「うう……ダメって言われちゃった……」
千秋が悲しそうにポテトチップスを食む。梨依奈は報告書を書き上げた飛鳥を引っ張って出ていってしまい、今は高校生だけが残っている。
「まぁ、前回のは緊急事態だったというか。そりゃ普通はそうでしょうね」
これは自分たち大人の仕事である、もし危険があるとすればなおさらそんなところに民間人を連れ込めない、というのが梨依奈の言だった。まず正論であろう。散々巻き込んでおいて今更何をということも言えるかもしれないが、この間はそれこそ緊急事態で、もし千秋が一切協力していなければ今頃何人死んでいたやらというところもあり。
「でも今度だって緊急事態になるかもしれないじゃん!」
(それもまぁ、間違ってるとも思わない……)
「こうなったら……僕たちだけで潜入しよう!」
(なんかめんどくさいこと言いだした……)
「バカ、そういう問題じゃないでしょ」
楓が冷たく言い放つ。
「さすがに危ないんじゃ……宗教ってなんか怖いし……」
真帆乃もさすがに乗り気ではないようだ。
「とりあえず調べてみようか、い、イキョーって言ってたっけ? どういう字だろ?」
「異常の異に故郷の郷、って言ってませんでした?」
「こきょうのキョウ……」
千秋がポチポチとスマホに入力をする。
「ってか調べてなんか出てくるもんなんすか?」
「あ、これかな」
「出るんだ……」
スマホを机に置き、ウェブサイトを見せる。
「おー、『あなたの内に眠る真の力に目覚めましょう』、だって」
でかでかと書かれたスローガンを真帆乃が読み上げる。
「『自分の能力が正当に評価されていない、自分の能力はこんなものではない、そう思ったことはありませんか? それはまったく正しい感覚なのです。』」
千秋が後を継ぐ。
「要はあれか、『俺はまだ本気出してないだけ』と思ってるカスを釣ってんのか」
晴人は宗教、神なんてものはまるで信じていない。
「あ、SNSもあるじゃん。『次回8月28日の集会は例外的にご見学いただけません。』だって」
真帆乃がSNSアカウントの投稿を読み上げる。
「むむ、アヤシイ。何か聞かれたくない話をするんじゃ!?」
千秋が盛り上がる。
「そんなことなさそうだけどなぁ」
楓が呆れる。
「どこでやってんだろ? ……御茶野水かぁ」
「おちゃのみず! ……ってどこ?」
「どこって言われると……東京の、そんなに遠くはないはずです」
「遠くない! ちょうど来週だし、これは行くしかないよ! テドベ、しゅつどーう!!」
「……お、お~……?」
真帆乃が一応ノッてくれた。
「やだよ、怖い」
楓は冷ややかな目をしている。
「晴人くんは来てくれる……?」
「え、嫌だ」
「即答……!!」
「ってか28? アルバムの発売日だ、俺は真宿にいます」
雲居家の最寄駅とミナミコーの最寄り駅の間にはCDを買える店が無い。なんとなくサブスクに手を出していない晴人は、欲しいCDを買うのにとりあえず都心、真宿に出る。
「あう、アルバムって────」
「写真のことじゃないからね」
楓が口をはさんだ。
「わ、わかってるよ! CDでしょ? そっかー……」
「別に発売日じゃなきゃ買えないわけじゃないでしょーが」
真帆乃が噛みつく。
「まぁそうだけど。でも俺が行ったとこでなにっていうか……盗み聞きするだけなら1人でよくないす?」
「そうかもしれないけど……」
千秋がしゅんとしてうつむいた。そしてそのまま静かに語りだす。
「……僕、産んでくれたお母さんがもういないんだ。……僕のせいで」
「アキ、だからそれはアキのせいじゃないって────」
楓が割って入るが、千秋は頷かない。
「……だとしても、僕もう大切な人を失いたくないんだ。家族だけじゃなくて、晴人くんも真帆乃ちゃんも、みんな。そのためにできることはしたい……後悔したくないから」
「千秋先輩……」
「確かに話を聞くだけなら僕だけでいいかもしれないけど、もし何かあったときみんなが、晴人くんがいてくれたら心強いなーと思うんだけど……だめかな?」
「…………」
しばし沈黙が流れる。楓が居づらそうに目線を泳がせ、そして口を開く。
「あーもう、重く考えすぎ! ……でもわかったよ、付き合えばいいんでしょ」
「楓、ありがとーー!」
「わ、わたしも行きます! できることがあるかはわからないけど……」
「真帆乃ちゃんも! 心強いよ!」
千秋が輝く笑顔を今度は晴人に向ける。これがアニメか何かなら、台本に書いてある晴人の次のセリフは『(頭を掻きながら)しゃーねーなーまったく……ひとつ貸し、な?』といったところであろうか。
「え、普通に嫌だ…………」
「だめかぁ~~」
「あんッ……たねぇ、空気読みなさいよ!」
真帆乃が晴人の背中をひっぱたく。
「痛い だから俺がいたってどうしようもない……から……」
多少の気まずさは感じながら、でも「空気を読んで」無意味だと思うことをする気にもなれなくて、ボソボソと喋る。
「そんなことないよ! 晴人くんの【糸】だって、晴人くんの友達……大切な人を守るための力になってくれると思うな」
「……俺、友達も大切な人もいないしなぁ」
その時晴人に悪意は少しだって無かった。せめて悪意でもあれば、多少マシだったのかもしれなくて、それはわからないけれど。
「────────ッ」
少し間があって、千秋が少し擦れた、高い声であえいだ。見ると、両目から涙が伝っている。晴人は少し驚いて、それから溜息を吐いて、立ち上がった。
「……ごちそうさまでした」
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