「真帆乃ちゃん、大丈夫かな」
「ん? あー……逆恨み的な? 野田の」
「そう……だね、ひとりにしない方がよかったかな」
「警戒さえしてれば能力はもうなんにもならないだろうから、そう危ないことにはならないと思うけど……」
むしろ危ないのは野田翔の方かもしれない。先月の能力者2人は【名前】の能力を持つ男に能力者を襲うことを強要されていた。彼もそうだった場合、それが失敗したと見なされれば命が危ない。そのために真帆乃を向かわせた。
「【約束を守らせる】能力、かぁ」
「言ってた感じから、多分ですけどね。……クソ、いまいちスッキリしねぇな」
気を失ったままの理沙を保健室に預けた後で、千秋と晴人は並んで歩いていた。ひと騒動起こした翔を食い止め、真帆乃も解放した。それで済むつもりだったものが、【名前を傷つける】能力との繋がりが見えたことによって今は全貌が見えなくなっている。
「でももし翔くんが【名前を傷つける】能力の人を知ってるなら、どこにいるかわかるかもしれないよね」
「それはそう。先月からのゴタゴタを片付けるチャンスではある」
先月の2人は男の連絡先を知らなかった。翔が男の居場所を掴む手がかりになる可能性がある。
「ん」
1年の教室を目指し階段を上がる千秋のスマートフォンが鳴った。
「飛鳥さんだ!」
『やっほー千秋くん、いろいろあったみたいね、おつかれさん』
「こんにちは! 僕は手伝っただけなので! それでなんですけど……」
『んーわかってる。遠隔から大きな被害を出せる能力者の存在は厄介だからね。居場所が掴めるのはすごく望ましい』
「これからききにいくところです!」
『晴人くんはいる?』
「一緒です!」
「うぃーす」
『おっけー、頼むね。何かあったらまたかけて。私は向かえないけど、警察のお友達に動いてもらえる。わざわざ生徒を使うくらいだから身近に戦闘力は無いんだろーし、居場所さえわかれば解決すると思うよん』
「わかりました!」
昇降口側の階段から上ると、1組2組の教室は2階に着いてすぐ目に入る。その入り口側の壁の前に、真帆乃が身を屈めて立っていた。
「どうかした?」
千秋が声をかけると、何やら複雑そうな表情で振り向いた。扉の方をちょいちょいと指さしている。覗いてみろということらしい。
(…………?)
中を覗うと、晴人が教室を後にしたままの姿勢で翔がいた。なにをしているでもなく、どこを見ているでもなく、半開きの口とぼんやりした目で膝を抱え込み座っている。
「どういう状況?」
晴人が小声で訊く。
「いやわからん……けどなんか話しかけにくくて」
真帆乃が気まずそうに眉を下げる。
「まーなぁ。つってもきくこときかにゃならん」
晴人がつかつかと教室に歩み入る。後に千秋、すこし遅れて真帆乃も続く。翔は特に反応を示さない。
(大戸さんが死んだとか助かったとか、言った方が良いかなぁ)
相手がマンガの悪役なら、その思惑通り大戸理沙が死んだと伝えた方がすんなりと事情を喋ってくれそうな気がする。でもいま相手は多分ただの男子高校生だった。
「……大戸さんに攻撃、指示したの、あんた?」
迷って結局そのまま訊いた。翔は少し晴人の方を見た。その瞳に嫌悪の光が揺れる。
「お前には関係ないだろ、俺と理沙のことは」
『指示とはなんのことだ』とならない時点で答えは得られたようなものだった。
(マジかよ…………)
先月南高1年生に対して無差別の攻撃をしかけた、記名からその所有者を害する能力者。その男と野田翔は繋がっている。
「いーやあるね、【持ち物の名前から攻撃する】能力、しょ?」
「……!」
攻撃の手段を言い当てられた翔が動揺を見せる。
「あんたもそいつに錠もらったの? いつ誰が攻撃されるかわからない以上関係ないことはないでしょ」
「……だったらなんなんだよ」
「……ッ、なんであんなこと! 自分の思い通りにならないからって殺そうとしたの!?」
真帆乃が晴人の前に出て食ってかかった。
「約束を破ったからだよ! 当然の報いだ……!」
「だからって……!」
「うるさいな、お前だって『約束する』って言ったのに! 結局俺を裏切りやがって!!」
「そんなおかしいこと頼まれると思わないでしょ!?」
「だったら約束するんじゃねえよ! 勝手に約束しておいて自分の都合が悪くなったら無かったことにするっておかしいだろ! だったら約束するなよ最初から!」
「破られる方にも問題があるんじゃないの!? フられたからってやつあたりなんて最低! 彼女の幸せを願うくらいできないの!?」
「理沙は俺と幸せになるはずだったんだよ!! 理沙だって、そう、言って……! 俺だって理沙とじゃなきゃ…………」
「ほんと自分勝手、あんたねぇ───」
「はいはいもういいよ」
晴人が心底不快そうな顔で割って入った。
(しかしこいつ実際問題野放しにしていいのか?)
女性相手に鋏振り回した時点で普通に犯罪者ではある気がするな。
「……そんなんとりあえずどうでもいいから、【名前】の能力者の居場所が知りたい」
「…………で? 知ってなに?」
「警察がなんとかする。」
「警察が───」
「あーはいはい。信じるわけない? って? それがそうでもないみたいなの。こっちで話ついて言ってんだようるせぇな」
「…………」
「あんたも脅されてんだったら悪い話じゃないでしょ、どっかに呼び出したりできる?」
「…………できると思うけど」
「ん、じゃあ───」
早速今やれと言うにもいつどこに呼び出していいものか分からなかった。一度飛鳥に確認を取るべきか。それまで彼を拘束しておくわけにもいかないし───
「───約束。守れよ?」
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