「早くしろ! なにをダラダラしているのだ無能ども!」
ガレンシア公爵の声が響き渡る。
彼は丘の上に立っていた。
見下ろす平野には建設途中の建物がある。
その工事は先日から遅々として進まない。
きっと工夫がサボっているのだ。
そう決めつけて、彼は家臣を叱りつける。
「ヴォルフォニア帝国の軍は一週間後には第一陣を連れて戻ってくるのだぞ! それまでになんとしても完成させろ!」
「無茶でございますっ。あの規模の建物はふつう三ヶ月はかけるもので……」
「無茶でもなんでもやらねばならんのだ! なんとかしろ!」
「…………かしこまりました」
家臣は仕方なく頭を下げて立ち去る。
ほら、なんとかしろと言ったらできるではないか。
ガレンシア公は鼻を鳴らす。
バリガンガルドの城に住まわせてやっているベルといい。
どいつもこいつもどうしてサボることばかり考えているのか。
「いやぁ、お互い苦労いたしますな」
と、彼の隣にいた男が声をかけてくる。
とたんガレンシア公は機嫌良さそうに態度を一変させる。
「これはお見苦しいところをお見せしました」
「いやいや、私も家来の無能にはいつも困らされています。お気持ちはよくわかりますよ」
彼はガレンシア公国の隣国であるヴェルスナード公国の領主である。
ガレンシア公国は、大陸を南北に二分するヴェルターネックの森のすぐ南にある。
この地域は小国が小競り合いを続けていて争いが絶えない。
しかしガレンシア公国はヴォルフォニア帝国から軍事供与を受けている。
そのためこの地域の争いで一歩抜きん出ている状況だった。
そこに目をつけ、ヴェルスナード公は早々に友好関係を築こうと接触してきた。
ガレンシア公はある条件をつけてそれを受け入れることにした。
その条件が、今建設中のあの建物である。
あの建物は帝国の軍務大臣カッセルに言われて建設しているものだった。
五千人を一時滞在させられる建物を二週間で用意しろという無茶な要求。
そのためには資金も人手も足りない。
それをヴェルスナード公国と折半することにしたのだ。
ヴェルスナード公にカッセルを紹介するという条件付きで。
(ヴェルスナードも帝国の軍事技術を手に入れるのは面白くないが……軍備を整える前に制圧してしまえばいいしな)
と内心では友好関係などかけらも考えていない。
表面ではそれを悟られないようににこやかに会話を続ける。
「具体的になにかあってお困りのようなご様子ですな。なにがありましたか?」
「我が領地には人犬族の集落がいくつかあるのですが、そこを任せていたバルザックという領主がバカ極まりないやつでして、人犬族の統治に失敗しましてな……」
どこも苦労しているらしい。
それに関してはガレンシア公も同情できた。
しかも、その件にもチェインハルト商会が関わっているらしい。
領地の治安のためには冒険者が必要である。
そして冒険者の活動には今や商会の存在が欠かせない。
だから無碍にするわけにはいかないのだが……。
なにかと国の利益に絡んできて鬱陶しい。
「ところで、この建物はいったいなにに使われるのでしょう?」
「奴隷を帝国まで運ぶ際の一時滞在場所にするそうです」
ヴェルスナード公の質問に彼は答える。
「奴隷を? 五千人も? この辺りで奴隷をそんなに大量に手に入れられる土地がありましたか?」
「フリエルノーラ国のエルフを捕まえるのですよ」
「エルフを! あんな厄介な種族を奴隷になどできるのですか……?」
「ふふ。そこはまあ帝国の技術の凄さというところですね。いずれあなたにもお教えいたしますよ」
ガレンシア公は思わせぶりに笑ってそう告げる。
エルフは数が少ないので大量の兵で制圧すれば簡単に捕らえることができる。
しかし一人一人は魔法の能力が人間に比べ圧倒的に高い。
なので奴隷にしても、すぐに主人に反抗して逃亡できてしまう。
そのリスクがあるので奴隷にするにはあまり向いていないという認識がある。
それを帝国がどうするのか。
実のところガレンシア公もその方法は知らされていない。
だがそんな弱みを見せてやることもないので、思わせぶりに告げておいたのだ。
なんにせよ、帝国軍のエルフ捕獲作戦にしっかりと協力しないと。
フリエルノーラ国管理失敗の穴埋めをしないと、軍事援助を打ち切られる。
ガレンシア公はさらにハッパをかけるべく、工事現場へ向かう。
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