昼食をとるための時間ではあるが、部活動の盛んなミナミコーにおいてはすでに早弁を済ませ昼練ひるれんやら会議やらに出向いている生徒も少なくない。そんな中でも当然のように自分の席にいた晴人に、1人の男子生徒が声をかけた。

 

(野田クンだっけ)

 

 同じクラスではあるが、名前が怪しい。同じクラスではあるとは言ったが、違うと言われたら信じるかもしれない。おそらくサッカー部の野田だ。

 

「…………なんで」

 

 ほおっていた購買のカツサンドを飲み込んでから質問を返す。なにも『なんでそんなことをしてやらねばならないのだ』とかそういうことではない。確かに晴人たち2組は昼休み明けて4限が日本史だ。だがその時は当然晴人もまた日本史の教科書資料集一式が必要になるので、それを貸せと言われても少し困る。

 

(ふつう他クラスに借りに来るのでは……)

 

 他クラスの男子が、授業開始直前になって2組の友達に何か借りにくるのは晴人もよく見る。(もっぱら運動部だ。)

 

(ということは他クラスかこの人!? ……いやいや、そしたらなんで俺に)

 

 そういった諸々もろもろの疑問が詰まった『なんで』である。

 

「いや、昼休みのうちに返すからさ! 復習しておきたくて、頼むよ~」

 

 ヘラヘラと笑って言う野田(仮)。ああ分かってしまう、これは話したことの無いクラスメイトにも明るく気軽に話しかける、そういった人種のもの、無理したコミュニケーションだ。

 

(陽キャ陰キャという言葉は好きじゃないんだが、まーなんというか)

 

 なんというか。

 

「……別に良いけど。持ってくる」

 

 授業より前の復習に使うぶんには同じクラスの人に借りるので良い、は通るとしても、自分の物がないのなら授業に際してはどうするのか、どうせそこでも必要になるのならばやはり他クラスの者に借りた方が良いのではないか、そしてやっぱりなぜ自分なのか、などなど気になりはしたが、いちいちツッコんで面白いとも思えなかった。晴人は席を立ち、教室後ろに並んでいるロッカーに向かう。晴人の席は最後尾から2番目なのでアクセスは良い方だ。しゃがみ込み、出席番号13番のラベルが貼られた下段のロッカーを開く。雑な平積みにされた教科書類の山から『しょうせつ 図解日本史』を引っ張り出す。

 

「あん?」

 

 資料集に引っ張られるようにして一緒に出てきたが始まりだった。

 

「雲居? え、お前それ……!」

 

 いつの間にか背後にいた、野田(仮)がさも大事おおごとであるかのように言う。晴人の、確かに晴人のものであるロッカーから転がりだしたそれは、『基礎徹底 数学IA』でもなければ、『KEYPOINT 文法理解』でも無かった。

 

「…………なんで?」

 

 それはボタンだった。『ポチっとな』のではなく、服をめる方の。もっと言うと、ミナミコーの女子制服の。もっともっと言うと───

 

(そいや先週担任高田せんせが『最近女子制服のボタンが盗まれもとい無くなることが多いので何か知ってたら教えてね』みたいなこと言ってたっけか…………)

 

 ───という事情の下での、女子制服のボタン、4つだった。

 

「いやお前それ……!!」

 

 野田(仮)が一段声を上げてまた言う。晴人がそうであったように、一目見れば異様とわかり、少し考えればこの前のHRでの話とつながる状況だ。教室が徐々にざわつき始める。

 

「え、それ……わたしらの?」

 

 1人の女子生徒が声をかけてきた。どうもの方らしい。確かに、よく見るとブレザーの丸ボタン2つの内下のひとつが無い。後ろには他の女子数人が不安そうにこちらを見ている。どうやら一緒にお昼を食べていた一団のようだ。『わたし』ということは、彼女たちもまたボタンを盗まれた生徒たちなのだろう。

 

「…………わからないと言う他ない。とりあえず俺のじゃないし、要る? 4つあるけど」

 

 しゃがんだままの晴人がボタンをひょいひょいと拾い上げ、軽く払う。特に傷がついた様子もない、いつも見る通りのボタンだ。

 

「いや、ええ……?」

 

 見るからにドン引いた様子で顔を見合わせる女子たち。

 

(5人…………)

 

「いや、まだあんじゃん、奥にも!」

 

 野田(仮)が晴人のロッカーを指さす。のぞき込むと、たしかに同じボタンがもう1つ。転がり出ずに残ったようだ。

 

「……ほんとだ、もう1個」

 

 晴人が取り出して見せる。これで5個。

 

「いや、奥に……」

 

「いや、これだけだよ」

 

 立ち上がる。入れ替わるように野田(仮)がしゃがみ込んでロッカーを覗き込む。

 

「…………」

 

「……? なんか500円落ちてんだけど」

 

 教科書の山の上に500円玉が落ちている。もとい置いてある。

 

「ああ、さっき購買行ったお釣り。いま置いたんだわ、取って?」

 

「…………」

 

 反対の手でロッカーを漁ったまま差し出された硬貨を受け取る。晴人は教室の蛍光灯を受けて光るそれを少しおもしろそうに見つめる。───結局、それ以上ボタンは出てこなかった。

 

「ちょうど5人で5個なんじゃないの? 他にもボタン無くなった人いんの?」

 

「いや、2組うちではわたしら5人だけ……だと思う。他クラスにも要るみたいだけど」

 

「ふーん。じゃあはい」

 

 5個揃ったボタンを手渡す。受け取る彼女は、心なしか重心が後ろにあるように見える。

 

(ちょっと傷つくわ……)

 

 タイミング、状況、盗まれた物品、どれも微妙に『キャー、変態!!』案件からは外しているのだろう。教室はそれほど騒がしくならなかった。晴人に対して『やっちゃったんだなあ』と思っている───

 

「え、お前……盗ったん?」

 

 ───野田(仮)のような生徒も居れば───

 

「……盗ってないよ、自慢じゃないがロッカーに鍵してないんでね」

 

「いやでも…………」

 

 ───別の解釈をする者もあるだろう。生徒ひとりにひとつ割り当てられるロッカーは手動のロックに穴が揃うようになっており───要は錠がかけられる。100均のでいいからロックはかけるようにと声がけがされているが、晴人はなかなか頭に残らなくてまだ買えずにいた。同様に、あるいは単純に面倒で、誰でも開けられる状態のままになっている生徒も男子を中心に少なくはない。

 

(そん中でなんで俺なんかなあ……)

 

つまり、信じてもらえるかは別として、晴人の解釈はこうだ。『ボタンを盗んだ真犯人が、晴人のロッカーにそれを入れて罪のなすりつけをはかった』。このタイミングであったのは、昨日のHRでの周知が理由としてあったかもしれない。

 

「先生には報告するよ、それでいいだろ?」

 

 後ろ指さされるくらいはなんともない晴人だが、今後も同様の犯行が続くとしたらその度に疑われるのも少々面倒だ。

 

(しょーがなし。やってない証明はなかなか難しいが…………まぁ疑わしきはなんとかで終わるだろ)

 

 1年2組の担任、高田裕二は話のわからない大人ではない。この一件だけで犯人扱いとはならないだろう、と大人嫌いの少年は踏んだ。

 

 

 

「えーそう、で、先週も話したー、制服の、ボタンのことなんだけども───」

 

「あ、それなんですけど」

 

 帰りのHR。高田から話題が出たのを晴人がさえぎった。クラス一同の前ではあるが、特に隠す必要も感じなかったし、機会なので一連を話すことにした。

 

 

「───ってな感じです。」

 

 一通りの事情を説明し終え、はあと息をく。ロッカーからボタンが転がりだしたときとほぼ同じ空気が教室全体を包む。つまり、苦し紛れの言い訳なのか無罪の証明のつもりなのか量りかねるといったところだ。

 

「あーそう、ロッカー鍵かけなねー、みんなも」

 

「あーい。……なんで、少なくともこのクラスのぶんは全員戻ったぽいです」

 

「んえ、わたしまだなんだけど!」

 

 隣の席の女子生徒が手を挙げた。乙倉おとくら真帆乃まほのだ。彼女も被害者の1人だったらしい。昼にいた5人組は一緒に昼食を取る程度に仲が良いようであったから、その外の真帆乃のことは知らなかったのだろう。

 

「なんだ、もう1人アナタかよ」

 

 晴人はそう言って机に手を突っ込み、女子制服のボタンを取り出した。

 

「え、それは?」

 

「遠くまで転がってたみたいで、さっき拾ったんです。……いる?」

 

 高田の質問に答えながらボタンを受け渡す。

 

「おー、ありがと」

 

「他にボタン無いって人は? いない? じゃあこれでウチは全員か。おっけー」

 

 高田がクラスに確認を取った。想像通り、それほど大事にはされなさそうだ。

 

(まーいよいよ盗まれてたってことになるから、それはそれでまた、かもだけど)

 

 言ってしまえばそれは晴人には、というか生徒には関係の無い話だ。

 

「あー、で、なんだが、えーと、そうね、どうやらウチのクラスとしてはー、解決したようだけど、えー、他クラスでもまあ、問題になってるっていうことで、ボランティア部の先輩がちょっと、注意喚起ってことで来てくれてます。どぞー」

 

(なんでボランティア部?)

 

 心の中ですかさずツッコんだのは晴人だけでは無いだろうが、その疑問を誰かが持ち出す前に教室の前の扉が開いた。1人の生徒が入ってくる。

 

「!?!?」

 

 晴人が目を見開く。

 

「あ、皆さんこんにちはー」

 

 きょうだんの後ろであおい眼を細めて微笑んだのは、あの桜木千秋だった。

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