「…………」
放課後の1年5組に、男女が向かい合って座っている。もはや姿を隠すことなど考えてもいない、千秋と真帆乃が。
「えーと、真帆乃ちゃん?」
「……はい」
「ど、どうかした?」
「どうって、だって」
真帆乃は眉間に皺を寄せたままで答えた。声には苛立ちが見える。
「……アイツが」
「晴人くん?」
女子制服のボタンが盗まれる事件を解決するため、千秋の能力【透明化】で姿を隠した2人。そこに、そうとは知らないとある生徒がやってきて、何やら女子生徒の座席でゴソゴソやって出ていったので見てみたら、制服からボタンが無くなっていた。「透明化張り込み作戦」願っても無い大成功、現行犯───と、いきたいところだった。そのとある生徒が晴人でさえなければ。
「アイツ、ほんとにやってたのかな……」
真帆乃が髪をわしゃわしゃと弄る。千秋はどうして真帆乃が不機嫌なのか測りかねて困惑している。
「ボタンを取ってたの、晴人くんだったってこと? 本当に?」
(今!?)
呆れて溜息を吐く。この男、人を疑うことを知らないのだろうか。
「思いたくないですけど、でも」
晴人がボタンを盗み、自分のロッカーの中に隠してあった。それを忘れて中の物と一緒に取り出してしまったが、ロッカーに鍵はかかっていなかったので誰か他の者の仕業を取り繕った。そう考えても、起きていることの全ては説明できる。
「…………」
また、今度は小さく息を吐いて、過去を想った。真帆乃と晴人は、高校だけでなく小中と同じ学校だった。小学校では一応面識がある程度の関係だったので幼馴染と言うのは大げさだが、中学ではかなり交流が多かった。その上で、真帆乃は彼が犯人であるはずが無いと思った。より正確には、思ってすらいない。晴人が犯人なのかもしれないという発想自体無かったからだ。だが───
「……アイツ、去年ちょっと、いろいろあったっていうか…………」
それ以上は言葉が続かなかった。
「だ、だいじょうぶだよ、晴人くんは───ほら、晴人くんもなにか調べてくれてたのかも!」
励ますように、千秋が声色を明るくする。
「そうかなあ…………」
真帆乃はゆっくりと瞬きをした。色んな記憶が脳裏を駆ける。
(アイツ前はもっと笑ってた気がする)
塞ぎ込んでしまったのだろうか。あの一件以来。
(違うな、今もなんか、わたしと話してるときは笑ってくれる)
誰かと話しているところを見ることが減ったのだ。逆に言えば、中学での晴人の周りには大抵特定の友人がいた。
(ミニコ、元気かな)
結局、その日は他に怪しい人影を見ることは無かった。
「~~~くぁ……」
翌朝。いつもの教室、いつもの席で真帆乃が欠伸を噛み殺す。休日余分に寝ておいたぶんの睡眠時間で寝不足を解消できる時代が来ないものだろうか。
(中学の卒アル引っ張り出したらなんか楽しくなっちゃって夜更かししちゃった…………)
「ふぁあ……あ」
ふと隣で、こちらは隠そうともしていない大欠伸が聞こえた。時刻は8時22分、HR開始3分前。雲居晴人、計算されつくした無駄の無い登校だ。
「……おはよ」
「あん、おはよ」
真帆乃の夜更かしは珍しいが、晴人が眠そうなのはいつものことだ。そして気だるげな返しの挨拶も。
(昨日のこと、直接聞けばいいやとか思ってたけど…………)
机に突っ伏し、横目で晴人の様子を窺う。当然といえば当然か、特に後ろめたいような様子は無い。
(どうやってきくのよ~~~ 『昨日5組でなんかしてた?』 きけるわけないよバカ~~~)
晴人はとにかく頭が切れる。───というようなことを言うと本人は『言うほどでもねーだろ』みたいな反応をするが、真帆乃はそう思っている。とてもじゃないが駆け引きを仕掛ける気になれない相手だ。
(あれは忘れもしない、あの……中2、だっけ、いや1年生?)
ちょっと忘れてんじゃねーか。
(いや、メイちゃんいたから2年だな。そう、中2の国語)
何人かの生徒があるテーマについて相対する2つの立場に分かれ討論する、ディベートの授業があった。晴人のグループのはテーマ、『映画は吹替と字幕のどちらが良いか』、その吹替側に割り当てられた。
(キミは『そもそも映画見ねぇんだけど』とか言いながら、字幕派の指摘を一人で全て論破していたね…………)
遠い目をしている内に、担任、高田がやってきてしまった。
「はーいおはようございまーす、まずちょっと連絡なんだけども、えー、昨日もまた制服のボタンー、とかあと教科書とか、無くなっちゃったよって人がいたみたいなので、何か知ってる人いたら教えてくださーい。じゃ出席取りまーす」
(教科書も!?)
真帆乃は思わず体を起こした。教室も少しざわついている。学校側としてはあまり盗みだ盗みだと騒ぎ立てるわけにもいかないのかもしれない。高田はさらりと流して出席を取り始めた。
(昨日…………)
真帆乃が唇をきゅっと結ぶ。またちらりと横目を遣る。晴人は祈るように手を組み、それを唇に当てている。何か考えているような、何も考えていないような、つまりいつもどおりの様子だ。もちろん祈っているわけではない。『なんか触ってないと落ち着かないんだよ』と言っていたことがあった気がする。
(やっぱりそんなわけない。この人そんなことしない)
教室の空気が重くなって、たぶん少なくない視線がいま晴人に向けられていて、それでむしろ吹っ切れた思いがした。
(犯人、見つけなきゃ)
大失敗した「透明化待ち伏せ作戦」を想い、次のやりかたを思案した。が、そうすぐに思いつくものでもない。
(もーー、こういうのあんたの方が得意じゃーん…………)
ぺそ、とまた机に突っ伏し、また欠伸を噛み殺した。
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