「ここですか、しゃべるリビングアーマーが出たという館は」
エドは相変わらず笑みを浮かべて言う。
エド・チェインハルト。
チェインハルト商会の会長を務める男だ。
自警団長のラッカムが、彼の言葉に答えた。
「ええ。あまり近寄らないでくださいよ。なにかあっても責任は取れません」
エドは肩をすくめる。
「大丈夫ですよ。自分の身くらいは自分で守れます」
「……どうだか」
「おっと、聞こえてますよ」
「聞こえるように言ったんだよ」
ラッカムは左目でエドを睨みつける。
右目は眼帯で覆われていた。
「異変があった場所を視察したいってのはわかるよ。あんたにとっては金になる」
エドの運営するチェインハルト商会は、冒険者ギルドとつながりが強い。
多くの冒険者が利用するアイテムのほとんどは商会の商品だ。
ダンジョンやモンスターの情報提供も、商会が担っている。
「けど」
ラッカムは眉をひそめた。
「護衛も連れず、俺と二人で来たいってのがわからない」
「仕方ないでしょう? バルザックさんは出陣の準備でお忙しいですし」
バルザックはここら一帯の領主だ。
いま、脱走した人犬族を捕まえるため、兵を準備している。
その、バルザック言うところの『犬狩り』にはエドもついていく予定だ。
ラッカムも自警団の何人かを連れて参加させられる。
自警団の方の手配は、部下のオードにさせているが――。
(胸くそ悪い仕事だ)
ラッカムは内心唾を吐く。
本来、逃亡者の捕獲など自警団の仕事ではない。
だが、自警団の運営には、領主の資金提供が必要だ。
自警団がなければ、街の安全は保てない。
それくらいに、いまは世情が不安定だった。
「あの館」
エドが話しかけてくる。
「あの館について、あなたはどのくらいご存知ですか?」
「……世界中のダンジョンの入り口に建ってる謎の館だろ。大昔からあって、朽ちはするのに、完全に壊れることはない。壊すこともできない。作った人間に関しては、いろんな噂が飛び交って、なにが本当かわかりゃしない」
「そうですね……」
エドは、かすかに笑い声をあげた。
「けど、最近、その製作者の正体が分かりつつあるんですよ」
「なんだって?」
「原初の魔法使いヘルメスです」
「……はっ」
ラッカムはバカにするように息を吐いた。
「そりゃ、たくさんある噂の中のひとつじゃねえか。よく聞く話だ」
「ええ。でもね――おや?」
エドはなにかを言いかけて、やめた。
ラッカムが不審に思い、彼の視線をたどると、
「……おいおい、マジかよ」
「館からモンスターが溢れてくるとは、珍しいですね」
館の扉を食い破って、大量の大ネズミ――バッドラットが現れた。
「ちっ……あんたはさっさと逃げな」
ラッカムは剣を抜きながら言う。
あの数――やっかいだが、対処できなくはない。
が――エドは逃げるどころか、逆に前に出た。
「お、おい!」
「ご安心を。先ほど言ったでしょう? 自分の身くらいは自分で守れると」
「ファイア!」
巨大な火の玉が生まれた。
鍛冶屋の炉のような灼熱が、館から出ようとしていたバッドラットを包み込む。
大ネズミたちは、鳴き声を上げる間もなく消し炭に変わる。
「――もう出てこないようですね」
エドは平然とした顔で言う。
ラッカムは息をのんだ。
「あんた――魔法使いか」
「ええ。手慰みですがね」
「そんなレベルじゃねえよ……あんた、冒険者にでもなればいいのに」
「はは。ダメなんですよ。私が目指すものは、冒険者では手に入れられない」
「?」
エドの目に、一瞬だけ真剣な光が宿った。
ラッカムにはそう見えた気がした。
「ところで」
エドが言ってくる。
「ひとつご相談なんですがね」
「あ? なんだ」
「手を組みませんか? あなたも乗り気ではないのでしょう? 『犬狩り』には」
「どういうことだ……」
「なに、そのままの意味ですよ」
エドは、笑みを浮かべて告げた。
「人犬族を、あの領主の下から解放しませんか」
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