「リーナちゃんさ、ここにちょ~ど戦えそうな人たちがいるんだけど」
『!? そんな、生徒を巻き込むわけには!』
「そーだけどさ、逃げてもらっても死ぬかもよ、この子らだって」
『ですが、それでも───』
「まーまー、危なくなりゃ誰でも戦うし、たまたまそうなったことにしよーよ。じゃ後でねー」
一方的に通話を切る。そして2人に向き直る。
「ボーイズ、よく聞け? さっきすれ違った2人組、あれ、どっちも能力者。人殺せるタイプの」
「2人とも?」
晴人が眉を吊り上げる。千秋、楓、今月は飛鳥。最近やたら能力者と出会うが、本来そこかしこにいるものではないはずだ。
「……あの2人、この学校の人じゃないかも」
千秋が神妙な面持ちで言う。
「わかんの?」
「こないだ1年生の教室をまわったとき、あんな子いなかったと思うんです」
「そんなのいちいち覚えてないだけじゃないすか?」
「そうかな……」
「どうあれ、ワタシも同意見。能力者探して校舎まわったからね、2人も見逃すとは思えないなー」
「昼に攻撃してきた奴は?」
「どっちでもない。でも、こちらで掴んでる状況からしてそのための盗み担当と見ていいと思う。つまりグルだね」
「盗みも攻撃も外部の人間……」
「ってことだね」
つまり、ミナミコーの制服を纏った部外者が潜入していたということだ。あの2人が学生を装ってモノを盗み、もう1人の仲間がそれを条件に能力で生徒を攻撃する。
「単純に変装、偽装かよ……バレねェもんだな」
「でだ、おそらくまた、今度はもっと大量にモノが盗まれる。で、もっと多くの生徒が攻撃される。どういう能力かによるけど、今度は死ぬかも」
「そんな、止めないと!」
「でもとっちめよーにも能力が強いので一般人じゃ普通に死ぬ。ほらワタシも戦いじゃ一般人だし」
「で、俺?」
「そ。ヒーローやる気ある?」
「無い」
「あら即答」
「でもやる」
特に強い語気ではなかった。しかしやはり即答。
「僕も!」
千秋は真剣な表情をしているが、晴人は眠そうな貌のままだ。飛鳥は、万事が無事に終わったら理由を訊こうと決めた。
「……おーけ、じゃあ作戦会議だ。まずデケー方。あっちは簡単にいうと、【穴を開ける】……みたいな能力」
「みたいな?」
晴人がつっかける。
「【能力がわかる】って言っても文章で説明もらえるわけじゃないのよ。なんとなくなにができそうかイメージがつく感じ? だから、『みたいな』。」
「なるほどね。 しかしもうちょっと具体的にならないんすか? 念じるだけでなのか触ったらなのかとか」
「待てって、言うから。……多分だけど触って、しばらく触ったままでいないとダメだと思う。それにてのひらより小さいものは無理だね、多分。とりあえず近づかなければ危険はないかな」
「ふん」
「やべーのはもう一人のメガネの方よ。あれは多分、鎖? みたいなものを操作できる」
「鎖? 鎖だけ?」
「金属……ってわけでもないと思うんだよねえ。多分、鎖」
「晴人くんみたいな感じ?」
晴人の能力【青い糸】は、壁や床から糸を引き出し操作することができる。
「お、キャラ被りか?」
「いや、キミは糸を作り出すところから能力だけど、彼は違う。から、近くにもうある鎖を使う感じだね」
「長短さまざま持ってきてると見るべきだろうなぁ」
「わざわざ乗り込んできてるわけだからねー。2人ともカバン持ってたからどっちかの中かも」
「それで、どうしたら?」
千秋が不安そうに訊く。
「追ってくる相手には投げた鎖で首でも絞めればいいし、近寄られたら腹に穴を開ければいい。追い詰められても壁を抜いて逃げられるね。なかなかバランスがいいコンビだわ」
「言ってる場合か」
「はいはい。……言うまでもないけど、キーマンはキミだ、晴人きゅん。」
「殺すんすか?」
「え!?」
千秋が驚きの声を上げる。
「声デカい、聞こえるって」
「ご、ごめん……あの、飛鳥さん」
「わかってるよ。……殺せとは言わん」
「でも【穴開け】はともかく【鎖】は拘束するだけじゃ止まらないんじゃ───」
「そのときはワタシが殺す」
「ちょ、そんな!」
「必要があればね。もちろんおとなしくなってもらえればそれでいい」
「だったら俺が……ま、いいや。じゃあ? 【透明】になって近づいて【糸】で奇襲、拘束。……こういう作戦すか?」
「まって、僕───僕は誰も死なせたくない」
千秋が晴人を遮った。今まで、決して多くの会話を交わしてきた2人ではないが、それはほとんど初めてのことだった。
「…………」
晴人は黙った。晴人にとって、死なせたくない命はこの世にそう多くなかったから。口を開いたのは飛鳥だった。
「……ボクだって死なせたくない、本当だ。最大限努力する。……信じてもらえないかな」
しばし沈黙───になりかけたが晴人が欠伸をした。
「でも……でももしうまくいかなかったら」
「ガッコーが滅ぶわい」
晴人がたいした感慨なしに吐き捨てる。
「え」
「拘束がうまくいかなくてあの2人を殺す、よりは、そんなこと気にしてこのまま生徒丸ごと消される方がうまくいってないと思いません?」
「それは……」
「自分が関わって2人殺す方が嫌です? ……ああ、これトロッコ問題だ」
トロッコ問題。思考実験の代表選手、あまりに有名な「答えの無い問題」。暴走トロッコを放置すればその先にいる5人が死ぬ。今自らの手でルートを切り替えれば彼らは助かるが、代わりに新しいルートの先にいる1人が死ぬ。5人を助けるために1人を犠牲にすることは許されるのか?
「そうじゃなくて! 僕は誰も死なせたくない……」
「ならやっぱり君の力が要る。……もう時間が無い、頼むよ」
「……わかりました」
千秋が深刻な表情で頷いた。それを見て飛鳥も頷く。
「よし、じゃあ具体的には───」
「これくらいでいいか…………」
パンパンに張ったリュックを背負う。重みがズシリと腰に響く。教科書参考書を中心に、1クラス40人の所有物を1つずつ。まず1人で持つことは無い重さだ。眼鏡の少年は顔をしかめた。
「そろそろ人くるかも、早く」
教室前で見張りをしていた長身の少年が周りを気にしながら言った。眼鏡の少年は無言で頷き、一歩を踏み出した。この重たいカバンを持ちかえれば、名も知らない男の能力によって、神菜川県殻雲南高校1年1クラスの生徒が全員死ぬ。それは世間に能力者の存在を否応なく知らしめる───というようなことを聞いた。自分たちで決めたわけではない。選ばれたのだ。───誰に? ……よく、わからない。自分たちと同世代の少年少女が、訳もわからないまま死ぬ。何人も、何十人も。それに異を唱えれば、死ぬのは1人で済むかもしれない。いや、自分1人が余計に死んで、他の誰かがまた選ばれて、やっぱりここの40人は死ぬのかもしれない。
(なんでこんなことしてるんだろう)
少年はジャージのポケットを握りしめた。誰かがなんらかの方法で調達したこの学校のジャージ。合成繊維の生地の上からでも、金属の冷たさを感じるような気がした。───錠だ。この錠があるから、あり得なかったはずのことが起きてしまったから、こうなった。このクラスの生徒はみな死ぬ。
「……行こう」
教室から、その外へ。重い一歩を踏み出そうとしたその時。───あり得ないことが起きるのだ。こういうこともまた在る。空間に突如青い稲妻が走る。
「ややキャラ被りで申しわけねぇ~」
続いて晴人の姿が現れる。この少年はどうなる? それは、幸か不幸か、まだわからない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!