バリガンガルドの城主の居城。
「いいな。私が戻るまでに中庭の草むしりをしておけ。終わってなかったら容赦しないからな、この穀潰し」
馬車の中から怒鳴る城主のガレンシア公爵に、ベル少年は頭を下げる。
「ひー、庭全部なんて無理ですよぅ」
「うるさい! やれったらやれ! いいな!」
そう言い捨てて、ガレンシア公は城を出ていった。
ヴォルフォニア帝国の軍務大臣カッセルに呼ばれたらしい。
最近ヴォルフォニアは動きが慌ただしい。
特にこのバリガンガルドと、近くのフリエルノーラ国を兵が行き来している様子だ。
なにか大規模な作戦を起こそうとしているのだろうか。
フリエルノーラ国はエルフの国だ。
そして、ガレンシア公国の実質的な属国である。
ガレンシア公国の背後にはヴォルフォニア帝国がある。
なので、早い話帝国領のようなものではある。
しかしついこの間、その事情が変わってきた様子だ。
フリエルノーラ国では魔鉱石が採掘される。
その採掘や精製事業をチェインハルト商会が請け負うことになった。
その直後、フリエルノーラ国は独立を要求してきたのだ。
ちょうど冒険者が十人揃ったというタイミングでもあったからだろう。
冒険者が十人いる組織には独立を認めるという慣習があるのだ。
それで、フリエルノーラ国でなにかもくろんでいた帝国は行動を急いでいるのだろう。
その事情をベルはまだ知らない。
しかし好機ではある。
(たぶん、そろそろ動きがあるはず……)
普段の間抜けな態度とはずいぶん違った様子で思考しながら草むしりを続ける。
「ベル様」
そこへ、城のメイドの一人が姿を現した。
「やあカタリナ。どうかした?」
「ベル様にお手紙が」
ぴくり、とベルの眉が動く。
普通に考えれば召使いの彼に手紙などが届くはずはない。
だが、もちろん彼は普通の召使ではないのだ。
ベルはメイドのカタリナから手紙を受け取る。
差出人は田舎にいるベルの母から、というふうに書かれている。
しかし、ベルの母親はもう死んでいる。
それに彼に手紙が送られてくるような田舎など存在しない。
彼の故郷はこの城なのだ。
ベルは手紙を開封する。
「やっぱりか。エドからの手紙だ」
エド・チェインハルト。
チェインハルト商会の会長である。
「それではとうとう……!」
その名前にカタリナは目を輝かせる。
「まあまあ、待って」
ベルは彼女を牽制しながら手紙を読む。
そこには『事情が変わり計画を早める必要が出てきた』と書かれていた。
「ふむふむ……全力ではないけど、目的を果たすには充分すぎるはずです、か。まあたしかに、僕の手に負えなくても困るからな」
うんうん、と一人で納得しているベルにカタリナは不満そうに訊いてくる。
「あの、そろそろ教えてください。けっきょくベル様はどういう手段でこの城を取り戻すつもりなんですか?」
「ふふふ、それは現物が届いてからのお楽しみさ」
ベルは笑みを浮かべる。
取り戻す。
そう、取り戻すのだ。
この城はもともとベルのものだった。
しかし、ガレンシア公爵が父と母を暗殺し、公国ごとそれを奪ったのだ。
ベルも殺されかけたが、バカなフリをして処刑だけは免れた。
公爵は体面を気にしてベルの後見人になり、彼をこの城に置いている。
ベルは従順なフリをし続けた。
そして裏で方々手を回して、エド・チェインハルトを味方につけた。
もうすぐだ。
もうすぐ、悲願は達成される。
チェインハルト商会から、頼んでいたものが届けば、ベルは復讐を開始できる。
そのときを楽しみに待ちながら、ベル・ガレンシアは草むしりを続けるのだった。
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