初めてできた彼女は同じ部活の同級生だった。なんだそういうのでいいのか、と笑えてしまった。別に空から女の子が降ってこなくても、曲がり角で転校生とぶつからなくても、本屋で同じ本を取ろうとして指先が触れ合わなくても、なるようになるのだと。当時はまだ中学生、周りで誰と誰が付き合っているという話もそうは聞かなかった。思い出したくも認めたくもないが、そのことに対する優越感もあった。同じ高校に行って同じ大学に行って───そこまでうまくは行かなかったとしても、ずっと一緒に。自分の人生はそういうふうに決まったのだと、心から信じていた。
「…………はぁ」
溜息を吐いて、前髪をかき上げる。ふとすればいつもこんなことをしている。『無くて七癖』。自分では自覚していなくても、人には7つくらいは癖があるものだと言う。───いち、『まぁ』と言いがち。───に、口元を隠しがち。───さん、手を組みがち。───よん、唇を人差し指の側面で叩きがち。───ご、眼鏡の左側が上に傾いているような気がしがち。……え、もうそろそろ苦しい? とにかくこの少年、雲居晴人には自覚している癖もそれなりに多い。『前髪をかき上げる』、『溜息を吐く』などはその最たる例だ。
「来ないね、千秋」
隣に座っていた桜木楓がメロンパンをもそもそ食べながら呟いた。
「っすねぇ」
ここは放課後の選択教室。つい先ほど、テストが終わった直後に千秋から連絡が入ったのだ。要件は知らされていない。
「……なんかゴメン、付き合わせて」
「ぜんぜん。あーたが謝ることじゃないでしょ」
連絡は個別に行ったため、晴人にとっても楓にとってもここで顔を合わせるのは予想外のことだった。この2人が真帆乃を介さず話す機会はほとんど無い。なんとなく気まずい空気である。
「なんの話だろうね」
「んー、みんなで旅行に行きましょうとか」
「あの人もそこまでバカじゃない……と思う……」
「ちょっとやりそうなんかい」
「やりかねないかも……」
「それは却下で」
晴人は旅行の計画ではなく、先々週の千秋、その行動を思い返した。───『誰も死なせたくない』と強く言い切った。結果、それ以上は皆無事に済んだ。千秋がどの程度貢献したかに関わらず、それは彼が起こした行動の結果だと、晴人は思う。
(あの場で誰も死ななかったのかは、微妙な気してるけど)
探偵(?)、飛鳥率いる(?)警察の者たち(?)はあの場にそれなりの用意を以てやってきていたようだった。何班がどうのという話もしていたようだったし、2人組の能力者が無力化後ただちに確保されていたことからもそれが伺える。その全員が無事で帰路についたのか、晴人には定かでない。千秋はその可能性に思い至っただろうか。
「ごめんね、おまたせ!」
ガラガラと勢いよく扉が開き、蒼眼の美男子が顔を覗かせた。なさそうなカオだな、と晴人は思った。
「楓、部活の時間大丈夫?」
「2時からだから、まだだいぶあるけど」
「うん、そんなにかからないと思うから!」
当然と言えば当然なのかもしれないが、学校では先輩後輩の関係にあるこの義兄妹はお互い敬語を使わずに話す。なんとなく訊く気は起きないが、いつからの家族なんだろうか、と晴人は思った。
「んで、なんのメンツですかこれ」
「えっとね、まずは……この前は2人ともありがとう!」
「はぁ」
(もう死ぬほど聞いた…………)
楓は少し大きめにメロンパンを頬張った。この2週間、家で顔を合わせるたびに礼を言われている。最近ようやく落ち着いてきたと思っていたら、わざわざ学校で、呼び出されてまで言われるとは。
「2人がいてくれたからなんとか、みんな無事だったから、ほんとにありがとう」
「別に、まぁよかったすけど、とりあえずは」
「で? ……それだけじゃないよね?」
千秋は笑顔だが、オーディエンスの反応は悪い。
「あ、うん、今日はそれでちょっとお願いがあって」
「嫌だなぁ」
「えええええ」
「まだ言わないであげて……」
楓が半笑いで晴人にツッコむ。
「えっと、あのね、もしかしたらだけど、これからもああいうことってあるんじゃないかなって思ったんだ」
「ああいう? 『能力事件』ですか?」
「そう」
「あんなことそうそう無いって。気にしすぎじゃない?」
楓はどこか面倒そうだ。
「そうなのかな……」
千秋が助けを求めるように晴人をチラ見する。
「……うーん、やる奴はもうやってるみたいな話を考えると、そんなに気にしなくていい気もするけど。でも錠持ちが増えていくならその限りじゃないと思います。一定割合かなんかわからないけど、悪さする奴が出はすると思う……それが身近で起きるかはさておきですけど」
千秋が『ホラ!』という顔で今度は楓を見た。
(うざ……)
(そんなに加勢したつもりもないんだけどな……)
勝ちを確信した顔をしている。
「だからね! そういうことがまたあったとき、また2人の力を貸してほしいんだ! だから、ボランティア部に入ってほしくて」
「なんで?」
「なんで?」
2人共ほぼ同時にツッコんだ。
「あ、ボランティア活動特別委員会、にもだけど」
「さらになんで?」
「ってか何それ」
「えっとね、ほら、僕たちの能力……って、ほら、危ない使い方もできちゃうでしょ? もちろん2人はそんなことしないのはわかってるけどさ」
ミナミコーに侵入しひと暴れを演じた2名の能力者。それと渡り合った晴人たちも、やろうと思えばそれなりの損害は出せるだろう。
「だから、先生に、担当してもらってるというか」
「担当?」
「そのためのボランティア活動特別委員会なんだ」
「……?」
楓が晴人と顔を見合わせる。理解する努力をするに値するかどうか迷っている顔だ。
「能力者だから責任者付けてる……みたいなことですか?」
「たぶんそんな感じ」
「なんでボランティア部……じゃなくて委員会? あれ? ボランティア部じゃなかったんでしたっけ?」
「ボランティア部だよ」
訳が分からなくなってきた。
「どうする? 解読班結成する? 諦める?」
晴人が楓に持ちかける。楓は食べ終わったメロンパンの袋を畳みながら適当に返事をする。
「班長、頼みます」
「……気合入れるかァ~~」
数分後。雲居班長の尽力によりあらかたの事情は把握できた。
「つまり? センパイの能力はなんでか学校側に知られてて? そこに一応責任者を付けようとなって? カタチの上ではボランティア部の中に何だか委員会を作って?」
「ボランティア活動特別委員会」
「……そこに所属してると」
「そう!」
そうとわかってみれば、千秋の言っていたことも間違ってはいないのだが。
「で? 俺たちもボランティア部、とその委員会に入れと?」
「あれでしょ、チーム感みたいのが欲しいんでしょ」
「んへ」
(照れるところなのか……)
「子どもっぽいなぁ」
さすが義兄妹だけあって楓はよくわかっているようだ。呆れはすれどその唐突さに驚いてはいない。
「チームねぇ」
「この前みたいなことがあったときにさ、『いくぞー、ボランティア活動特別委員会ー!!』 って」
「絶対イヤ」
「クソダサ」
「ええーー!!」
「なんで正式名称フルネームなんだ……」
「りゃ、略せばいい!? 略したら入ってくれる!?」
「そういう問題……?」
その意図は理解できても乗り気ではなさそうな楓。
「略してかっこよくなるポテンシャル感じね~」
ひゃはは、と気の抜けた笑いを上げる晴人。
「ボ、ボ会にする!?」
「うーん」
「ラティカイ」
「…………」
「……ア特会」
「トク? ……ああ、特。うーん」
「…………テドベイン」
「どっから持ってきたんだ、よく思いつきますね……」
「この人こういうの得意なんよ」
「へー」
「ラカトカイ」
「もういいですよ」
「うるさい」
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