休憩室には言葉通り、誰もいなかった。
スマホの時刻は深夜の1時。
こんな時間帯に人がいること自体考えられない。
あー、何でこんなに夜遅くまで会社に居るんだろう。
入社当時は明るく社員に迎え入れられ、アットホームな職業だと思ってたのに……世の中というものは理不尽だ。
体育倉庫にあるような分厚い白いマットの上にちょこんと置かれた青い寝袋。
あれ、鷹見先輩、布団を敷いてるんじゃなかったのか?
まあいいか、使ってないパイプ椅子を並べて、その上に寝るよりかはマシだし、バランス感覚を試されるわけでもないし、幾分か疲れはとれるだろう。
僕は寝袋に近づき、その袋に手をかけるとクッションのような柔らかい感触が指に伝わった。
何だよ、この材質、寝袋にしては結構生地も丈夫で、いい仕様をしてるみたいだ。
値段的に何万、4から5万くらいする高級品か。
そうだよな、朝から晩まで現場に居て、挙げ句のはてには会社で寝泊まりするんだから、これくらいの待遇はないと常識に反しておかしいよな。
僕は寝袋についたジッパーを開けようと手をかけると、目と鼻の先にマネキンらしき顔が近付く。
「おわわー、お化けええええー!?」
驚いて寝袋を投げ捨てようとしたけど、体を持っていかれ、まさに砲丸投げをしてるような感じだ。
その重みは一個の岩みたいな砲丸というか、鉄の玉を何個も寄せ集めたサンドバッグみたいな重量であり、想像以上だけど。
「何よ、うるさいなあ……」
「おわっ、ガチでお化けか。悪霊退散、馬耳東風!」
馬耳東風とは他人の意見を春風のように聞き流すという四字熟語だ。
詳しくは検索サイトグールグールにて。
「なになに、麻婆豆腐? もう夜食なら食べたってば……ムニャムニャzzz」
「くっ、先客がいたか……」
すでに寝袋は目鼻立ちの整った女の子が使用しており、すっかり寝入っていた。
おいおい、鷹見先輩、休憩室は僕だけじゃなく、他に従業員がいるんだけど?
童顔だけどアイドルのような表情してて、健全な心をくすぐるし……さっき触れた
クッションな弾力も魅惑の果実だったんだな。
「んっ?」
「はっ、はいー!?」
あの柔らかみを思い出し、余韻に浸っていると女の子の目がパチリと開いて、僕の目をジーと捉える。
しかもこの世のものとは思えない美少女でもあり、僕は慌てふためくしかない。
どうしよ、確かギャルゲーではこんな展開になったら『夜は冷えるし、風邪をひくよ』と優しい言葉をかけて、布団をかけ直して……って、もともと寝袋なんだから布団なんてないよ!?
「ねえ……そこで『考えた人』みたいに居座ってる人?」
「はいっ、もう銅像のように溶け込んでました!!」
「そこの冷蔵庫から飲み物取ってくれる?」
「はっ、任されました!」
僕は焦りながらも女の子の側に置かれていた小型の冷蔵庫に手を伸ばす。
中には怪しく緑に光る大量の飲み物が……。
「あの、ちょっといいですか?」
「何、こんな可愛い女の子が渇きに飢えて、干からびるのを待つ気なの。趣味悪くない?」
「いやエナドリしかないんですが……」
「だからそれでいいってば」
エナジードリンクは滋養強壮に良いと聞くが、飲みすぎるとかえって体を壊す悪魔の炭酸飲料でもある。
中身に含まれているカフェインがコーヒーや紅茶の倍以上の量が含まれており、下手をするとカフェイン中毒で倒れる恐れや、その興奮状態から旅立ってしまう実例もあるからだ。
「でも普通に水分補給なら、水やお茶の方がいいのでは?」
「あのねえ、ワタシにとってはエナドリが命の水なもんなの」
「それチョコレートの間違えじゃない?」
「うん? チョコは食べるもんだよね?」
「世の中、水道からチョコレート飲料が出る場所もあるのに」
「何それ、顔洗えないじゃん。パックとかにしたら美容には良さそうだけど」
チョコにはカカオポリフェノールが豊富だからって、それを頭からかぶるなんて発想がなかった。
体ベタベタでシャワー浴びないといけないし、そんな行為なんて馬鹿げてるよね。
「あーあー、キミがワタシに容赦なく絡むから目が冴えてきたじゃん。どう責任をとってくれるのさ?」
「そう言われましても……」
「もういい、いい加減起きるわ」
寝袋から出てきたのは背丈も小さく、幼い顔立ちな小学生くらいの身なりの女の子だった。
茶髪のセミロング、クマさんのアニメ柄のパジャマを着ていたが、それがさらに幼児さを強調してるというか……逆に胸がやたらと大きいから余計にアクセントが効いている。
さっきの柔らかな感触はアレか。
これで美少女なものだから世の中のロリコン共が黙ってはいないだろう。
この世界にもロリを愛する崇拝者じゃなく、酔狂者とかいるのかな?
こんなアンバランスだけど、デカイ胸しか特長がない女の子のどこに魅力があるのだろう?
可愛いのは認めるけど、歳を重ねたら垂れるらしいし、僕には到底、いや、一生かかっても理解不能な性癖だ。
「コラッ、子供がこんな時間まで夜ふかししてるんじゃない」
「夜ふかしじゃない。お仕事だよ」
あのさ、ここの休憩室は子供を預ける託児所じゃないんだよ。
「全く、仕事はといえ、親は子供を放ったらかしで何をやってるんだか」
「だから子供じゃないってば」
「キミ、お名前と年齢言える?」
「ふざけんなよ、おっさん。ワタシは雀宮千沙都。年齢は二十歳。すでに成人済みだあああー!!」
雀宮が興奮しながらまくし立てるが、どう見ても子供のイタズラにしか見えない。
「何だよ、僕は確かにおっさんだけど、如月朔矢って言うんだよ」
やっぱり年下か。
じゃあタメでいいよね。
「千沙都ちゃん、お父さんか、お母さんの名前言えるかい?」
「てめえ、いい加減にしないとぶっとばすよ!!」
「うんうん。怒った顔も可愛い」
「きぃぃぃぃー!」
綺麗な白い歯を食いしばり、苛立った雀宮が証拠として運転免許証を見せるが、そんなことどうだっていい。
今はこの少女のルックスに癒やされたい気分なんだよ。
「それからワタシはここのアルバイトなんだからね。変に見下すんじゃないよ」
「ああ、バイトか。お疲れさん」
「お疲れじゃねーよ。今は休憩中だよ」
雀宮が頭をかきながら、パジャマの裏ポケットから白い箱を取り出す。
可愛い顔してギャップのある喫煙者だったのか。
「あれ、でも鷹見先輩は僕以外には休憩してる人はいないって?」
「うん、ワタシは派遣だから」
「なるほどな」
「んっ、いる?」
煙草をゆっくりと味わいながら、僕にも箱を差し出してきたが、機嫌を損ねないよう丁寧に断る。
生憎、百害あって一利なしの言葉通り、煙草は吸わない身だし、吸いたいとも思わない。
……というか、目の前で吸い始めないでよ。
副流煙をなめてると恐ろしいんだから。
「頑張ってプログラミングの資格二つとったから時給は二千円なんだよ。一つは一生モノの価値があるITパスポート……あっ、マズッた。この話は機密事項だった。くれぐれも他の人には内密にお願いね」
「はあっ、二千円だってー!?」
「だから声がデカイって」
それってフルタイムで働いたら正社員の給料をやすやすと超えるよ。
あー、安月給な立場からして、聞いただけでやる気を失っていくのが分かるね。
「ところでさ、わざわざこの部屋に来たということはここで寝るんだよね。だからこの寝袋を譲ったんだけど?」
「単純計算で一日1万6千円……」
「あちゃー、案の定、壊れてしまったかあ。だから言いたくなかったんだよね」
大きく伸びをした雀宮が携帯灰皿に吸い殻を捨て、枕元に沈めてあったプレスギ6本体のスイッチを入れて、VRゴーグルを頭に装着する。
「じゃあ、ワタシはゲームでもやってるから。ごゆっくり」
TVの画面に表示されるトンデモナクエスト10のタイトルロゴ。
別に僕みたいなライターでもないのに、あんなクソゲーを好んでやるんだな……プログラミングならPCじゃないと出来ないし……。
外見はいいのに、ちょっと性格は変わった女の子だよな。
ここで新キャラ雀宮の登場です。
某漫画的な印象を受けますが、実は自然に思いつき、ヒロインの鶴賀浜といい感じのライバルになればという理由で誕生しました。
いわゆるモブキャラなイメージですが、高時給のバイトとして働いていて、童顔でセクシーなたわわな所はそっくりそのまんま某漫画からきています。
休憩所に寝袋が置いてあるのはゆるキャンからのイメージです。
当時めっちゃハマっていたシリーズで、布団じゃなくて寝袋だったら映えるのではと考えた展開です。
まあ文章のみの小説ですので映える以前の問題ですが……。
後、エナドリの多飲は危険ですよ。
確かに目が冴えて元気になる感じになるんですけどね。
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