大都会真宿で起きたこの一件はさすがにというべきか大きく話題になり、ニュースに興味のない晴人も見飽きるほどには連日様々な場で取り上げられた。どんな爆弾をどう仕掛けてあったのかだとか、警察が一向に明かそうとしない犯人からの要求は一体なんだったのかだとか。ニュースでその話が出るたび『本当に無事でよかった』と、いい加減親がうるさいと真帆乃がこぼしていた。桜木義兄妹も大層親と姉に心配されたらしい。
「犯人を捕まえるのを手伝ったなんて言えないや」
千秋がそう言って笑う。ここは第二選択教室。そろそろ『いつもの』と言ってもいいかもしれない第二選択教室。夏休み中だというのに千秋はなにかにつけて集まりたがり、その度ここを使っているらしい。『らしい』としか言えないのは晴人は今まで全ての誘いを無視してきたからであり、だのに今日はこうしてやってきているのは今回こそどうしてもと乞われたからである。別に今日に限って特別なにがあるというわけでもなく、どうにか晴人にも来てほしかっただけのようだが。これでもかとお菓子を用意するからだのなんだの、いやそれに惹かれたところは無情少しばかりも無いのだが、そういったアピールの数々がそろそろ見ていられなかったので渋々と出てきたのである。
「世が世ならヒーローなのにねー、全部警察の手柄みたいになっちゃって悪いね」
そしてまた当然のようにいる飛鳥がポテトチップスを口に運びながら言う。ニュースでは死者を出さなかった警察の対応を賞賛する声も大きい。どうも梨依奈や特殊事案対策課の名前は出せないようだが。
「いいんですよ、みんな無事でよかったです」
「なんか簡単に解決しちゃいましたけど、千秋先輩がいなかったらどうなってたかって話ですもんねー」
「イヤ、ほんとに。リーナちゃんずっと落ち込んでんよ」
「あはは……気にしないでくださいって伝えてください……」
「でもあんな、犯人は何がしたかったんだろね?」
楓がチョコレートプレッツェルを3本まとめてかじりながら言う。
「あー、それねぇ」
飛鳥が少し困ったような顔をした。
「能力者を……というかその錠をありったけよこせって言ってたらしいんだよねぇ」
「え、錠を?」
「毎度のことだけどそれ言っていいやつなんすか……? っていうかそれって」
「そう、同じなんだなー、【名前】のヤツと」
【本人が書いた名前を傷つけると本人にも害が出る】、その能力者が他の能力者を使って南高の能力者を殺し、錠を手に入れようとしていた。それがここ数ヶ月晴人たちが巻き込まれてきた事の大元の事情であった。
「んで【名前】と今度のヤツがおんなじ新興宗教の信者らしーのよ」
「『人殺して錠を集めよ』って教えの宗教……?」
「なんかそんな感じみたいなのよホント」
晴人は半ば小ボケのつもりだったのだが普通に肯定されてしまった。
「な……なんで……?」
「異なる郷って書いて異郷っていうらしいんだけど、調べてもイマイチわかんねーんだわ。新興も新興、2年くらい前にできたばっかみたいだけど……今度警察が潜入みたいなことするらしいよ」
「異郷……」
「聞いたことないね」
「じゃあこの先もその信者の人が前みたいな事件を起こすかもしれないってことですか……?」
千秋が心配そうに言う。
「どれだけ信者がいるのか分からないけど、考えられるね。まぁそれがいちいち能力者とは限らない……というかそんなわけないと思いたいけど」
「でも【名前】のヤツは錠を配ってたんですよね?」
南高で盗みを働いた恵頭高校の生徒2人と、野田翔。少なくとも3人が【名前】の能力者から錠を受け取っている。
「それはそうなんだよね……マジで謎。なんでそんなに持ってんだ? そもそも錠なんなんだ? どこで作ってんだよ……」
飛鳥がのけぞって天井を仰ぐ。
「警察が調べても分からないんですね……」
楓が自分の錠を撫でながら言う。
「素材は別に珍しいもんじゃないんだってさ。でもそれ以上のことはなんもわからんらしい」
飛鳥がそう言って姿勢を戻したとき、ちょうど教室の扉が開いた。
「げ」
「『げ』じゃないんですよ『げ』じゃ」
やってきたのは梨依奈だった。髪をお団子にまとめたパンツスーツ姿で、前に会ったときとは少し印象が違う。
「報告書急ぎでって頼みましたよね!? どこほっつき歩いてるのかと思えばこんな、若い子たちにちょっかいかけて……!」
「文字打つのってキライなんだよー、そういうのはケーサツの人がやってよー」
「あなたがやった仕事の報告書をあなた以外がどうやって書くんですか!」
「あーあー、わかったわかった、やりますよーもう」
飛鳥がしぶしぶ鞄からノートパソコンを取り出した。
「学生時代を思い出すよ……やだやだ」
「いやここでやらないでくださいよ、迷惑でしょう!」
「はは、僕らなら大丈夫ですから……」
千秋が笑って言う。
「そう? ごめんね邪魔して……」
「大丈夫ですよー、梨依奈さんもお菓子どうぞ」
真帆乃が個包装のチョコレートを適当に差し出す。
「ありがとう、後でいただくね……真渕さんどこまでできてるんですかちょっと見せてください。……なんだほぼ書けてるじゃないですか」
「ワタシがんばった」
「完成までがんばってもらえたらなお良かったんですけど…… じゃあ完成まで見張っててあげますから、さっさと書いちゃってください」
「はーい……」
「梨依奈さん、座ります?」
「ありがとう、お邪魔します」
「スーツかっこいいですね!」
「そう? 別にいつもの恰好なんだけど」
「仕事できそうな感じしますよ~」
「あ、ありがとう……」
「『できそう』じゃなくてホントにしごできなんだぞーこのおねーさんは」
キーボードを叩きながら飛鳥が口を挟む。
「「おー」」
真帆乃と千秋が同じようなリアクションをする。
「いや別にそんな……余計なこと言ってないで進めてください!」
「照れんなよ~」
「照れてない!」
「そういえばこんど宗教に潜入するんですって?」
梨依奈の仕事の話で思い出した真帆乃が言う。聞いた梨依奈は飛鳥を二度見する。
「あんた、何を、なにを普通にしゃべっちゃってんですかあああ!!!」
(やっぱ聞いちゃいけないやつだったか……)
「えー別に、こいつら関係者みたいなもんでしょ」
「それは、まぁ、その……否定しにくいところが……ありますけど……」
声量が徐々に小さくなっていった。
「あの、一応他言無用でお願いします……」
「も、もちろん……」
「なんか、お疲れ様です……」
晴人が珍しく気遣いの言葉をかけた。
「あの、梨依奈さん」
少し間があって、千秋が口を開いた。見ると少し真剣な貌をしている。
「ん?」
「その潜入調査、僕たちも連れて行ってくれませんか」
「は!?」
楓が千秋をにらむ。
「いや、そういうわけには……」
梨依奈は困って言う。
「でももしかしたら能力者がいるかもしれないんですよね? ……またあんなことをしようとしてる人が」
「それは……そうだけど」
「僕と真帆乃ちゃんがいた方が安全だし、晴人くんと楓の能力だってもしも人を捕まえるなら頼りになります。みんなで行った方がいいと思うんです」
「…………」
(一理はある、よなあ)
晴人は考える。極端な話【触った相手死なす】くらいのバケモノ能力者がいないとも限らないのだ。なにも全面戦争を仕掛けるわけではないのだから安全にやるのだろうが、それでもリスクというものはある。正直晴人などはいてもいなくても変わらない気はするが、千秋真帆乃あたりを装備していくのはそう悪い考えとも思わない。
「僕たちの未来を守るって、梨依奈さん言ってくれましたよね。でも僕たちの未来を守るのに、僕たちが出来ることがあるなら、それはやらなくちゃって思うんです」
「千秋くん……」
千秋の言葉に、梨依奈が微笑みを浮かべる。飛鳥がのろのろキーボードを叩く音が響いている。
「……ありがとう」
「はい、僕がんばりま────」
「でもダメ」
「────えええええええええ!!!!」
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