森をさまよっていたところをエルフに助けられた盗賊のラザンとその仲間。
彼らはエルフの国フリエルノーラ国に滞在していた。
国王と対面しているところに現れたのは、ガレンシア公国保護国管理官のギルバート。
彼はラザンたちの故郷の村を滅ぼした張本人と言っていい。
だからラザンも、恨んでいるかと言われれば否定しない。
隙があれば殺したい程度には憎い相手だ。
だが、だからといって……。
(こんなところで手を出すこたぁねえだろ)
仲間がギルバートを殺そうとしたとエルフの兵士が知らせにきた。
そこでラザンは、フリエルノーラの国王やその家臣とともに現場に向かっていた。
「まったく、とんでもない目に逢いましたよ」
そこへギルバートが現れて、皮肉げな口調でそう言った。
彼が引き連れている護衛の兵士が、ラザンの仲間を引っ立てていた。
「ガーロ!」
「すまねえ、兄貴……」
ガーロは腕に怪我をしているようだった。
しかし命に別状はないようだ。
ラザンは胸を撫で下ろす。
「突然寝室に飛び込んできて刃物を向けてくるんですから、参りましたよ」
ギルバートは肩をすくめ言う。
芝居がかった、相手を苛立たせるためにわざとしているかのような態度だ。
「どうやら私が過去に徴税官をしていた地域の住人らしいですが……私を恨むのは筋違いです。私は公爵様の命令通りに税を徴収していただけなんですからねぇ」
「黙れ! てめえが税を水増しして着服してたのはみんな――グッ!」
「ガーロ!」
ギルバートに腹を蹴られ、ガーロは呻き声を上げる。
「政治の妙というものをわかっていない下民が知った風な口を聞かないでほしいものですねぇ」
「てめえ……っ」
ラザンはギルバートを睨みつける。
噛み締めた奥歯が今にも割れそうだった。
しかしギルバートはそんなラザンを一瞥だけして、すぐにエルフの王に目を向ける。
「それにしても管理官を滞在中にこのような危険に陥れるとは、これは問題ですねぇ」
「それは……」
「まさか、公国に対し反乱を起こそうという魂胆でもあるのでは?」
「そんなことはございませんっ!」
「で、あるならば、態度でそれを示していただきたいものです。税を倍納めていただくとか」
「そんな……我々にはもうそのような蓄えは……」
絶望的な表情になる国王を見て、ギルバートは楽しげに笑う。
「冗談ですよ。もちろん、そんなことはわかっております。そうですねぇ……」
ギルバートはなにか考えるそぶりをした後、告げる。
「まだ結婚していない王女が一人いましたよね。確か第三王女の……クララ・クラリッサでしたか。彼女を私の側室に迎えるというのはどうでしょう」
「なっ……!」
さすがに予想外の発言だったのか、国王は絶句する。
しかしギルバートはあくまで楽しそうな態度を崩すことなく続けた。
「悪い話ではないでしょう? 管理官の私と結びつきを強めれば、保護国としてのこの国の立場は安泰です。公爵様への心証だって、良くなりますよ」
「ダメだ!」
ガーロが叫ぶ。
「そうやってこいつらは、俺の妻と娘を……っ」
「黙りなさい」
そう言ってギルバートはまたガーロを蹴る。
「あなたたちのような下民の女と、一国の王女を同等に扱うわけがないでしょう。余計なことを吹き込まないでほしいですね」
身を折って何度も咳き込むガーロ。
それを見るラザンの精神はもう限界だった。
歯が砕けたかもしれない。
握り締めた手指の骨が折れたかもしれない。
怒りがあらゆる感情と思考を押し流し、彼に腰の短剣を抜かせる。
後先のことなど考えられない。
助けてくれた恩のあるエルフたちに迷惑がかかると。
遠慮していた理性が消し飛んでいく。
ただ、目の前の男を殺さずにいられない。
そんな感情に塗りつぶされて彼が――。
飛びかかろうとしたその瞬間だった。
――バキバキバキバキバキ!
――ごがああああああああああああん!
そんな冗談みたいな轟音が響き渡った。
初めはその場にいた誰も、なにが起こったか理解できなかった。
ただ、突如目の前に、赤黒い巨大な壁が現れたと思った。
やがて、それが鱗に覆われた生物の皮膚だと理解した。
そして、それが樹々の枝や王宮の屋根を打ち破って、上から現れたのだと把握した。
その場にいた人々はゆっくりと、それを見上げ、それが何者かを知った。
それは、エンシェント・ドラゴンと呼ばれる種の、巨大な竜だった。
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