ハルトカンガエル

られ
られ

04: 爆

公開日時: 2024年5月9日(木) 03:00
更新日時: 2025年1月26日(日) 21:40
文字数:2,221

────嗚呼ああこの世界は。あんまりじゃないか。でもそういうものなんだっけ。俺は、俺は、俺は────

 

『あー。テステス。聞こえていますかね』

 

 館内のスピーカーから男の声が響いた。のんびりとしたその口調、その後ろでかすかに聞こえる声々は対照的に緊迫しているようだった。

 

『皆さまその場から動かずにお聞きください。私の名はエンドウアキヒロ。エンドウアキヒロです。突然ですがこのビルは私が占拠しました。皆さまには人質になっていただきます』

 

 1階化粧品売り場は嘘みたいにシンとしていた。ほとんどが状況を飲み込めていないか、あるいは何かの冗談だと思って、でも動けずにいた。こういう時最初に動く人間はどんな人間だろうか。冷静な人間? 主体性のある人間? 案外協調性の無い人間なのかもしれない。いずれにせよ、まず1人が出口に向かって走り出した。3人がそれに続いた。直後、風除室が突然爆発し最初の1人は爆風で尻餅をつき、2回も3回も転がった。

 

『動くなと言っています。次は当てますよ。……それで、私はあなたたちを人質として、この国と交渉します。お国の判断次第ではあなたたちの────』

 

 その先はパニックになった客らの騒ぎに紛れて聞き取れなかった。

 

真渕まぶちさん」

 

 梨依奈りいなかすれた声で言った。

 

「ちゃんとたよ。【任意の場所に爆発を起こす】、そんな能力で間違いないね」

 

 いつの間にかじょうを開いていた飛鳥あすかが淡々と応える。

 

「ど、どこですか能力者!?」

 

 真帆乃まほのが辺りを見渡す。

 

「んや、近くにはいないみたい」

 

「じゃあなんで能力だって……?」

 

「あれ、言ってなかったけ。見るのは人じゃなくて事象でもオッケー」

 

 今の爆発を見て、それが能力によるものだと判別したということらしい。

 

「たぶん監視カメラでモニターしているんじゃないかな。それだったらこっちの動きを見てそこに爆発を起こせてもおかしくない」

 

「……館内放送を使っていることからも、中央管理室を占拠したんでしょう」

 

「どこそれ?」

 

「……中央管理室は通常避難階、もしくはその直上ちょくじょう直下ちょっか……つまり1階ここ2階この上B1階この下にあることが多いはずです」

 

「さっきの爆発音は下からしたからこの下か……」

 

「真渕さんはこの子たちをお願いします」

 

「いや無茶、無理すぎ。近づく前に爆破されて終わりだって」

 

「……でもこれじゃ外から突入するのも不可能、応援も見込めません」

 

「意地を張るのはやめよって言ってんの。……千秋ちあき、頼めるかな」

 

「は、はい!」

 

「……ッ、でも……!」

 

「危険なところは大人がやればいいさ。応援はいつ着きそう?」

 

 梨依奈は悲痛な眼差しで千秋を一瞥いちべつし、悔しそうに目を伏せた。そしてスマホを取り出し、何かを確認する。

 

「……21時47分、本件を第一種特殊事案に認定済み。……10分もすればみんな到着するかと」

 

「その間他に能力者がいないか探しておこう。行こ、千秋」

 

「は、はい」

 

 

 

「……戻りました!」

 

 千秋と共に梨依奈、そしてもう1人若い男が姿を現した。千秋が【透明化】でビル内部に引き込んだ梨依奈の部下だ。

 

「梨依奈さん、念のためこちら」

 

 男は両手で抱えるサイズの黒いメタルケースを梨依奈に手渡した。

 

「ありがとう。じゃあ千秋くん、筒井つついくん、申し訳ないけどお願いね」

 

 千秋と、筒井と呼ばれた警察の男がうなずく。

 

「千秋くん、最終確認だ」

 

 筒井が千秋に向き直る。

 

「はい!」

 

「キミは自身と僕を透明化してエスカレーターを下り、中央管理室に向かう。エンドウと名乗る犯人を確認次第、僕がこれ────」

 

 筒井が右手に持ったケースを軽くかかげる。

 

「────簡単に言うと発射式のスタンガンだね。これで動きを止めて確保する。キミはこのかん僕を透明にしてくれていればいい。……頭の痛くなる作戦だけど、実際キミの能力でこうして入り込めているからね。信じるよ」

 

「はい……!」

 

「じゃあ行ってら~」

 

「い、行ってきます!」

 

 2人の姿が溶けて消える。

 

「大丈夫かな……」

 

 真帆乃が呟く。

 

「【透明化】がちゃんと働いてる限り無事で済むんじゃね」

 

「それは……そうだけど、こんな警察の人と一緒になんて、やっぱり普通じゃないし」

 

 それを聞いた梨依奈が肩を落とす。

 

「本当にごめんなさい……わたしたちの力不足だわ」

 

「あいや、梨依奈さんが悪いわけじゃないですから……!」

 

「あの人相当やる気でしたし、気にしなくていいんじゃないですか。なんなら今後も呼べば来ますよアレ」

 

 かえでが冗談でもなさそうに言う。チーム感をやりたがる千秋は、この状況を怖がるどころか晴人はるとたちの出番が無いことを残念がる始末だった。

 

「もうウチに就職してもらったら? 特例で」

 

「適当言わないでください……でも確かに【透明化】があれば大体の能力者は封じれそう。わたしにそんな能力があればなぁ」

 

(そもそも能力なんてものがなければそんな能力も必要無いのでは……)

 

 晴人はそう思ったが黙っておいた。『透明化能力も別に羨ましくはない』などと考えたいつかのことを思いだす。それが変わったわけではないが、せいぜいのぞきにしか使えないと思っていた能力が緊急時にはこうも役に立つことがわかった。単身で大都会のビルを丸ごと人質にとったこの大事件は、1人の善良な透明人間が居合わせただけで間もなく解決をみようとしている。対して【糸】の能力は、まあ。自分の無才に嫌気を差すことなんてもうとっくに飽きているのだ、なにもこんなところでまで、そんな。

 

(なにも無いよりはマシだろうか、そうか? 使えない能力は、感じられない幸福は無いのと同じじゃないか?)

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート