「…………誰かがいないと生きていけないのって、やっぱりよくないのかな」
翔をまた1人残し教室を出た、その廊下。しばらく黙っていた千秋がふいにそう言った。
「この人じゃなきゃダメ、最高の相手、っていうの、すごく素敵な関係なのに…………」
理沙でなければならないのだと、野田翔は悲痛にそう訴えた。それを青い勘違いとしてしまうのは簡単だが、つまらない大人の考え方だ。
「あんなのダメですよ、依存ですよ依存!」
真帆乃が憤慨する。
「でも僕もお父さんお義母さんがいないと生きていけないし」
「そういうのは違うじゃないですか、依存しちゃダメですよやっぱり」
「……金銭的依存か精神的依存かの違いだけじゃねぇの?」
晴人が余計な口出しをする。『だからその考えは間違っている』と主張したいわけでもなく、扶養者との関係は依存ではないかのような言いぶりに引っかかって揚げ足を取っているだけだ。『親子関係は健全だがああいう依存は危険だ』と、そうしておけばいいものを。
「そうかもだけど、だってあんなの!」
「いや彼が正当だったとまでは言わないけど。依存だからダメってもんでもないんでないの」
「えー? そうかなあ……」
「依存してる状態が悪いっていうより、それによって支障が出るのが良くないってことじゃねーの」
「支障が出てなければだいじょうぶ?」
千秋が難しそうな顔をする。
「依存してて支障が出ないなんてある?」
と、すかさず真帆乃。
「高校生がみんな親に金銭的依存してるのなんてまさにそうなんじゃ」
これまた反論ではなく、『さっき自分で言ってただろ』と晴人。
「うーん……でもあの人は結局あんなことまでして、支障出てるじゃん」
「いやだから別に擁護するつもりは無いって」
「えー?? じゃあどういうこと?」
「……そもそも先輩が言い出したんじゃん、『誰かに依存して生きるのはダメなのか』って。それを、翔ひとり見て『あれがダメだから依存はダメ』ってのは乱暴だろ」
「えー……?」
真帆乃が議論からログアウトしていった。晴人が勝手に起こしたような議論だが。
「晴人くんはどう思う?」
「だから支障ですよ。まぁ何をもって支障とするのかがあれだけど……そもそも生命活動を維持するだけなら食って寝てりゃ生きてけるはずでしょ。それ以外何も要らない人なんて現代にいるとは思えないので、結局みんな何かしらには依存してるのでは」
「そっかー…………」
千秋は納得したような、さらに考え込むような顔で長く息を吐いた。
「支障が出ないようにするにはどうしたらいいんだろう」
「それは難しいですよねー、要はいつ無くなるか分からないものほど依存するには危険ってことですけど、何事にも永遠は無いといいますし…………」
「支障が出ちゃったら……代わりを探さなきゃダメ?」
「ハハ、『最近依存してた彼女にフられたから代わりやってくれない?』って告ってくる男、どう?」
「え、論外」
「そ、そうだよね…………」
「だからまぁ……」
晴人はバカにしたような笑みを浮かべながら、今この時までずっと頭を巡っていたことを吐いた。
「代わりが見つからなかったら、死ぬしかないかもねぇ」
吐いたからと言って外に出て無くなるわけでもなし、そんなものは内に持ったまま死ねばいいのに。
「───というわけです!」
一夜明けて、千秋があの時と同じ教室で同じプレゼンをした。つまり、『ボランティア活動特別委員会』の話である。けれど今度は聴衆に真帆乃が加わっている。
「ち、ちーむ、ですか」
要約すれば内容は同じだが、晴人の助け船もあって多少は理解しやすくなっていた。それで漠然と把握した真帆乃が、漠然と呟いた。
「いや~、わたしあんまり役に立たないっていうか……」
「そんなことないよ! ケガを治せちゃうなんてすごいじゃん! 絶対誰かを助けられるよ!」
「そんな大事に出動する前提がヤベーんだって」
晴人が呆れる。
「【名前】の奴は警察がなんとかしてくれるらしいし、ねぇ」
「……まぁだから、入っといて済むなら別にいいけど」
と楓。
「そ、そうだね、そんな何かあるとは限らないし」
真帆乃も同意する。
「……………………」
視線がひとつずつ晴人に集まる。
「…………よほどじゃなけりゃ呼ばれても応じないからな……………………」
「やった~、じゃあみんなよろしく!」
千秋が大喜びで何やら手元の書類に記述する。
(面倒がなきゃいいな~~)
・・・・・・まぁ、近々にあります。そんな感じの夏本番です。
「略称はボカトベ会でいい?」
「「却下で」」
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