「2組じゃないですか……」
昼休み、晴人は2年2組の教室前に居た。
「えっ?」
千秋はきょとんとしているが、これは別に、千秋の「行方不明」の妹、桜木楓がなんと晴人と同じ1年2組だったことを当たっているわけではない。
「先輩のクラスですよ!! 今朝4組って言いませんでした!?」
「えっここ2組!?」
今朝の美男子、桜木千秋が、心底驚いたという顔で戸のクラス表示を確認する。当然、『2ー2』。
「覚えろォ!」
「うわあぁ教室間違えてたああ!!」
頭を抱えてそう叫び、教室を飛び出そうとする千秋。
「だぁあ待て間違えてるわけじゃねぇ! んなワケあるか!? あんたはに・く・み!」
「えっそうなの?」
「覚えろォ!!」
「そっか、2くみ……」
(なんでちょっとしっくり来てねぇんだよ)
「ご、ごめんね、よく2組だって分かったね」
「4組の桜木先輩が教えてくれましたよ……」
千秋のクラスは4組と言われていたものだから迷わず4組に行き「桜木先輩」を呼び出したら、なんと女子が出てきてしまい、教室は『まさか告白か』とざわめき、思わぬ不意打ちを食らった晴人なのであった。
「そうか、4組は葵のクラスかあ」
「……もしかして親族だったりするんですか?」
その桜木葵さんとやらに(慌てて)事情を説明したわけだが、葵先輩の方も千秋ならやりそうなことだとでも言うような態度で、あーはいはいとばかりに2組を教えてくれた。
(あっちはあっちで美形の類と思ったが、双子って感じはしないけどな)
桜木葵は黒目黒髪だった。兄妹で目の色が青かったり黒かったりすることもなくはなさそうだが、双子でそういった差異が出ることはあるんだろうか。
「うん、僕が連れ子でね。ギリギリ兄妹ってやつ」
「義理の兄妹ですね」
「うん、ギリきょうだい」
「通じてる? まだ踏みとどまってない? まぁいいわ……」
「?」
もうわかった。似ていない兄妹が同学年にいる理由と、そしてコイツはやはりバカだ。そりゃあ葵先輩もあんな態度になる。もっと言えば、晴人が本当は千秋に用だったと分かった時4組に広がった納得感のような空気にも説明がつく。
「って、ことはあの人の、実の? 妹が探してる楓さん、ってことですよね」
「そう!」
「みんな南高校なんですか、すごいな」
義理まで含めて3きょうだい全員同じ高校とは、珍しい一家もあったものだ。
「葵と楓は部活も同じだよ!」
「で、その楓さんの話ですけど。やっぱ学校には来てないですね」
「やっぱり……」
少し目を細め、うつむく千秋。
「ただ、連絡取れてる人がいましたよ」
「えっ」
出席確認の際、担任の高田に『楓が休むと言っていた』と伝えていた女子生徒だ。
「休み? それは聞いてない、っていうか楓、家にはいないんだけど」
「……布団被って寝てたのを見落としたんじゃないでしょうね」
「まっさか~」
(正直別に冗談じゃない……)
この男ならやりかねない気がしてしまう。
「そういうことらしいので、まあ一応今朝の時点で連絡は取れていたと。で、学校以外のどこかに行ったんですかねぇ」
「学校以外……」
「行ったのか、まあ攫われた可能性もありますが」
「誘拐!!!」
千秋は首を外れそうな勢いで反らせた。共に振り上げた両腕は強張り、おかしなポージングに固まっている。
(おもしれぇなこの人)
先ほどからこうして廊下で騒いでいても、奇異の視線をほとんど感じない。やはり2年の間では変人で通っているのだろう。
「でもまあそのセンは薄いんじゃないですか?」
「えっ?」
千秋が硬直を解き前を向く。
「学校を休むと言っていて、でも家にはいない。学校に来る気がなかったなら、どこに行ったにしろ自分の意思で外に出てるでしょう? 一番平和な見方をすれば、学校サボってどっか行ってんじゃないすか?」
「サボって……うーん、楓はそんなことしないと思うんだけど」
「ワルい男でも作ったんじゃないすか」
適当だ。
「男を……作って……!?」
……こいつに適当なことを言うものではない。
「……そのままの意味にとってます? 彼氏ってことですよ。まぁ、知りませんけど」
「えええ、それも困るなあ」
「ま、兄貴が心配してるから連絡入れてやれって言ってくれって言っときましたよ。家族に事情を話さなかったのも、まぁサボりと思えば納得できますし、とりあえず待ってみては?」
「そっか、ありがとう~」
心底嬉しそうに、ふにゃりと笑う千秋。初対面では俺様系のようなと思った顔立ちも、人柄を知った今はだいぶ印象が変わって見える。美形には違いないが。
(こんなイケメンがいきなり家族になるって、華のJKからしたらどんな感じなのかねぇ)
「あっ、葵!」
義理兄妹って結婚できるんだっけ? などと下らないことを考えていた晴人の前で、千秋が声を上げた。
「ん」
振り返ると、桜木葵が1階へと階段を下りていくのが見える。
「葵! 楓のことだけど!」
「…………」
距離からして、聞こえていないとは思えない。千秋が振った手をだらりと下ろした。
「あはは……葵ったら、もう……」
(なんかあったんかなぁ、姉妹)
間違って桜木葵を訪ねたとき、彼女は特に落ち着かない、「妹の行方が知れない姉らしい」様子を見せなかった。それはまあ、面識の無い後輩相手だったからかもしれないし、高校生がちょっとどっか行ったくらいで心配しないためかもしれないが、この無視を見るに姉妹間で何かあったのかもしれない。それこそ、姉と喧嘩して半家出に出たと考えればいろいろと自然だ。
(わかんないけどね。わかんないし、俺が首突っ込むことでもあるめーよ)
「とまぁそういうことなんで、今日の内にでも帰ってくるんじゃないですか? と言ったところで……」
───と、晴人が手を引く準備を仕掛けたところで、させんとばかりに耳障りな警告音が鳴り響いた。
『東棟にて火災が発生しました 生徒は東棟1階を通らないように西棟から校庭へ避難を───』
2人の現在位置は東棟2階。2年生の教室が並ぶ廊下にざわめきが広がる。
「ひゅう、避難訓練が活かされる時が。来るもんだなあ」
「東棟、ってここだよね!? はやく逃げなきゃ!」
「西棟を通れって? で火元が───1階?」
「!」
晴人の予感に、千秋も感づく。
「葵!!」
既に2年生たちが西棟へと続く廊下に大挙している。西棟の生徒と干渉してしまっているのか流れは悪いが、そこに桜木葵の姿は無い。
「もしかして火の近くに!」
「1階から逃げるのにわざわざ階段上がってこないでしょうから、いやどうだ? 火の強さによるか……」
「行かなきゃ!!」
千秋の体が2年があらかた通過しおえた1階への階段へ向く。しかし飛び出す前に、晴人が腕を抑えた。
「気持ちはわかりますけど、こーいう時は各々自分の安全を確保するもんですよ」
「でも!」
お互いの腕に力が入る。
「もし下がそこまで危険な状態だったとして、先輩が行って何ができるんですか? 逃げるのが先決です」
「……できることは、ある」
千秋が制服のポケットから何か取り出した。
「……それは」
「大丈夫、僕は───」
「ッ!?」
「───ちょっとすごいから」
───後に、何人かの生徒は、そこで火花が散るような音を耳にしたと述懐した。電灯から火花が散ったんじゃないかとか、それが火元になったんじゃないかという話も出たが、それ以上何にも繋がらず立ち消えとなった。───見た晴人だけが、それを鮮明に記憶することとなった。
「今のは……」
雲居晴人は、音に加え千秋の瞳に黒い稲妻を見た。見間違いでさえなければ、比喩ではない。蒼い瞳から細く暗い光が迸ったのを見たのだ。その次の瞬間には、彼の姿もそこには無かった。
「うーん、やれやれ」
晴人は小さく息を吐く。今何が起きているのか。
(わかんねー)
唇を触る。晴人の癖だ。
「でも、何かは起きてる」
独り言も晴人の癖だ。
「俺はあの力を……知ってる」
日本に住む高校生、雲居晴人は普通の高校生であったが、2つだけ普通でないことがあった。その内1つが、不思議な明晰夢を見ること。もう1つは。
───晴人の瞳から、青い光が走った。
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