ハルトカンガエル

られ
られ

08: 思い出(したくない)

公開日時: 2023年1月17日(火) 18:00
文字数:3,394

(気づかない内に……というにはずいぶんわかりやすいところに、けっこうな傷だった)

 

 後ろ向きの思索を打ち切って、晴人は先ほどの光景を考えた。知らない内にどこかで切ってしまっていて、気づいたとたんに痛みだすというのもままあることだが、あの出血量ではまずそれに気づくはずだろう。何よりおそらく同様の負傷者が同時に出た。明らかに何かがおかしい。

 

能力によるもんだとしたら、対象はなんだ? 一定範囲内の何人か、みたいなテキトーなもんだと、こんなこと言ってる内に俺の首が落ちてもおかしくないわけだが)

 

 周りを見渡す。ケガをした生徒たちとその付き添いがみんな行ってしまったので、教室はさっきまでの騒ぎが嘘だったかのようにしんとしている。

 

(第2陣、たぶんナシ。死者、たぶんナシ。だったのか?)

 

 強力な能力に実は「連発できない」という弱点があることを看破する。バトルマンガにありふれた描写だが、晴人の住む世界においてもなかなかどうしてバカにできたものではない。能力を行使してとんでもないことをしでかそうと思ったら、ある程度その規模に比例した消耗が伴うからだ。今のようなはまだしばらくは不可能、なのかもしれない。

 

(まぁなんにせなんでウチが狙われなならんのかって話ですが)

 

「ねぇ」

 

「ん」

 

 声をかけてきたのは桜木かえでだった。千秋の義妹いもうとで晴人のクラスメイト。先月の騒動を通して錠と能力を手に入れた。

 

「これ、どうなってるの? なんかあったの?」

 

「なんかっていうか、錠だろね」

 

 それは、一般常識に照らし合わせれば決してこの現状を説明する言葉ではなかったが、この場合の回答としては適切だった。

 

「やっぱり……」

 

 顔をしかめる楓。

 

「え、どんな能力?」

 

「さぁ、なんとも。学校にいると危ないかもね?くらいにしか言えん」

 

「えー…………」

 

「あ、ごめん」

 

 晴人としては怖がらせるつもりはなかったのだが、楓は見るからに不安そうに辺りを見回し始めた。

 

(まー、そんなに遠くにいるとも思えんしな 案外この教室にいるのかも)

 

 楓に錠を与えたという男の存在も気にかかる。このあたりで楓くらいの歳の人間を当たっているんだとしたら、同じような能力者がまた出てもおかしくない。

 

「怖かったら乙倉おとくらの近くにいるといいよ。 あのひと───」

 

「ハル!!」

 

 言い切らない内に、突然大きな声がした。うわさをすれば影か、見ると教室の入り口に真帆乃が肩で息をしながら立っている。

 

「は?」

 

 突然大声で昔の呼び名を呼ばれ変な反応が出る。真帆乃は大きめの足音をたてながらこちらにやってくる。

 

「なに、してんのよ」

 

「なんもしてないです…………」

 

「ちがう!」

 

(違った…………)

 

 いや、違うと言われても。

 

「なんで来ないのよ、みんな……大変だったんだから!」

 

「いや、落ち着けよ。話が見えない」

 

 楓はすっかり面食らって黙っている。晴人は戸惑いこそすれたいして焦りもせず、少し懐かしいな、などと思った。

 

「…………」

 

 言われた真帆乃は、大きく息をしてから少し抑えた声でつぶやく。

 

「保健室いけば、あんたもいると思った」

 

「…………」

 

 晴人が小さく鼻で息を吐いた。

 

(行ってたのか)

 

 それは晴人にとって少しの驚きだった。でも、少しの驚きでしかなかった。なのでそこまで間は空けず、疑問を口にした。

 

「使ったの」

 

「すこしだけ」

 

「大丈夫?」

 

「ぜんぜん」

 

「そう」

 

「なんで?」

 

「…………」

 

 先に黙ったのは晴人だった。言い負かされたわけでも、痛い所を突かれたわけでもない。でも晴人は黙った。言うかどうか、迷ったふりをした。

 

「俺が行っても別に何もできないだろ」

 

「そんなことない。ないでしょ?」

 

「…………」

 

 晴人はまた黙った。今度はもう、これ以上何か口にする気は無かった。

 

「もうやめなよ、そういうの」

 

 そうこうしている内に、バラバラと人が戻ってきた。どうやら保健室にケガ人を送り届けて帰ってきた付き添い組だ。わずかに教室に残っていた生徒たちがそれに混ざり、それぞれに何があったのかと話を始める。真帆乃もまた、知らない女子生徒に話しかけられてそのまま向こうへと行ってしまった。

 

「だ、大丈夫?」

 

 今は笑顔で別の友達と話している真帆乃の方をうかがいながら、楓が言った。

 

「うん、まぁ……お気になさらず……はぁ」

 

 晴人が苦笑いで溜息を吐く。

 

(……言われると思ったことを言われた カスだ)

 

 

 

 ───放課後になった。結局あの後それ以上の事は無く、ケガをした生徒たちも晴人の知る限りでは全員が大事に至らずに済んだ。ではただの偶然だったのか───とはやはり考えにくいが、楓も真帆乃も、そして晴人も。だから何をするともできないでいた。

 

「晴人くん!」

 

 もう若干聞きなれてきた呼び声。千秋だ。窓際の壁に寄りかかって立っていた晴人がだるそうに返事する。

 

「なんすか今日は」

 

「それが、ちょっと相談なんだけど」

 

「はぁ」

 

「昨日、教科書とかが無くなっちゃった子がいるの知ってる?」

 

「あー、そういえば、はい、聞きました」

 

 あえてボタンと分けて考えていなかったが、今朝高田がその話をしていたのは覚えていた。

 

「でね、その子たちがみんな、今日ケガしたみたいなんだよ」

 

「ケガ? って、え、昼休みの? あれ?」

 

「それ! 1年生、大変だったみたいだね」

 

「2年以上にはいなかったんす? ケガ人」

 

「たぶん。僕は知らない」

 

(ということは───)

 

 ───【高校1年生を出血させる】能力?

 

(なんだそりゃ…………)

 

 ありえない、とも言えないわけだが。言えないが、それよりはまだ可能性が他に浮かんできたようだ。

 

「で、モノ盗られた人がみんな、と。」

 

 今日ケガを負ったのは5人やそこらではきかない。これもまた偶然にしては妙なことだ。

 

(盗った相手だけ傷つける能力? それもなんか……あんまよくわかんないけど…………)

 

「全員調べれたわけじゃないんだけど、とにかくケガした子はほとんどそうみたい」

 

「よくそんな……調べましたね?」

 

 まず1年の間で起きた珍事の情報を仕入れて、そこからケガ人の共通項らしきものまで見つけ出すとは。

 

(どんな昼休みしてんだ)

 

「ほら、昨日なんかあったら教えてほしいって言ったでしょ? けっこうみんないろいろ教えてくれて」

 

「え、人来たの……?」

 

 晴人はどうせ誰も来ないと踏んでいた、あれだ。イケメンはすごい。

 

「いろいろ聞いたんだけど、1年生ってことと昨日とかに何かがなくなっちゃってるってこと以外は共通点わからなかったなー。女の子が多かったけど、男の子の話もきいたし」

 

「そ───」

 

 ───そりゃお前、情報提供しにくるのがイケメン目当ての女子だけだから情報もその友達すなわち女子にかたよるからでは。

 

「?」

 

「なんでも…………」

 

「??」

 

 イケメンはすごい。

 

「えーと、それでいくと、えーと? ケガした人がみんなモノ盗られてたのか、モノ盗られた人がみんなケガしたんか、どっちって言いました?」

 

「え? ……なにがちがうの?」

 

「……モノは盗られたけど、今日はケガしてない人はいますか?」

 

 その違いを伝えられる自信はなかったので、き方を変えた。

 

「ボタンを取られちゃった子で今日そういうことがあったのを教えてくれた子がいたけど、その子はケガしなかったみたい。だから、いるね?」

 

(そいや、ヒトミさんとやらもボタンは盗られたんだもんな)

 

 彼女は晴人に疑いをかけてきた別の女子に付き添っていたし、ケガはしていないはずだ。

 

「で、ケガはしたけど、モノは盗られてない人は?」

 

「みんな確かめたわけじゃないけど、いない……?かな?」

 

「モノを取った相手から対象取ってるのか……? だとして、無差別か?」

 

「どゆこと?」

 

「……わかってます? これ、多分能力沙汰ですぜ」

 

「えー、また!?」

 

 なんとなく予想していたので驚かないが、自身も能力者の身でよくその可能性に思い当たらないものだ。

 

(目的は…………考えるだけムダなんかなぁこういうときって)

 

 晴人は少し考え込む。左の人差し指で唇を一定のリズムで叩く。窓の外、校庭をチラリと見降ろす。

 

「…………大戸おおと理沙りさって人の話、聞いてないですか? 5クラの」

 

 その姿勢のまま口にしたのは、ある女子生徒の名前。

 

「おーと……あー、きいた! たしかボタンも教科書も取られちゃってケガもしちゃってって、それがリサちゃんって子のことだったと思う」

 

「ケガもしてる…………うーん、やっぱ考えてもしょうがないのかも」

 

 晴人は諦めたように首を振り、そして千秋に向かいなおした。

 

「先輩の初恋はいつですか?」

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