「ここは……」
目を覚ますと、彼は柔らかいベッドの上に寝ていた。
確か自分は、エルフの村を襲撃しようとして、男エルフたちに見つかって――。
「起きられましたか」
声をかけられ、思わず身構えながらそちらを見る。
初老のエルフが立っていた。
エルフは若い外見だけかと思っていたが、このような者もいるのかと、彼は思った。
「ここは……?」
「フリエルノーラ国の王城の一室です」
「フリエルノーラ……」
聞いたことはある。
大陸を南北に分断するヴェルターネックの森。
その森の東端に位置する、エルフの独立国だ。
「あなたが倒れて気を失った村からは、徒歩で半刻といったところですか」
「! あんたが運んでくれたのか?」
「いえいえ。村のエルフたちですよ。私は、医者のフィローです」
たしかに、身にまとっている白いローブはそのような雰囲気だった。
「そうだ! オレの仲間は……っ」
「ご安心ください。彼らも見つけ、別室で手当てをしております」
「そうか……」
彼は安堵の息を吐く。
「あなた、お名前は?」
「ラザンだ」
「ラザン殿――あなた方はどうしてこのような森の奥深くまで迷い込んだのです?」
「それは……」
ラザンはとっさに答えずに考えを巡らす。
適当なウソをついてごまかしてもいい。
しかし、仲間たちがすでに、本当のことを話している可能性がある。
自分も仲間たちも彼らの手の中にいる以上、嘘を着くのは得策ではない。
「俺たちは――盗賊だ。といっても、まだ一度も成功したこたぁねえけどな」
「ほう」
ラザンは自分たちの素性を語った。
ある、飢饉で滅びた町の出身であること。
他の町人は、おそらく全員死んだこと。
生き残った四人でなんとか食いつないできたこと。
盗賊らしい行為と言えば、畑泥棒と宿代の踏み倒しくらいだったが、それは言わないでおいた。
「そんなわけだ。さっきだって、あの集落で人質をとって、食い物を手に入れるつもりだった」
「なるほどなるほど」
フィローは、ラザンの話に驚く様子もない。
ラザンは初老の医者を睨みつけながら、
「そういうわけだから、オレたちなんぞさっさと追放した方がいいぜ。あんたらの国にどんな危害を及ぼすかわかったもんじゃねえ」
「そうですな……」
フィローは、考えるような素振りの後、告げた。
「それでは、国王陛下にお会いになっていただきましょうかな」
「はぁ? おい、話ちゃんと聞いてたのか? 俺たちは盗賊で――」
「はい。それは仲間の皆さんから聞いて知っておりました」
――やっぱりか。
「そして、陛下から命じられていたのです。もしあなたがウソをつくようなら、最低限の食料だけを渡して追放するように。ただ、もし正直に正体を明かすようなら、お連れするように、と」
「……どうしてそんなことをする?」
「さて、その先のことは伺っておりませんので」
「…………」
ラザンは、これが何かの罠である可能性を考える。
――が、そんなことをして、エルフたちに何か得があるとは思えなかった。
ラザンは頷いた。
「いいぜ。陛下とやらに会ってやる。けど、先に仲間に会わせろ」
◆◇◆◇◆
フィローに連れられ、廊下を歩くラザン。
「なあ、フィローさん。ここ、王城って言ってたよな」
「左様でございます」
「それにしちゃ――言っちゃなんだが、ちょっとみすぼらしくないか?」
レンガの壁はところどころ崩れているし、天井に穴も開いている。
遺跡に住み着いている、とでもいった雰囲気だ。
「お恥ずかしながら、いま、この国には、新たに建物を築くほどの余裕がないのです」
フィローは首を振りながら言う。
「この国では、多くの民が困窮しております。陛下は民のことを第一に考えておられますので、援助を惜しみません。その分、王室の生活が質素になる一方で……他国のエルフ族からは、貧民王などと嘲笑われることも……」
と、そこまで一気に話したあと、フィローは慌てて口を閉じた。
「……言葉が過ぎました」
「いや――」
ラザンは苦笑まじりに答える。
「――民が飢えて、王が肥え太るよりよっぽどいいんじゃねえの?」
◆◇◆◇◆
仲間と合流したラザンは、再びフィローに連れられて、玉座の間へやってきた。
玉座の間と言っても、それほど広いものではない。
せいぜい、大きめの宿屋の玄関ロビーくらいか。
そこに、普通の椅子よりはやや立派、といった程度の玉座がある。
座っているのは、白髪白髯の老人。
と言っても枯れた印象はなく、まだまだ意気軒昂といった雰囲気だ。
「よくぞ参った」
国王はラザンたちを見て、そう告げた。
「フィローに案内されてきたということは、自らの素性を偽りなく明かしたのだな」
「まぁな」
ラザンは短く答える。
「んで? 正直者の俺たちに褒美でもくれるのか?」
「残念ながらそうではない。頼み事をしたいのだ」
「頼み事?」
「そう。我々と人間との仲介役をしてもらえないだろうか」
国王の話はこういうことだった。
この国――フリエルノーラ国は、何十年も前から、ある人間の国の管轄下にある。
人口が少なく、貧しい、武力もない現状では、その国に従わざるをえなかったようだ。
しかし近年、その国が要求する税が重くなり、払いきれなくなりつつあるらしい。
「もともと、それほど豊かな国ではないのでな。もう絞るところがない。このままでは民が暮らしていけぬ」
そこで国王たちが考えたのが、冒険者資格による、自治権の獲得だ。
冒険者ギルドで登録を行った冒険者が十人いる集落などは、自治権が認められる。
これは本来、ギルドが一組織と認めて取引などを行ってくれるという意味合いでしかないのだが、大陸全土の国が共通で法を持ってなどいない現状では、暗黙のルールとして機能している。
いま、その十人目の冒険者となるべく、エルフの一人が、ヴォルフォニア帝国の都市バリガンガルドの冒険者ギルドに向かっている。
予定通り行けば、十日後には戻ってくるそうだ。
「んじゃあ、それを待てばいいじゃねえか。仲介役の出番なんかねえだろう」
ラザンがそう言うと、国王は辛そうな顔をした。
「だが……自治権の獲得は、あくまで暗黙のルールであろう」
「ああ、なるほどな」
つまり、フリエルノーラ国を管轄下に置いている国は、暗黙のルールを平気で破るような国だというわけだ。
「それで、人間である俺たちに、その国との交渉の現場に同席して、証人になって欲しいってわけか」
「その通りだ」
国王は重々しく頷いた。
一方ラザンは、内心で呆れていた。
(エルフってのは、排他性が強いもんだと思ってたが、この国の奴らの人の良さはどうかしてるんじゃないか?)
集落を襲ったラザンたちを、盗賊だと正直に白状したから、などという理由で、国の命運を決める大事な交渉の場の仲介役にしようなど。
(ま、そんな人の良さだから、その国に付け込まれたのかもな)
「それで」
ラザンは、引き受けるともなんとも答えないまま、問いを重ねた。
「その国ってのは、一体なんて国――」
「おやおや! エルフの城に私たち以外の人間がいるとは珍しい!」
突然、大声をあげながら玉座の間に入ってくる者たちがいた。
「!」
ラザンは思わず息を飲む。
彼の三人の仲間も同じだっただろう。
皆、その声には聞き覚えがあった。
同時に、憎しみが沸き起こる。
ラザンは、それを悟られぬよう、入り口の扉の方へ目を向ける。
思った通りの人物がそこにいた。
ラザンの村を訪れた徴税官時代より、数段豪奢な身なりで。
胸には、ラザンたちがすでに捨てた国の紋章を、これ見よがしに提げ。
明らかに周りのエルフたちを見下した表情で、玉座に向かって歩いてきていた。
「ギルバート……っ」
ラザンは、血を吐きそうな思いで、その名を呟いた。
それが、盗賊となったラザンたちと、今やガレンシア公国の保護国管理長官という地位にまで上り詰めた男ギルバートとの再会だった。
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