「あ、皆さんこんにちは。お時間とっちゃってすみません。ボランティア活動特別委員会の桜木です」
蒼眼の美少年が微笑む。晴人の脳裏に先月の一件の場面が次々よみがえる。
(なにやってんだぁ!?!?)
「あ、ボランティア活動特別委員会っていうのはボランティア部の一部っていうか、えーと、ほぼおんなじです。あ、晴人くーん」
(『くーん』じゃねえ!!)
話の途中でこちらに気づいた千秋が手を振ってくる。晴人はあごを持ち上げて雑に返事をした。
(無駄に目立つからやめてくれ…………)
明らかにクラスからの視線を感じる。根暗眼鏡地味男子後輩とキラキライケメン先輩。まさか面識があるとは思われない組み合わせだ、無理もない。先月の火事騒ぎに一緒に巻き込まれていたことを知る生徒はそう多くないのだ。
「えーと、なんだっけ。そう、ボタン! あの、みんな困ってると思って。何か知っている人がいたら、ぜひ僕に教えてくれると嬉しいです。あ、2年4組です! ……このままずっと続くようだと、その、大事になっちゃいますし、気をつけてくださいね。それだけお知らせしたくて!では!」
ビシと手を上げ、そして出ていこうとする千秋に高田が慌てて声をかける。
「あ、なんかね、2組のぶんは見つかったみたい」
「ほんとうですか! はん……じゃなくて、えーと、なんでですか?」
「なんでっていうか……雲居のロッカーから出てきたらしくて」
(おい言い方)
「晴人くんの? うーん、なんでだろ? 他の組ではまだ見つかってないみたいなのに…………」
どうやら各クラスを周って呼びかけているようだ。
(ボランティア部ってそういう……そういう部活なのか? 地域のゴミ拾いとかじゃないの?)
4月の催しで部活動の紹介は一通りされているが、帰宅部を決め込んでいた晴人にたいした記憶は残っていない。
「晴人くん、あとで話きかせてくれる?」
「やです」
「忙しいの?」
(コイツは…………)
悪意が無いのが厄介だ、と思いかけたが、本当に素の天然なのだろうか。
「うっそー、どうせヒマでしょあんた」
真帆乃が隣から口を挟む。
(コイツは…………)
いや暇だけどね?
「ほんと? じゃあまた後で!」
嬉しそうに手を振りながら行ってしまった。1組へ向かったのだろうか。突然の来訪者が去り、教室がにわかに色めく。
「はぁ…………」
声に出して大きな溜息を吐く。
(もう会うこともないと思ってたんだがなぁ)
面倒なことにならなきゃいいんだが、という彼の望みは物語的必然性の前に儚く散ることになる。
「…………はぁ」
欠伸をした、そのままの流れで自然に溜息を吐く。HRを終えた放課後。部活に向かう者、教室に残って何やら勉強をしている者、友達集団で駄弁っている者。晴人は頬杖で千秋を待つ者をしていた。隣の席では真帆乃がスマホの内カメラで髪型を直している。なぜか会議に参加する気満々である。『なんでだよ』と言ったら『わたしだって当事者だもん!』とのことだった。
(千秋との関わりは持っときたいものなのかもしれんな)
自分が美女先輩とお近づきになりたいとはあまり思わないが、でもそれも自分だからで、一般の男子はそうではないようにも思えた。
「いいから行ってこいってw」
「なんでだよw」
ふと、少し遠く、教室の廊下側から話声が聞こえた。ニヤニヤした男子生徒グループの、晴人の嫌いな声だ。
「なんて言うんだよw」
「そりゃ───」
ところどころは聞き取れない。だがどうやら───
(自分が笑われている気がしてどうのというのは割とあるあると聞くが)
1人の気配が近づいてくる。
「ボタ……ボタンが好きなんすか?w」
頬杖のまま、ゆっくりと目を合わせる。
(今回は気のせいじゃなかったね)
晴人は、基本的に女性の方が男性より優れていると思っているところがある。だからどうと言うことも無い、思想と呼ぶには大袈裟なものだが、何かにつけて『これだから男は』『やっぱ女子は偉いよなぁ』などと考えがちである。
(───この表情をする女性に出会ったらこの考えも少しは変わるだろうか)
男性である自分は女性のそれに気づけるのだろうか。
「ちょっと! ねえ、ひどい!」
晴人がぼんやりと考えている間に真帆乃が噛みついた。男子生徒は決まりが悪そうに、『すみません』だかなんだかモゴモゴと言って帰っていった。遠巻きに見ていたグループにどっと笑いが起きる。
「んっとにもーバスケ部~! ちょっと!」
なんと真帆乃も後を追ってなにやら説教を始めた。委員長タイプとでも言うのか、彼女はこういうことができる質だ。そのせいで敵を作りやすい傾向にあるが、同時に慕われやすくもある。彼女の大きな長所だと晴人は思う。
(バスケ部……なんだ、ふーん)
晴人にある運動の経験はせいぜい小学校時代の習い事としてのサッカーくらいのものだ。真面目に通いはするが向上心は無く、たいした上達もしないまま中学に入り辞めてしまった。その中学校、そしてこの南高でも運動部には見向きもしなかったから、いわゆる運動部的体質、体育会系のノリというようなものに馴染みが無い。たとえ運動部に入っていたとしてもそういうものは受け入れなかったと思う。校舎外周を走る時の掛け声は体力の無駄に思えるし、ああやって身内で集まってニチャニチャと笑っている学生生活にはどうも魅力を感じない。
(俺がそうなだけで、あれも俺よりよっぽどマシな青春だとは思うけどもね)
少なくとも彼らにはああして友達がいる。高校で出会った相手と一生涯友人をやることもままあると聞く。そういうのは少しいいなと、晴人も思う。でもそうなろうとは思わない。考え方が違い、生活の選び方も違う。在り様が違う。違うのはきっとそれだけではないし、その違いは世で言われる「多様性」のようには尊くないものかもしれないが、それでも大切なことだった。少なくとも晴人にとっては。
「き、気にすんなよ!」
目を瞑り、そんなことを考えていた晴人を気遣って真帆乃が声をかける。晴人はゆっくり目を開けて彼女を見る。こうやってわざわざ晴人なぞのために行動を起こす真帆乃もまた、晴人とは違う在り方をしている人だ。その積極性や気遣いは、運動部男子と違って好意的に受け止められる故に気にかかりにくいが、晴人にとって理解できないという意味では同じかもしれなかった。だからどうということもなく、強いて言えば他人に何かを期待しないようにして。晴人は晴人の在り方をしている。そういうつもりで自分を守っている。
「…………せんて」
「そーお? ……でも、ほんと誰がやったんだろ」
「俺じゃね?」
「うそ」
「嘘て」
「だって。でしょ?」
「誰か疑わしいとしたら俺しかいなくね?」
晴人が犯人だと断定できるものは何も無いが、無実を証明するものも何も無い。加えて盗まれたボタンそのものを隠し持っていたとあれば、クリミナルダービー先頭で最終コーナーは堅いだろう。
「だって雲居くんはそういうのすぐ『ソンナコトシテナンノイミガー』とか言うじゃん」
「バカにしてんか」
「してなぁいよう」
『な』のアクセントが強いったらない。
「意味、ねぇ」
確かにボタンは要らない。率直に言って要らない。晴人でない一般の男子だとしても、なんだって女子のボタンを盗むのか、考えてもそれらしき動機が思いつかない。
(体操着とかだったらわか……いや個人的にはわからないとさせていただきたいところだが)
だが、ベタではある。対してボタンが盗まれるというのは創作の世界でも聞いたことが無い。
「もー、こうなったら犯人探そうよ!」
「犯人ねぇ」
「このままじゃ、イヤじゃん、やっぱ」
「そうでもないけど…………」
「なんでだよー」
晴人がからかわれたことに少々ご立腹のようだ。さっきからやや不機嫌そうな顔をしている。
(他人のために怒れるのってすごいなぁ)
怖いともまた思う。やはり少し嬉しくもある。どんなときでも、自分の感情を全て説明するのは、きっと不可能だ。
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