ハルトカンガエル

られ
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07: 起きたことは起きたのだろうが、心は

公開日時: 2023年2月14日(火) 18:00
更新日時: 2025年1月22日(水) 11:46
文字数:5,198

「眩しいと貧しいで韻が踏める、クソが」

 

 自分でも特におもしろいとは思っていない小ボケを呟く。晴人は独り言が多い。別に誰かに何かをアピールしたいわけでもなく、自然に口に出るのだ。例えばそう、おそらくはいわゆる「自習スペース」なのであろうに、カーテンの無い窓際に設置されているせいで初夏の日差しが燦燦さんさんと降り注いでいるこの机に対する悪態などが。

 

(どっかしらいてる教室あるのかなぁ、でも探すのめんどくせーな)

 

 体育祭準備期間の午後、ほとんどのクラスは体育祭の練習や展示物の制作で使われているようだ。一応授業時間中なので図書室も開いていない。したがって準備に参加せず勉強でもしようと思うとこんな席しか残されていない。

 

(諦めるか……でもやることないな…………寝ててもいいけど)

 

 2日前だったか3日前だったか、日光で光り輝く問題集を解くのに疲れて机に突っ伏して寝ていたら通りがかりの女性教諭に慌てて揺り起こされたなんてこともあった。暑さにやられて倒れているものと思われたらしい。寝るのも駄目となれば、スマホでも使って時間を潰すしかない。窓からの光に背を向け、その影でスマホの画面を入れる。さっき使ったメッセージアプリが表示された。友達のいない晴人でも、クラスの誰かしらと事務的なやり取りのために使うことがたまにある。今日の場合相手は真帆乃で、晴人の『なんかありましたか?』に対して『なんでもない!』と返ってきている。何故晴人がそんな気を回したかというと、それは昨日、まだ日の角度がこの窓に対してそれほど厳しくなかった時分のこと───などと昨日の事へ頭を回していると、また別のメッセージ通知が届いた。ユーザーネームは『アスカ』───つまり真渕まぶち飛鳥あすかだ。

 

『今ひま?』

 

 『予定を聞くなら空いていた場合何があるのかも先に言ってくれ』という主張が世の中にはあるらしい。要は暇かとかれて素直に暇と答えてしまうと、なら丁度よかったとばかり続いて誘われた催しに興味が無かったとき断りづらくなるということだ。晴人は何に誘うつもりなのか事前に訊くことも興味が無かったとき断ることも出来ない関係性なんて気持ちが悪いなどと考えるが、それ以上に他人に付き合わされることに抵抗が薄かった。なので正直に暇だと答えた。見ているその場ですぐに既読が付く。

 

『ちょっとはなししたいんだけど』

『電話していい』

『?』

 

 連投でメッセージが来たあと、晴人が了承する前にもう着信が来た。

 

(いやいいけどさ……)

 

『もしもーし、元気ー?』

 

 電話の向こうから高めの声が響く。結局顔を合わせたのは一度きりなのだが、すっかり馴れ馴れしい態度だ。

 

(いや最初からこんなんだったか)

 

 会ったときの印象が薄れるくらいにはメッセージアプリ内で度々にどうでもいい話題を振られている。学校の勉強はどうだとか、『錠』はどうやって手に入れたんだとか。

 

「元気ではないでーす」

 

『なんでだよ 元気だせよ』

 

「なんか元気出ること言ってくださいよ」

 

『え? あー……そうだ、あの娘、カエデちゃんだっけ、ありゃキミ、脈アリだよ』

 

「元気が尽きたので切りまーす」

 

『照れんなよ~』

 

「まじうぜぇ」

 

『いやー、危ないって言ってるのに『雲居くんが危ないなら行かなきゃ!』って聞かなくてねー』

 

 【鎖を操る】、そして【穴を開ける】。2人の能力者を無力化しついでに晴人を救った楓。そういえば飛鳥に出くわしておおむねの事情を聞いて来たようなことを言っていた気がする。その時の話か。

 

「ぜってぇ言ってないよ」

 

『まぁ言ってないけど』

 

(こいつ…………)

 

 この程度でイラついていては相手していられない手合いだ。晴人はそういうことにも耐性がある。

 

「で、用無いならほんとに切りますけど」

 

『あーそうだった。まさにそのこないだのことなんだけどね、けっこう事情がわかってきたから教えてあげようと思って』

 

(それ俺聞いていいやつなのか……?)

 

 と思ったが言わないでおいた。問題だったとしても飛鳥が責任に問われるだけであろうし、なにより、それには単純に興味があった。現実の事件になにか不可解な点があったとき、それが推理小説のように都合よく見つかったヒントによって根こそぎ華麗に回収されて終わることはそうないのだろう。解決を見たとはいえ、それは大事なく収束したというだけで、先月の一件には残された謎が多すぎる。まず女子制服ボタンの盗難があった。そんな中盗まれたボタンの内一部分が晴人のロッカーから見つかる。程なくしてボタン以外の物も盗まれ始める。同日の昼休み、そのボタン以外の物が盗まれた生徒たちが過不足無く謎の負傷。学校には何者かから『学内の能力者を残らず差し出せ』という要求があったらしい。放課後、みなみこうせいに扮した少年2人が教科書類を大量に盗み出そうとしていること、また2人が能力者であることを【能力を見抜く】能力者、飛鳥が確認。昼休みに生徒を襲った、おそらく能力による攻撃。これのための準備を大規模にしていると見て晴人、千秋らが交戦。そしてなんだかんだとあって、どうなったかと言えば、だから収束である。終息ではない。なんだか知らないがとにかく今このように落ち着いたのである。わからないことはわからない。つまり、結局ボタン泥棒は誰だったのか? なぜ晴人のロッカーから盗まれたボタンが見つかったのか? その後教科書などを盗んだのは同一犯だったのか? 昼休みに起きた攻撃はやはり能力によるものだったのか? 誰が、なぜ南高を? 晴人たちが能力者だと知って南高だったのか? 能力者を差し出させてどうするつもりだった? 放課後やってきた2人の能力者は何者? ───ざっとこんなところか。分かっていることの方が少ないと言ってもいいくらいだ。それでもなんとか生きていけるものである。というか人生なんてそんなものかもしれない。しかしまぁ、それではつまらない。そう、人生なんてそんなもの、つまらないものだが、わかることはわかるならわかっておいた方が良い。晴人はそういうたちだった。

 

『まずー、あの2人は恵頭えず高校での同級生』

 

 責任問題など知らないかのような呑気さで話し始める飛鳥。

 

「恵頭…………」

 

 知っている名前だった。『恵まれた頭』と書く割に───というのがお決まりの、そういう高校。どこにあるかまでは知らないが、晴人の中学からも何人かは進学していたはずだ。南高からもそう遠くはないのだろう。

 

『んでやっぱボタンはやってないってさ、あの2人』

 

(となるとやっぱりボタンは野田……?)

 

『教科書を主に盗んでたのは能力───あの盗まれた子たちがケガをしたあれ、あれのため。なんで教科書かというと───』

 

「名前?」

 

『───名前があるも、っっとぉ、そこまで読んでたの!?』

 

「読んでたってほどでも。靴袋とかも盗まれてたし、後は女子が多かった」

 

『性別関係ある?』

 

「男はカス」

 

 ……要は男子の方が教科書に名前を書くのをサボりがちなのである。

 

『あー、なるほど? ふーん。なんかおもしろくないなぁ。そう、【本人が書いた名前を傷つけると本人にも同程度害が出る】能力だってさ。』

 

 教科書を盗み、そこに書かれた名前にはさみでも入れればその持ち主にも切り傷ができるというわけだ。それがあの昼休みに起きた事象の正体。

 

「……一度だけ?」

 

『そう、1アイテム一度だけ』

 

 名前への攻撃は1度しか行えない? とすれば盗まれた教科書によって既に攻撃を受けた生徒はもうひとまずは安全ということになるか。

 

「そいで? その3人はなんだってミナミであんなことやらかしたんすか」

 

『能力者狩りだってさ』

 

「のーりょくしゃがりィ?」

 

『あれだぞ、聞いたまま言ってるだけだぞ!? ワタシのセンスじゃないぞ!?』

 

(いや知らんけど……)

 

『能力者を殺して錠を奪ってくる。それができなきゃお前を殺すって脅されたんだってさ』

 

「毒親に?」

 

『いやどんな教育方針だよ』

 

「冗談す」

 

『そんなことも言うんだなキミ。……【名前に攻撃する】能力者にだよ』

 

 能力者が、能力者に、能力者を殺せと強要された?

 

(最悪リンカーンか?)

 

 何がどうすればそんなことになるのか検討も付かない。ただ、【名前】の能力が脅しに向いているのは間違いない。何しろ名前を書いた物さえおさえておけばどこまで逃げられても危害を加えられる。飛鳥が彼らを保護するといったとき聞く耳を持たれなかったのも納得である。

 

『そいつが何を考えてるのかはわからんけど、どうも2人は彼から錠を受け取ったらしい』

 

「なんでそんなにいっぱい持ってんだよ」

 

『ホントにな』

 

 持ち主に能力を与える、晴人たちの錠。そんなものをどこでどうやって手に入れたのか、晴人の場合について一言で言えば『拾った』となってしまうのだが、とはいえそんな片方だけの手袋みたいにちょくちょく落ちているものではない。はず。自らも錠を持った能力者であり、それ以外に錠を2つも他人に与えたとなると男は錠を3つも所持していたことになる。

 

(陰謀めいた方へは考えたくないモンですが)

 

 見た目はたいした役にも立たない金物かなもの、その実物ことわりわらうマジックアイテム。錠という物の特殊性を考えれば、そもそもそれを他人に受け渡すというのがあまり自然でないことだ。しかし、晴人はそういう事を前にも聞いたことがあった。

 

「なんて言って渡されたか、聞いてませんか?」

 

『ん?』

 

「『これは願いを叶える錠だ』───とか言って渡されてたりしませんか?」

 

 そう、楓だ。楓はそのうたい文句と共に素性の知れない男から錠を受け取っている。晴人はそのことを飛鳥に伝えた。

 

『初耳。やり取りについてはだいぶ詳しく聞いたらしいから、今回特にそういうことは無かったんだと思うけど……木外で、スーツの男、か。さんきゅー、こっちでも調べてみる。楓ちゃんにきいたらもう少し詳しく分かるかな?』

 

「うーん、スーツ以外に特に言う事も無いようなこと言ってた気もしますけど、俺よりは分かるんじゃないすか」

 

『おっけ。……とまぁ、そういう感じが出てきてるんで、みんな気を付けてって話』

 

「気を付けろって言われてもなぁ……」

 

 誰がどんな能力を持っているか分からない、などと構えていては家、あるいは核シェルター? 安全な場所から一歩も出られなくなる。核シェルターを吹き飛ばす規模の能力が存在しない保証も無い。

 

「あ、気を付けるとしたら、そうか」

 

『ん?』

 

「【名前から攻撃する】能力? 結局また盗みがあったらまた同じようにやられるってことですよね」

 

 先月は攻撃のための盗みを他の能力者にやらせていたようだが、自分ひとり、あるいは盗むだけなら能力を持たない一般人でもできないことではないはずだ。人に錠を与え脅してまで能力者を攻撃する意図があるのなら、無理にでもまたやってくるのでは? というよりその懸念はあれ以降今までもずっとあって、現状何故かはわからなくても被害は無いようだ。しかし依然として学校全体の盗難を完全に予防するのは難しい。

 

『そうなんだよね…… あの2人にやらせてみてダメで、ここからわざわざ動くつもりは無いんだと思いたいんだけど』

 

「その感じで……じゃあほんとに何が目的なんだよ」

 

『なんとも言えん』

 

「はーーめんどくさ。……で? その失敗した2人ってのはもう処されたんす?」

 

『いや、まだ猶予の内らしい。その内に【名前】のヤツを見つけられればいいんだけどね…… 能力で悪さしないように一応監視を付けて、普通に学校に通ってもらってる』

 

「ほーん」

 

『まーとにかくそういう感じなんで。他の子らにも伝えといてー』

 

「なんで俺が……」

 

『めんどくなった! ハハ』

 

 笑いながら切られた。

 

「監視、されてないよな……? 俺」

 

 一般の高校生に監視が付いていると、飛鳥はそう言った。なら同じく能力を持つ晴人も同じように警戒されているかもしれない。ただし件の能力者は無関係の他人を多数害した、あるいはそれに加担した高校生、ではある。その手段が能力なんてものではなく、振り回したナイフか何かであれば直ちにお縄だろうことを考えれば、そう不自然なことでもないかもしれないが…………

 

(このままおとなしくしてれば、あと処されなければ? おとがめナシで大人になっていくんだろうか)

 

 考えるまでもなく能力による犯罪を正規の手順で立件できるはずもない。というか犯罪と見なせるのかもよくわからない。よほどのことが無い限り公権力は大っぴらに動かしにくいのだろうか。

 

「ま、俺は後ろ暗いことも特にはないですし……信号くらい守りますかね」

 

 見えないナイフを晴人も持っている。必要とあらば躊躇ちゅうちょなく振るうと思う。ではどうすれば必要となるのか考えると、その時自分が罰せられるべきなのか、晴人にはよくわからなかった。道行く人に対して、基本的には刃物を持っていないことを想定する。それが日本で普通に生きる者たちの普通だ。その普通は、もしかしたらほんのちょっとしたことで揺らぎ、崩れ壊れてしまうものなのかもしれない。

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