「あーくそっ! さっさと風呂を用意しろっ!」
ガレンシア公爵はバリガンガルドの城に戻ってくるなり不機嫌そうに言い放った。
エルフの国フリエルノーラ国から帰ってきたところである。
正確には、フリエルノーラ国の手前まで行って引き返してきた。
王城にドラゴンが出たという騒ぎを聞きつけたからである。
話を聞いたとたん、ガレンシア公は即座に判断した。
お見舞いに行こうとか、監察官を呼び戻そうなどとは一切考えなかった。
途中、王城へ向かうみすぼらしい馬車とすれ違った。
そのときはガレンシア公は機嫌がよかった。
自分の危機回避能力の高さに酔っている最中だったのである。
そのボロ馬車一行に忠告までしてやるほどだった。
しかし、バリガンガルドに戻ってくると、彼の機嫌は一気に悪化した。
フリエルノーラ国に現れたというドラゴン。
そいつはバリガンガルドの街を破壊していたのだ。
そもそもそのドラゴンはライレンシア湖から目覚めた個体だった。
表向きいい領主という顔をしている彼は、壊れた街の視察をした。
そこら中瓦礫と、復興工事のためにホコリが舞っていて汚らしい。
しかも、彼の嫌いなドワーフがそこら中で仕事をしている。
彼は全身が汚物にまみれてしまったような気分で帰城したのである。
「ええい、忌々しい! なにがドラゴンだ!」
余計なことをしてくれる。
おかげで今期の税収が大幅に減ってしまった。
彼はバリガンガルドの領主であり、同時にガレンシア公国の持ち主である。
ガレンシア公国は独立した国だが、バリガンガルドはヴォルフォニア帝国領である。
彼は一国の主であると同時に、ヴォルフォニア皇帝の家臣でもあるのだ。
どうしてそんな地位に甘んじているかというと、軍事技術のためである。
ヴェルターネックの森を挟んでバリガンガルドの南にある彼の公国。
そこは、周囲の小国と常に領土争いをしている。
その争いで優位に立つには、帝国の高い軍事技術が必要だった。
そこで彼は取り潰しになったバリガンガルド領主家からその座を引き継いだのである。
バリガンガルドの領主――帝国家臣の地位につけば軍事技術を提供してもらえる。
兵器も安く売ってもらえる。
そしてそのために必要な資金も、バリガンガルドの税収から得られる。
バリガンガルドは冒険者ギルドを中心に発展した街だ。
冒険者がダンジョンに潜るため、街に滞在し続ける限り、利益を生み出す。
ただし、一方でバリガンガルドは住民の声が強い都市でもある。
彼が領主になる前から、多くの慣習が住民の利益を領主から守っていた。
領主になるにあたり、彼はその慣習を守るという誓約を飲まざるを得なかった。
その慣習の一つに明記されているのだ。
災害などで街が破壊された場合、復興に必要な分の税収を免除すること、と。
モンスターの襲撃も災害と判断される。
今回のドラゴンと魔響震、地震による被害はまさに当てはまる。
もし無視して税を徴収しようものなら、彼は領主の座から引き摺り下ろされるだろう。
そしてバリガンガルドから追い出されてしまう。
なので、彼は税の免除を認めるしかないのだった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
彼は私室に入ると身につけていた服をぼんぼん脱ぎ捨てた。
手を出す。
服がサッと袖に通される――はずだったのだが。
「おい、なにをしている」
服を用意するはずの召使いが来ない。
見れば、召使いの少年はタンスのところでマゴマゴしている。
「早くしろ!」
「ええとすいません城主様。服が引っかかって取れなくて……」
「バカ! そこは絨毯が入ってるところだろ! でかいから一人じゃ取れないんだ」
「なるほどぉ! じゃあ人手を呼んできますね。お待ちください」
「違う! 絨毯じゃなくて服を出せと言っているんだ!」
と、そこで彼は、少年の手にグルグル包帯が巻きつけてあるのに気づいた。
「おい……お前、その手はどうした? またなにかやらかしたのか?」
「え? あ、いえ! 割った壺と壊した石像と割った皿と燃やした絨毯はもう庭に埋めたので大丈夫です!」
「…………きさま! 留守番もろくにできないのか!」
いろいろなイライラが爆発して、彼は少年を蹴りつける。
まるで鍛えていないので大した力でもない。
それでも少年は頭を抱えて丸く蹲る。
「ひー! ごめんなさいごめんなさい!」
「クソが! 事情さえなければ! きさまのようなボンクラなどとっとと追い出しているものを! このっこのっおわっ!」
五度目の蹴りを勝手に外して、彼はバランスを崩して転びそうになる。
「もういい! メイドを呼んでこい!」
「はいーっ!」
怒鳴られて、少年は城主の私室を飛び出した。
◆◇◆◇◆
「ふー……」
汗を拭きながら、少年は廊下を早足で進む。
急いでメイドを呼ばないと、城主はどんどん機嫌が悪くなってしまう。
「あら、ベル様。どういたしました?」
通りかかったメイドが彼に気づいて声をかけてきた。
その口調は、召使いに対するものにしてはバカに丁寧で不自然だった。
「ああ、また城主様がお怒りだ」
少年の口調も、さっきとはまるで違うものになった。
「……ベル様は少しやりすぎです。あそこまでご自分を貶めなくてもよろしいのではありませんか?」
「城主様は完全に僕を無能のボンクラと思い込んでいる。そのイメージに合わせたほうが騙しやすいさ」
「まったく……それで、今度はなんです?」
「ああ。城主様の着替えをご用意差し上げてくれ」
「はいはい。かしこまりました」
メイドは小さく嘆息すると、城主の部屋へ向かった。
少年はメイドを見送ると、すぐにまたどことなく気の抜けたような顔に戻って、廊下を歩き出す。
本来は、彼の持ち物であるはずだった城の様子を眺めながら――。
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