「雲居晴人くん。端的に言って、ボクは君を疑っている」
「えええーー!!」
千秋が大声を上げる。
(わざとらしいからやめてくんねぇかな)
晴人は特に驚かない。そも、盗まれたものが唯一晴人のロッカーから見つかっている時点で第一容疑者は間違いなくそいつなのだ。晴人とて、そのクモイハルトとかいうやつがよりにもよって自分自身でさえなければ、断定こそしなくても疑い続けていただろう。
(野田くんが怪しいだのフラレたからかもだの、全部俺ではないというその上でなんとか着地した、だけといえばだけだもんなあ)
「先週から始まった1年生の間での盗難被害、最初はボタンが盗まれてたんだってね。そしてその内一部が、昨日君のロッカーから見つかった。そしておなじく昨日、今度は教科書やらシューズケースやらが盗まれはじめた」
飛鳥がスラスラとこれまでの顛末をそらんじる。
「そして今日だ。お昼休み、計28人も生徒が原因不明の切り傷を負った」
(そんなにいたのかよ)
1クラスのうち4人が怪我をした計算だ。
「調べてみたらね、怪我をしたのは皆、1人の例外も無く、昨日から今日の間にボタン以外のモノを盗まれた生徒だったんだよ。おもしろくない?」
「おもしろくは無い、ですかね。分かって言ってるんじゃないんですか?」
ベルトループに留めた錠を指で弾いて見せる。リンと冷たい音が鳴った。飛鳥は面白そうに笑う。
「その持ち運び方、なかなかイイねえ。今度ワタシも真似しようかな」
「どーぞ」
「はは、ドーモ。帽子もよくない?真似していいよ?」
飛鳥がキャップを外してひらひらと振って見せた。錠に填められた石は桃色をしていた。
「そんなオシャレアイテム持ってないんで」
「なーんだよーう、オシャレに無頓着だとモテないぞ~?」
「うるさいなァ~」
「あははは。 ……まあ~、そういうわけでね、お帰りいただくわけにいかないんだよね」
飛鳥は依然ヘラヘラと笑っているが、何事も無しにこの場を終える気はないようだ。
「いや、晴人くんはただ───」
千秋が慌てて弁解しようとするのを、晴人が手を上げて制した。
「『そういうわけ』? 推理はそれで終わりなんですか?」
「……ロッカーからボタンが見つかった、その君が錠持ちなんだもん、やっぱ怪しくない?」
「はぁ。……で?」
「うん?」
「怪しくて、どーすんです? 詳しくないですけど、怪しいだけで逮捕とかできんすか? とりあえず署までとかいうやつ?」
飛鳥は少し間の抜けた表情を作って、それからキャップをかぶりなおした。
「焦らないねぇ。……うん、たしかにそういうわけにもいかない……のかな? ワタシも全然知らなーい」
(じゃあマジでお前なんなんだよ…………)
よくこれで『警察の者』などと名乗った者だ。イタイOBかなにかじゃないのか?
「むーん、これでビビって吐いてくれたら楽だったのに。まいいや。じゃもうちょいマジメにやろう。君たち、なーんでこんな時間まで教室に残ってたのか教えてもらえるかな?」
「あなたと同じと言えば同じですよ」
「ほー?」
「一連のことの犯人がわかるんじゃないかと思って」
「そ、そうです! 僕たちもみんなを助けようと思って」
千秋が慌てた様子で加勢する。
「犯人の目星付いてるわけ? 聞かしてよ」
「第一容疑者の主張を聞いてもらえるんですか?」
「はは、実際さっきキミが言った通り、とりあえず怪しいから~ってだけでさぁ」
(なんでそれで声かけちゃったんだよ…………)
確かに帰ろうとはしたが、それならそれで後を尾けるとかしないのだろうか。
「……さっきの言い方からして、モノ盗られた人の名前は全部抑えてあるんですか?」
「うん、手元にリストがある」
「いちばん最初は? ……あー、最初に盗られた人が最初に報告するとは限らないから、第一陣、みたいな?」
飛鳥がスマホでリストを確認する。
「んー、そうだね、確かに実際にやられた順とは限らないけど、このリストの最初は大戸理沙、さんだね」
「あ、やっぱり!」
千秋が手を叩く。
「……そん人にこっぴどくフラれた男子がいましてね」
「えー、それだけで疑うの言いがかりじゃなーい?」
「あんたには言われたくねェ~」
「はっはっは、言えてる」
(楽しそうだなあ……)
なんだか掴みどころのない人物だ。本当に警察の関係者なのだろうか。
「大戸理沙ちゃん……ケガもしてるわけか、なるほど? それくらい入れ込んでたわけ? その彼は」
「さぁ。でも中学から付き合ってたそうですよ」
「うえー、イマドキの中学生ってもう普通にカレシカノジョいるの!?」
「普通ってほどウチはいなかった気がするけど……いやいたのかな」
中学でも友達はいなかったので、晴人の耳に入っていなかっただけかもしれない。実際、野田に彼女がいたことも楓から聞くまで全く知らなかった。
(まぁ名前も怪しかったんですけども)
結局合ってはいたが。
「じゃああれか、『一緒の高校受かろうね♡』って言っててホントに受かったのにフラれちゃったのか、あちゃー」
飛鳥が右手で帽子をおさえて顔をしかめる。
「それは知らんすけど……まぁ要はそういう読みです」
「それはあれ? ボタンとそれ以外、両方、2回盗まれてるのがこのリサちゃんだけってのもわかってんの?」
「ちゃんと調べたわけじゃないですけど、大戸さんが数少ないそのケースのようだとは情報を得た上で」
イケメン情報網によって。
「やるねぇ。そう、ワタシも気にはなってたんだー。盗られた子にど~も共通点が見つからないからたまたまかなーとも思ったけど。なるほどね、元カレが怪しいってわけ」
「まぁ確信は無いですけど、一応ってんで」
「じゃ、それだったら元カノひとりを狙えばいいと思わない? その読みだと、他の子が盗られたり攻撃される理由が無いことになる」
「あ、たしかに」
飛鳥の指摘に千秋が納得した。晴人はそれに苦笑する。
(そこ引っかかってなかったのか……)
「矛盾しない理由付けをするとしたらカモフラージュ、だと思ってますけど」
「うん、いいね、筋は通ってる」
飛鳥が指を鳴らす。同じような読みをしていた上で訊いたらしい。
「かもふら?」
千秋が眠そうな目で晴人の顔を見る。
「大戸さんだけ盗まれたんだったら、大戸さんを狙いそうなのは誰だって話になりかねないでしょ? そうするとやっぱり元カレなんかはちょっと怪しい」
「テキトーに盗んでて、たまたまその中に大戸さんがいただけ。と見せかけるために色んな人から盗んだってわけね」
「なるほどー」
(わかってんのかな……)
また少し千秋と話す機会があって、彼がどうにもならないほど頭が悪いわけではないのはわかってきた。というかそもそもミナミコーは進学校である。それでも、なんだか心配になるほど抜けているときが多い。
「それで? じゃ謎の切り傷はどう見る?」
「まぁ、まず錠の能力でしょうね。元カレくんがそうだとすれば、途中からボタン以外のものを盗みだしてて、そんなかにやっぱり大戸さんがいるのを見ると、ボタンじゃダメで教科書やらならオッケーのなんかが条件になってる能力かなーと」
「うん、それは同意見。でもじゃあなんで最初から教科書を盗まなかった?」
最初から能力による攻撃を計画していて、ボタンがその能力に使えないのであればわざわざ盗む意味が無い。
「そこは確かに謎です。でもボタンは何週間かにわたって少しずつ盗まれてるけど、教科書とかは昨日だけで一定量イかれてる。最初は傷つけるつもりまでは無かったけど、昨日急に心変わりした。とかは……見れなくはないかなーとは」
「こじつけって言っちゃえばそれまでだけど悪くはないね。結局、攻撃をした能力者が誰か、か」
飛鳥がにやりと笑う。
「…………俺じゃないすよ」
「はっはっは」
(なんだかなぁ……【糸】見せれば納得してくれるかな?)
晴人が疑われている理由として『能力者である』というのは大きいだろう。その全容を見せればあるいは無実を証明できるかもしれないが───
(まだ、見えないな)
信用できない相手に見せるのは少し気が引けた。
「もう行っていいすか? 件のサッカー部覗いて帰るんで」
「ああ、サッカー部。それで残ってたわけ? 下にいるの?」
「どれかまではわかんないですけどね、ってかもう帰っちゃったかも?」
「どーれどれ」
飛鳥が窓に寄って校庭を見下ろす。サッカー部の面々はあらかた片付けを終え、散らばったボールを集めているところのようだった。
「…………ふん」
飛鳥は廊下側に向き直って、少し考える様子を見せた。
「みんな切り傷だったって聞いたんだけど、それで合ってる?」
「え、ああ……それまた全員見たわけじゃない、けど、はい、見た目は切り傷、だったかな……けっこう血も出てたので」
「うーん……そう、だとしたら、けっこう大事なのかなあ…………」
飛鳥が晴人をチラリと見やる。
「なんすか」
「……いや。うん、わかった。様子見しててもしょーがないな。わかりやすくやろう」
「はあ」
なんのことやら、という様子の晴人を気にも留めず、飛鳥が(第1、2、3指を伸ばし、掌側を上に向ける独特な形で)千秋を指さした。
「ワタシが『怪しいだけ』のキミたちをこうして呼び止めたのは、第一容疑者こと晴人くんというよりはむしろキミが理由でね」
「ふぇ? 僕?」
「キミの能力は、自分の姿を透明にできたりなんかするんじゃない?」
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