「兄貴、やっぱ戻りましょうよぅ」
ヴェルターネックの森のなか。
あたりを不安げに見回しながらさまよい歩く男たちがいた。
人数は四人。
一人がリーダー格らしく、ちょっと立派な服装だ。
と言っても、似たり寄ったりのボロ布ではあったが。
リーダー格らしい男は、兄貴と呼んできた相手にぶっきらぼうに返す。
「戻ってどうするんだよ」
「そりゃあ、謝れば、許してくれますって」
「空き巣に入った上、牢を脱走したことをか?」
実質なにも盗る前に捕まってしまったし、脱走の際に誰かを傷つけたわけでもない。
それでも刑罰が厳しい土地なら、死罪もありうる。
「やっぱ盗賊なんて無茶だったんだよ……」
別の男がぼやく。
それに同意するように、最後の一人が頷いた。
「魔力がなくて冒険者になれないからってなぁ」
「こうやってさまよってるんじゃ冒険者と変わらないもんなぁ」
「だいたい、あの変な建物に入ったのがまずかった」
「ああ。喋るリビングアーマーなんてのがいて」
「やっぱ町のほうが安全だって話になって」
「空き巣に入った街の自警団の団長が、あのラッカムだもんな」
「たまったもんじゃねえよ」
「……言っとくがな」
と、二人の部下の会話に、リーダーが青筋を浮かべて呻く。
「あの建物でリビングアーマーなんて見つけたのはおめえらだからな!」
そう言われた部下の二人は顔を見合わせながら、
「だってあん時は兄貴が」
「そうだぜ、なんとしても金目のものを見つけてこいって言うから」
「あーうるせえうるせえ! おい」
とリーダーはもう一人の部下に言う。
「街道はどっちなんだ」
「そんなのわかりませんよぅ」
「なんでわかんねえんだっ。お前マッパーだろ」
「マッパーだからって、来たことない場所で、どこに何があるかわかるわけないじゃないですかぁ」
「くそっ」
リーダーは腹立ち紛れに足元の石を蹴飛ばした。
――ゲコゲコ。
「ん?」
石が飛んでいった草むらが揺れて、のそりと。
巨大なカエルが姿を現した。
「ぎゃあああ!」
「魔物だあああああ!」
「なななななんでダンジョンでもないのに!」
「おおお落ち着けお前ら! たかがカエルぐらい同時にかかればなんとか――」
――べしゃ!
じゅうううううううう……。
とカエルが吐いた毒液が足元の草を溶かしていく。
それを見て、盗賊たちは一斉に青ざめる。
「逃げろおおおお!」
「待ってくれ兄貴いいいいい!」
「置いてかないでくれええ!」
「うわあああああ!」
情けない悲鳴をあげながら、盗賊たちはひたすら走り続ける。
◆◇◆◇◆
そうしてひたすら森をさまよい歩き、数日が経った。
時には動物を狩り。
時には木の実をかじり。
時には魔物に襲われて。
「お、俺はもうだめだよぅ」
「バカ言え! 諦めるんじゃねえ!」
「俺ももう限界だ……」
「くそっ、冗談じゃねえぞ」
「俺もダメだ。集落の幻が見えてきた……」
「しっかりしろ! 集落なんかどこにも――ん?」
と、リーダーは顔を上げる。
「む、村だ……」
幻ではなかった。
森が途切れた先に、それなりの規模の集落があった。
「おいお前ら、ここで休んでろ。いま水と食料を分けてもらってきてやる」
一番体力の残っているリーダーは、単身村へと向かって歩いていく。
よそ者に快く分けてもらえるとは限らない。
だが、仲間のためなら、たとえ奪ってでも手に入れる。
その決意を固めて、彼は懐のナイフを握りしめた。
――もう二度と、あんな目に遭うのはごめんだからな。
一瞬だけよぎる過去。
飢えて死んでいく家族の顔を思い出し、すぐにそれを振り払う。
そして彼は村に踏み込んだ。
井戸の近くに村人が数人いた。
彼は、まずは穏やかに声をかけようとして――。
「きゃっ!?」
彼を見て、村人が悲鳴を上げた。
――エルフだと!?
その尖った耳や特徴的な顔立ちから、すぐにそう分かった。
――マズい。エルフは排他的だし、人間を嫌ってる。食料なんか分けてもらえるはずがねえ。
彼はとっさに判断して、手近にいる女エルフを人質にしようと決める。
懐からナイフを抜き放ち、反対の手で女を捕まえようと――
「しまっ……」
足元の石に躓いてバランスを崩した。
空腹でなければ避けられただろうミス。
態勢を立て直そうとした時には手遅れだった。
彼はそのまま地面に倒れ伏す。
そして。
「なんだ!」
「何事だ!」
さっきの悲鳴を聞きつけたのだろう。
村の奥から男エルフたちが駆けつけてきた。
――くそ、まずったな……。
彼は歯噛みする。
部下たちが見つからなければいいが……と願いながら。
最後の緊張の糸が切れ、彼は意識を失った。
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