「てい、せいっ、やあっ!」
手刀を斜め下にかざし、回し蹴りを交えながら赤いゼリー状のモンスターや褐色なゴブリンの群れを次々と倒していく。
例のゴツい剣を使用してバトルすることも出来るが、どんな武器にも耐久力があり、使い続けているといつかは壊れてしまう。
やけに重いだけのなまくらな剣ではあるが、一撃の攻撃力は高く、攻撃スキルと利用すればクリティカル率も高めである貴重な武器でもあり、いざという時に素手では心もとないという理由もある。
便利な短刀も永久に使えるものでもないし……。
「うんうん。段々とものにしてきましたね」
僕は魔法を使えない。
勇者見習いの職業のため、カッコいい響きな光魔法や強力な威力を持つ雷魔法も習得できないのだ。
だから出会ったばかりで、僕よりも先にログインした雀宮千沙都の指導で護身術ともいえる簡単な格闘術を教わっていた。
そもそも、この異世界の魔法というのは、火、水、風、土の四属性に分かれている。
基本の四元素をマスターして扱える光と闇の二つの属性は普通の職種では覚えること自体も不可能だ。
それから魔法の攻撃方法も四タイプあり、相手を追尾するホーミング、
威力は劣るが、複数に分かれていく分散型、
さらに一点に集中して放つ収束タイプ、
その収束タイプをさらに強化し、攻撃範囲を狭めて攻撃する貫通系と大まかにある。
平たく言えばホーミングは初心者向け、上級者が貫通系というところだろう。
以前にステラがモンスターに放っていた『炎球追尾魔法』は炎の魔法、ファイアーに続く強さの中級魔法のフレイムに追尾能力を追加した魔法である。
「フッ、所詮スライムやゴブリンなんて僕の敵じゃないさ」
「レベルは中々上がらないですが……」
あれから会社で一泊し、寝起きな僕の元にヒソヒソと話しかけてきた陽気な女性、雀宮。
ゲーム内のアバターは魔法使いで年季の入った黒いローブと真新しい木の杖を装備している。
レベルは23、それなりにこのクソゲーを楽しんでるようだ。
しかも見覚えのある衣装からして、プレイヤーネームはあのステラだったことも判明し、驚きが隠せない。
世の中って本当、広いようで狭いよな。
「プレイ時間2時間超えでもレベル3だけどな。スライム一匹辺りの経験値1だし、ゴブリンの経験値も2ときたもんだ」
この計算でいくと秒刻みで100匹倒したとしても100いくかくらい。
それだけじゃなく落とすお金の量も微々たるもので、今までの金額をかき集めても一泊の宿代で消えるだろう。
「なあ、今までのシリーズのように倒したら経験値爆発なメタリックスライムとかいないのか?」
「そんなことあったら、このゲームバランスが崩れてしまいますよ」
「いや、十分に崩れてるんだけどな……」
メタリックスライムと呼ばれるモンスターはトンデモナクエストシリーズでは定番の敵で俗に言うボーナスポイントなモンスターみたいなものだ。
HPは5程度と極端に少ないが、防御力とすばやさは他のモンスターよりもトップクラスのステータスを誇る。
出くわしたと思えば、その瞬間に逃げ出すほどの臆病さも持っており、防御力もラスボスよりも高すぎて一匹倒すだけでもやっとだが、その分、莫大な経験値を持っていて、瞬時にレベル上げができる夢のようなスライムでもあった。
「ガイアさん、これ以上ここに留まっていても時間の無駄です。経験値うんぬんよりこの森を抜ける方が先かと」
「そうしたいのも山々なんだけど、この深い霧の中じゃあね」
僕は経験値集めについ夢中になって森の中を駆け回り、その代償がコレである。
初めはVRゲームの操作に慣れるために肩慣らしでモンスターを倒していたものの、いつの間にかハマってしまい、地図アプリで確認してもよく分からない場所に突っ立っていた。
しかもここは迷いの森と呼ばれるフィールド。
まさに迷うために作られた地帯でもあり、僕の脳裏は危機的状況となっていた。
いや、ここで男の僕がパニクってどうする。
こういう時は極めて冷静になり、マップに表示されたコンパス(方位磁石)で方角を確認してと……。
「あれ、コンパスが付いてない?」
マップの上部にあるのは方位記号のみ。
これじゃあ、僕が現在地を把握してないと北か南さえも、西や東も不明なままである。
くっ、こういう時に千里眼のスキルがあれば一発で遠くを見据え、即座に行き先を特定できるのに……。
こんなことになるなら、地理の授業をもっと勉強してれば良かったな。
学業というものは大変なイベントでもあるが、それを面倒だと避けていれば、とばっちりは必ず受ける。
買い物をする時の合計金額、目上の人や上司への言葉遣い、海外の取引先と英語が話せずに浮いてしまう存在など……。
これらは学校という教育機関で学ぶための知識であり、せめて高卒くらいはしてないと、雇ってくれる会社も少ない。
ああ、リアルの時刻は昼前か。
ちゃんとした休憩所(セーブポイント)に着いたら、一度リアルに戻って記事を書かないとな。
きちんと戦闘シーンの操作性や魔法の知識も学べたし。
よし、それならばここから真っ直ぐに進むことにするか。
迂闊に動き回るとゲーマーでも迷ったりするらしいからな。
「ステラ、さっさと行くよ」
「承知しました」
僕は襲いかかるスライムを手の甲で弾き、ゴブリンの無防備な腹にクリティカルな拳をぶつける。
「もうお前らが集団で来ても敵じゃないぜ」
「それは頼もしいですね」
「ああ、戦闘スキルも幾分か覚えたしな」
僕は戦闘をものにするため、瞬殺できる雑魚と何時間もバトルしてきたんだ。
もう二匹の連携攻撃にも慣れたもんだな。
****
──しばらくすると森が開け、どこまでも広い草原が広がってきた。
その先に大きな壁で囲まれた大きな建造物の城が建っている。
地図アプリから示すからにシーサイドボクシーキャッスルというこの大陸で最も大きな長方形の城下町であり、アンビバレイク=迷いの湖から離れて、初スタートの村=シーサイドビレッジを通り過ぎてしまったようだ。
そんな城の正門に黒褐色な大剣を地面に刺したやたらとデカい門番が立っている。
2メートルはゆうに超えており、青い鎧の上からでも認識できるガッチリとした体つき。
そう、人間の兵士にしては体格が違いすぎるし、本来なら何かがあった時のスペアとして二人一組で城門の警備するのが普通だ。
下手な衝突を避けるため、青という敵側から目立つ鎧などを着込む門番もいないはず。
「なるほど。ステータスを見るからに城を守るジャイアントキルガーディアンときたか」
「推奨レベルは30。今のワタシたちで勝てるのでしょうか……」
自身のレベルより、遥かに低い僕を見つめながら不安げになるステラ。
だよね、ステラは魔法使いだから前衛は無理だし、勇者見習いの僕が先陣を切らないといけないしな。
「まあ、色々と策はあるんだ。ステラは後ろについてればいいからさ」
僕は覚えたてのスキル、呪いの装備も一時的に外せる『外れディフェンス』で鎧そのものを脱ぎ捨て、下に着込んでいたアバター選択時の初期装備でもある旅人の服の襟をグッと握り締める。
これで少しは身軽になったかな。
首を軽く回して肩の凝りをほぐし、対等にガーディアンと睨み合う。
鉄仮面を被った敵の心理は分からなかったが……。
「いざ、尋常に勝負!」
先に仕掛けたのは僕の方だった。
ガラクタ同然の剣を鞘から抜いて振りかざし、大きく飛び上がり、ガーディアンの兜を狙う。
「もらったあああー!」
どんなに頑丈な鎧でも、首への直接的な攻撃は致命傷になるはず。
宙からの攻撃で威力もプラスさせ、最初からダメージ狙いではなく、攻撃をくわえるというか、相手を昏倒させるのが目的だった。
『ガキイィィィーン!!』
「や、やったの!?」
甲高い金属音に耳を塞ぐステラ。
ガイアの剣はものの見事にガーディアンの首筋に当たっていた。
『ウォォォォー!!』
「いや、まだだ!?」
だが、苦しむどころかガーディアンに攻撃は通じてなく、今度はガーディアンが巨大な剣をガイアの体を目がけて振り下ろす。
一方で大振りな剣は予想以上に重くて、一瞬だけ反応が遅れるガイア。
僕みたいな状況を予測して鎧で覆われてない筋肉さえも鍛えていたのか?
外側だけじゃなく、鍛えにくい筋や皮膚の内側まで……何て頑丈なヤツだ。
「駄目ぇぇぇー!!」
無防備なガイアのわき腹に攻撃が当たる瞬間、ステラが悲鳴を発し、猛スピードでガイアの元へと接近していた。
リアルでひと悶着ありましたが、再度ゲームの世界に戻ってきました。
雀宮のコーチで鍛錬するガイア。
相手があの魔法使いステラだったことも意外で、鍛錬と共に簡単な魔法の基礎の勉強もします。
魔法の基礎を怠ると応用すらもできないですからね。
追尾に収束など魔法の攻撃方法は有名STGからの名残りです。
タイトルがファイナルになっても続編が出て、終わる気配を一向に見せません。
面白そうだなと思っても、このゲームのためだけに決して安くないハードを買ってもなと。
あの頃は三度の飯よりもゲーム好きで脇目も振らず、ひたすら突っ走っていましたね。
今はそれに反して、物書きになったのですが……ゲームに生涯を捧げようと思ってたはずが、今では全然違う視野になっていて。
これには私自身も驚いています………。
人生というものは何が起こるか分からないものですね。
以上、元ゲーマーからの呟きでした。
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