ハルトカンガエル

られ
られ

16: しんどいこと、辛い

公開日時: 2023年1月27日(金) 23:22
文字数:4,048

【鎖】を燃やし尽くされ攻撃手段を失い、前後左右なんなら上下を火の海にされたせんにゅうしゃ2人は、その後晴人が出るまでもなくやってきた大人たちに拘束された。飛鳥が手配した警察の人間らしい。『本当に警察関係あったんすね』ともらしたら『え、まだ信じてもらえてなかったの?』と割と本気の悲しい顔をされた。

 

(だって、探偵とか、ねぇ…………)

 

 深くは教えてもらえなかったが、要するに、能力者を見つけ出すその力を買われ、能力者による犯罪に対処する警察の秘密組織に協力を依頼されたということらしい。

 

「あいつらねー、学校中の能力者を出せって要求してたんよ。さすがにねー、無視したから、1クラス全滅させようとしたのはその報復だね」

 

 あの2人の計画だと思うか? 上に誰かいるのか?といたら『にはは』とか言っていた。その辺りは捕らえた2人から聞き出すのだろう。

 

(まぁ、どう考えても盗んだ相手を攻撃した能力者がもう1人いるわけだけどね)

 

 聞き出すと言ってもまさか拷問にかけるわけでもなく、遠くない内に元通りの生活に戻れるようにしていくらしい。せっかく死なせなかったのに捕まえて酷い仕打ちを与えるのでは意味が無いと、千秋がしつこく確かめていた。そんなわけでどこまで事がはっきりするかはわからない。への繋がりがあるなら、ミナミコーに戦闘のできる能力者がいることがマークされてしまったかもしれない。この先のことは不明瞭ふめいりょうだ。

 

「みんな無事でよかったよーほんと。楓、ありがとね」

 

「別に、まぁ、よかった、ケド。」

 

 千秋は単なる軽傷で済んだ。誰も死ななくてよかった、楓が自分の能力を前向きに捉えられるようになってよかった、としきりに喜んでいた。

 

「2人ともさー、最後にきいていい?」

 

 もうすっかり暗くなったすず河原がわらの駅前で、一通り事情を説明し終えた飛鳥が言った。

 

「なんですか?」

 

「ま、確かにあそこから逃げてもそれはそれで危険でみたいな空気はあったけどさ。なんで協力してくれたの? 2人とも」

 

 晴人は晴人で、千秋は千秋で微妙なかおをした。

 

「僕は……みんな無事でいてほしかったので」

 

 千秋が困り顔で言う。

 

「俺、は……あんま、大事おおごとになるのはめんどいなみたいな?」

 

 晴人が顔をしかめながら言う。

 

「ふわっとしてんね……」

 

 飛鳥は期待外れといった様子で苦笑いした。

 

「ま、説明するまでもないような感じで人助けができるんだね、君たちは」

 

 そう言って右手を差し出す。

 

「ボクひとりだったら、諦めてた。ありがとう」

 

 千秋がそれを取る。

 

「妹さん、巻き込んじゃってごめんね」

 

「いえいえ、飛鳥さんが楓を呼んでくれて助かりました」

 

 楓は先に帰っている。飛鳥も協力してあれこれ仕込んだので変な噂が立つことも無いだろう。

 

「ん」

 

 晴人にも握手を求める飛鳥。

 

「……体制を見直してくださいよ、ってあんたに言ってもしょーがないのかもですけど…………」

 

 なんとか言いながら渋々応じる。

 

「それはそう、ワタシに言われても。でも、できることはしようかな」

 

 飛鳥がそう言って笑った。

 

「また会おう」

 

「はい!」

 

(もういい……)

 

「ってかご飯とか行こうよ。連絡するわ」

 

「やった~、楓も呼んでいいですか?」

 

「もっちろん!」

 

(俺、先月も千秋この人と無理やり連絡先交換させられたっけか…………)

 

 今月は飛鳥この人です。

 

 

 

「探偵、か。おもしろい人だね」

 

 白髪はくはつの少女が小首をかしげて笑う。いつもの古い揺椅子が前後に小さく揺らぐ。キイと音がしたような、しなかったような、晴人はいつも後から思い出せない。

 

「探偵、なのかはわからんけどな…… 変な人って感じよ、今んとこ。大学生なのかなぁ、その辺りもよくわからんかったし」

 

 晴人が顔をしかめる。

 

「でもそのおかげもあって事件解決、ハルトの疑いも晴れたんじゃない?」

 

「晴れたかなァ? 『能力者が侵入してました!』とか言えないだろうし、むしろ俺が悪かったことにして済ませたりしそう」

 

 大穴の開いた1組の教室の事も、生徒たちを校舎の外に避難させていた事もある。何事もなかったかのようにふるまうのは不可能だろう。

 

「全部ハルトのせいにするって? そっちはそんなにひどい人間ばかりなのかい?」

 

 アンセが憤慨ふんがいする。

 

「どうだかね。まぁ、どうでもいい」

 

「キミねぇ、……もう」

 

 『もっと自分を大事にしろ』だとか、そういうことを言っても響かないのはアンセももう分かっている。

 

「じゃあ疑いが晴れたのは、ハルトに容疑者扱いされた彼だけか」

 

「あー、野田くんな?」

 

「そう」

 

 『ボタン泥棒』、最初の被害者であり、唯一ボタンとそれ以外を両方盗まれた生徒である大戸おおと理沙りさ。その彼女に失恋した男子生徒、野田のだかける。恨みか未練か、一連の事件は彼が理沙をターゲットにして起こしたものではないかというのが晴人の読みだった。それはつまり、翔が遠隔で人を傷つけることのできる能力を持っているという読みでもあったわけだが、能力者を見破ることができるという飛鳥によるとそれは外れていた。

 

「実際にはその能力者は外にいて、盗みを働いていたのはその仲間、これも学校の部外者だったわけだ」

 

「んー。それがそうとも言えん……と思ってる」

 

「ほう?」

 

「最初はボタンだったんだよ」

 

「盗まれたのが……だよね?」

 

「うん。それもさ、一定期間の間に複数回ね? それが、昨日になって急に教科書とかが盗まれた。そんで今日の内にが起きた」

 

 多くの生徒が突然出血した一件のことだ。

 

「『高校の能力者を全員差し出せ』という要求を無視された報復、という話だったね。……そうか」

 

 アンセが目を少し見開いて晴人を見る。

 

「捕まえた2人がカバンに持ってたのはやっぱり教科書とかばっかりだった。モノを盗むことが能力発動の条件だったとして、ボタンとかでいいならそっちの方が小さいし軽い。まぁ外す手間はあるかもしれないけど……」

 

「そうしなかったということは、攻撃能力に使うのはボタンではいけなかった。……ボタンの盗難とそれ以外の盗難は全く別件か」

 

「と見てる。……あ、ちなみに探偵サマも。ボタンだけで見たら、それはみんながケガしたのとは無関係だとすれば、やっぱり野田クンは第一容疑者……な気もする」

 

「なるほどねぇ」

 

「ま、もはやそっちはどうでもいいというか……首突っ込む気も無いけどね」

 

「ふぅん」

 

 アンセが少し考え込む仕草を見せた。───具体的には、右の頬を人差し指で叩いている。

 

「……なんにせよ、今回も大活躍だったようだね、ハルト」

 

「今日はまぁ……なりゆきで」

 

「否定しないね。自分からチアキを助けてたものね」

 

「んー」

 

「珍しいんじゃないかい? 先月だって、渋々というわけじゃないのかもしれないけれど、自分から積極的に解決しようとはしていなかったろ?」

 

 飛鳥にも同じようなことをかれた。その時は曖昧な答え方をした。───晴人は少し黙った。

 

「許せないことが───許せないくらい嫌なことが、ある人はあるだろ」

 

「…………」

 

「そういうのは、しんどい。無い方がいい」

 

「誰かが死ぬのは、チアキには耐えられないだろうと?」

 

「わかんないけどね。そうかもしれないと思った。人間ふつうそういうもんなのかもしれないけど、なんか、それ以上に執着してるように見えた」

 

「先月も、一時の気の迷いだったのかもしれないけれど、カエデが。あわや自殺なんてことがあったよね?」

 

 アンセの言う通りその場限りの衝動だったとしても、確かにあの時楓は飛び降りようとしていた。それを目の前にした千秋は、動揺らしい動揺をほとんど見せなかった。

 

「あれも自分でなんとかするつもりだったんだろ、多分。今回だって別に、俺が黙って見てても行ってた」

 

「信念だねぇ」

 

 アンセが感嘆する。晴人は先ほどから少し暗い顔をしている。

 

「……そう言や聞こえはいいけど。でもだって、いつかは誰か死ぬ。『今もどこかで~』とかいう話じゃなくて、あの人の身近で、絶対に」

 

 目を伏せ、前髪をかき上げる。溜息をく。

 

「その時どうする? 許さなきゃいけないのか、考え方を変えなきゃいけないのか、俺にはわからん」

 

「受け入れるしか、ないのではないかい?」

 

「…………しんどいよ。違う考えなんて認めたくないところが、ある、俺は」

 

「折れたことが、あるの?」

 

 その問に晴人が顔を上げた。泣きそうなような、あるいはもう泣き尽くしてしまったような、悲しそうな、疲れた、そういうかおだとアンセは思った。

 

「折れられなかったから、まだに居る」

 

「…………」

 

 アンセは頬杖をついて、そっと目を閉じた。

 

(君はたまにその表情をするね きっと無理もしているのだろう? 君がひとりでいるとき、そのカオをしていなかったらいいなと、私は思うんだ)

 

 生暖かい風が、吹いたような気がした。多分気のせいだとも思えた。

 

「……ねぇハルト。はどこだと思う?」

 

「…………は?」

 

 

 

 ───たとえ悪夢を見たからと言って、ガバと飛び起きるなどと言うことは現実にそうそう無い。ただ漠然とした不快感だけがあった。短く息を吐いて、小さくうなりながら体を起こす。

 

「?」

 

 頭が少しはっきりとしてきて、寝起きの自分が『悪夢を見たとき特有の不快感がどうこう』というようなことを考えていたことを不思議に思った。

 

(悪夢……でも無かったんだけどな?)

 

 起きた時にはどんな夢を見ていたのか既に忘れているというのはよくあることだが、アンセと逢った日にその内容を忘れるということは経験上無い。特に嫌な思いもしていなかったはずだ。

 

(どこ。 …………どこ?)

 

 目覚める前、途切れてしまった最後の会話を思い返す。───そんなことをかれても。

 

(知ってるとしたらあなたの方じゃないの……?)

 

 机の上からを手に取る。これは能力を使う方ではなく、一昨日買っておい(て昨日持っていくのを忘れ)たロッカー用の物だ。今回の一件に懲りて、というわけでもないが、やっと用意した。上中下3つの数字を設定してロックをかけることができる。

 

(4桁なら定番は誕生日───まぁよくないんだけどね。3桁か…………)

 

 3、2、5。設定を済ませて、ロックをかけ、ダイヤルをずらしたら、当然だが開かなくなった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート