「つーわけで特別顧問やります真渕飛鳥ちゃんでーす」
後ろに縛った長髪が揺れる。真帆乃がそっと指さし、小声で晴人に訊く。
「……男のひと、だよね?」
小さな教室ゆえその声も拾った飛鳥が笑う。
「たまにきかれるけどね、男だよ。まぁわりとどっちでもいいんだけどさワタシとしちゃ」
「どっちでもって───」
───それはいわゆる性的嗜好の? と訊きかけて、さすがに配慮が足りないと思い直した。知ってどうということも無い。まさにどちらでもいいことだ。
「ワタシのこと、ちょっとは聞いてるかな? 聞いてなかったらあとで聞いといて? 特に怖い人じゃないので、今日も特にお説教ありません、かいさーん」
パンと手を叩く。晴人たち能力者が厳しく管理される、などというのは杞憂に終わった。
「じゃあNo.2。一緒に帰ろう」
千秋は何か変なモードに入っている。
「誰がナンバーツーじゃ」
「っと、やっべ忘れるところだった」
飛鳥が慌てて少し大きな声を出した。
「みんなって夏休みヒマ?」
「まぁヒマですよ」
と真帆乃。
「僕もー」
と千秋。
「一応部活が……」
が楓で、
「なにもしてないを、している」
の晴人。
「いやね、成り行きみたいなもんだったかもだけど、結果として君たちには警察の仕事を色々手伝ってもらったわけで。警察のお姉さんがね、ごはんおごってくれるってさ。来れる?」
「え、やったー行きます行きます!」
「いいんですか?」
「もちろん! ぜひみんなで、ってさ」
「じゃあ、私も……」
「…………俺はいい……」
晴人だけが渋そうな顔で辞退する。
「えーー、そう言わずにさ」
「あんたどうせヒマなんでしょ?」
「ヒマだけどさ……」
「じゃあ決まり!」
「ええ……」
「おっけ? じゃあ日程は後々調整ってことで!」
「はーい!」
「ええ…………」
「……………………」
日記という夏休みの宿題が、小学生のときにはあった、気がする。毎日の出来事を文と、場合により絵で記録する、人によっては最終日にまるごと捏造するのが定番の、アレである。当時の自分がこれとどう闘っていたのかは記憶にないが、ある程度真面目に取り組んでいたとしたら、家でゲームをしたとか、おばあちゃん家に行ったとか、そういうことを書いたのだろう。別にそれで問題も無いはずで、自分としても特に何か感じることは無いと思う。そしてこの高校1年の夏休みも、晴人は同じように過ごしている。ゲームをすると言えばするし、何か用事があればたまには出かける。同じことだ。でも、今はもう、ダメだ。そんな「なんでもない日常」を過ごしている自分に耐えられない。日記を書けと言われたら、『ゲームをしていた』とは書けない。『何も無かった』としか書けない。思えない。なにも先生にゲームをしている話をするのが恥ずかしくなったわけでもなく、だって、ゲームをしたからなんだというのか? そんなの何もしていないのと同じじゃないか。では小学生当時の自分はこの悟りを得ていなかった故にそんな日記を書いていたのか。それで済ませられるわけではないように感じる。ゲームをして過ごしたのは、自分にとって「出来事」であったはずなのだ。それが、どうして。
(全てが鈍くなったように思える)
そこに不可逆を感じて悲しくなる。
(別に純でありたいとは思わない……戻りたいとも。でも何か、色々、死んで戻らなくなっているようにしか思えない)
もう戻らない。死んだ人間が生き返らないように。あるいは紙に入った皺がもう元通りには伸びないように。
「…………ふぅ」
晴人は大きく息を吐きながらベッドの上で寝返りを打った。……夏本番の始まりである。
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