ハルトカンガエル

られ
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09: 信じていれば真実か

公開日時: 2023年1月9日(月) 18:00
文字数:2,817

「……大丈夫?」

 

 晴人が、ずっと座り込んでしまっていた真帆乃まほのにそっと声をかける。

 

「……あ」

 

 絞りだした声がひっくり返る。

 

「わたし、なんにもできなかったね! あはは……」

 

「…………」

 

 晴人はそれに応えず、真帆乃の足首にくくってあった糸を消した。青い光がさんする。と、そこに千秋がやってきた。

 

「大丈夫? 巻き込んじゃってごめんね……それでえっと、透明になったりとかのはえっと、僕、透明になれるんだ、それでその───」

 

 なにしろ目の前で教室が燃え、青い糸が飛びい、人が透明になったわけで、千秋がしどろもどろになるのも無理はない。普通はそういった説明が要るだろう。普通は。

 

「あ、能力のことなら大丈夫ですよ。この人俺の能力のことも知ってるので」

 

「え、そうなの!?」

 

「あ、はい。なので、うん、大丈夫です、全然」

 

 真帆乃がニコニコと言い、よろめきながら立ち上がる。

 

「……無理すんなよ」

 

 晴人はそれだけ言って振り返った。楓があわや飛び降りそうになった時より、ずっと悲しそうなかおをして。

 

「さて、えーっと、火災報知器とか鳴ってないよな? ……なんでだ? 故障してんじゃなかろうな」

 

 そもそも教室に火災報知器って付いていたっけか? そう思って天井を見渡すと、ものはあったが、何か別の設備だと言われたら納得するしかないようにも思える。

 

「煙探知機だとしたら作動しようがないしなぁ、まーいいか」

 

 なんにせよ今回の件に限っては好都合だ。加えて昨日はいなかった真帆乃、透明化で存在が隠蔽いんぺいされた楓がいるとはいえ、不思議な火災現場にいた面子が揃って今日は報知器の誤作動に立ち会ったとなれば。考えるだけでも面倒だ。

 

「じゃま、俺は帰りますね」

 

「ま、まって」

 

 カバンを取り上げ出入口に向かっていた晴人が振り返る。泣き止んでいるんだかまだなんだか、ぐちゃぐちゃの顔をぬぐいながらの楓が立ちあがっていた。

 

「……ごめんなさい、助けてくれて、ありがとう」

 

「助けたのは義兄にいちゃん姉ちゃんだろ、俺は……言っちゃあなんだがあんたが死んだって良かった」

 

「そうは見えなかったけど……晴人くんだって落ちちゃうとこだったし」

 

 千秋が口をはさんだ。危険をかえりみず助けてくれたじゃないかと、そう言いたいのもわかる。が。

 

「まぁ……でも別に糸があればそもそも危険でもなんでも───」

 

「うっさいな、素直にどういたしましてでいいでしょ?」

 

 真帆乃が口をとがらせる。

 

「そうそう、僕らみんな晴人くんに助けられたと思ってるんだから」

 

「うーん、まぁどうでもいいけど……」

 

 照れ隠しというわけでもないが、一応は晴人が折れたところで、楓が遠慮がちに口を開いた。

 

「あの、あと、1個ききたいんだけど」

 

「俺? はぁ、なんでしょ」

 

 楓が不安そうな顔で切り出す。

 

「あたしが……あたしの能力? が、これっていうのは、どうやって決まったの?」

 

「うーん、それは俺も知らないけど……」

 

「雲居くんは? そういう能力が欲しくてそうなったわけではないの?」

 

「あー、望んだ能力が得られるのかってことか」

 

「『願いを叶える』、んじゃ、ないの?」

 

「ああ……」

 

 この話題で楓がやたらに悲しそうな理由が分かった。晴人は姉妹を交互にチラリと見て目を細めた。

 

「願いを叶える、ねぇ……少なくともそれは大げさな気がするけど、要はあれか」

 

 晴人は楓から少し目を逸らし、少し迷って結局言った。

 

「自分の願いが叶うなら足がめちゃくちゃ速くなるか、そうでなくても素晴らしい能力が手に入ると思ってたのに、いざ開けてみたら危険な能力だったと」

 

「楓の願いがそれだったってこと!? そんなわけないでしょ!」

 

 葵が不平を漏らす。

 

「うーんまぁ、それはそうすけど……」

 

 晴人は言い淀む。言いはしまいが、より正確には、楓は自分の願いが『憎い姉を焼き殺すこと』だったのかもしれないと考えているのではないだろうか。そんな自分を自分が許せないのでは。

 

「……まぁ、そういう、欲しい能力が出るって傾向はあるかも、しれない。俺も能力を時、その能力でその場を解決したから。」

 

「やっぱり……」

 

 楓がうなだれる。葵がまた何か言い出すその前に、晴人が続けた。

 

「でも例外も知ってる。し、それに───ちょっと最小火力で【炎】出せます?」

 

「え? うん」

 

 楓が錠を開き、床に炎の帯を作り出す。

 

「で、こう」

 

 晴人は、燃えている床から【糸】を伸ばす。糸はたちまち燃えて消えてしまう。

 

「うん。で、こう」

 

 次に天井から糸を引き出し、炎の真上まで垂らした。

 

「これ燃やせます?」

 

「え? えっと」

 

 楓が炎を操作し、火の手が糸の先端に触れる。そこから見る間に燃え広がっていき、炎は遂には天井へと───

 

「あれ!?」

 

 ───とはならなかった。糸は全く燃えていない。

 

 の全員が驚いた。

 

「おお、思ったより上手くいった」

 

「どういうこと?」

 

 真帆乃がく。

 

「能力による炎なんて、どんな性質持っててもおかしくないわけで。まず明らかに普通じゃないのは、この教室とか、昨日の校舎が一切燃えてないこと。」

 

「そういえば、そうだわ……」

 

 もうなんだか慣れていたが炎とは別に触ると熱い、そういうモノでは無いのだ。あれだけ派手にやっておいて、燃える、焦げる、そういった現象が一切伴わないはずが無い。

 

「でも葵先輩は火傷やけどしてる。俺の糸も燃えた。で、千秋先輩の能力、炎の中じゃ使えなかったんすよね?」

 

「うん、火の中入ったら解けちゃった。【透明】になってれば熱かったりもしないはずなんだけど」

 

 千秋の能力、透明化。晴人の糸を抜けたように、透明化している時物質の干渉を受けないのであれば、炎の上も歩けるはずだ。しかし千秋はそれが出来なかったという。

 

「今の糸、最初のは『床から伸ばす』っていう意識をしてた状態で燃えた。2本目は『天井から伸ばす』っていう意識で伸ばして、後はほっといただけ。この状態だと燃えなかった。つまり、俺が操作してない糸は校舎やらと同じ扱いってことになる」

 

「さっきも楓サンの感情に合わせて炎の勢いも変わってるように見えた。だから、まぁもしかしてだけど、この【炎】は感情とか意思とか、そういうのを含んでいるもの、を燃やすのかも」

 

「千秋先輩は『透明になろう』って思ってたから、それがとけちゃったってこと?」

 

 真帆乃がけんしわを寄せながら言った。千秋はなんだかわかったようなわからないような顔をしている。(多分わかってない)

 

「まぁそんな感じ? と、思えば説明はつく」

 

「うーん……」

 

 晴人の考察に、一同がうなる。

 

「な、なんでそんなややこしいことに」

 

「まぁそれなんですけど。それでさらに自分が欲しい能力が出るものとすれば、楓さんが燃やしたかったのは、消したかったのは、校舎でもなければ人命じんめいでもなく、嫉妬なのか諦観ていかんなのか知らないけど、そういう気持ちやら感情やら、だったのかもしれませんよ」

 

「感情を、燃やす……」

 

 納得したようなしないような、でもどこか落ち着いた表情で楓が呟いた。【感情を燃やす】能力。それは、怒りか、嫉妬か、無力感か、それとも。

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