バリガンガルドからほど近い、街道沿いの宿屋の一室。
見張りの兵士を立てて人払いをしたその部屋の中で、二人の男が向き合っていた。
一人は、ヴォルフォニア帝国の騎士団長ガイアン。
そしてもう一人は、帝国の軍務大臣カッセルであった。
ガイアンはエドとの会談のあといったん帝都に戻っていた。
しかし絶海の孤島ダンジョンで異変が起こったとの知らせを受けた。
それでふたたびバリガンガルドに戻ってきたのだった。
カッセルはバリガンガルドの城主との会談を終えたところだ。
帝都でガイアンと話をしようと考えていたが、ちょうど彼がこちらに来ると聞いた。
それでこの場を設けたというわけだ。
「いったいなんの要件でしょうか」
ガイアンは不機嫌さを隠しもせずにカッセルに問う。
ガイアンはカッセルのことがあまり好きではない。
同じ部隊で共に戦ったこともある。
戦友と呼んでいい間柄ではある。
事実、お互い第一線を退いた後も、互いの立場から協力することも多い。
しかし、どうにもガイアンはカッセルの考え方に賛同できかねるところがあった。
実務的すぎるのだ。
まるで機械のように帝国の利益を追求する。
その姿勢は一見問題ないように思えるが……。
いつかとんでもない事態を引き起こすような気がしてならなかった。
カッセルは、ガイアンの感情など一切顧慮せずに答える。
「ガレンシア公爵がしくじった」
ガレンシア公爵――バリガンガルドの城主だ。
帝国領に属する都市バリガンガルドを治めている。
そして同時に、南のガレンシア公国の主でもある。
ガレンシア公国はエルフの国フリエルノーラ国を保護国としている。
保護国といえば聞こえはいいが、実際は植民地に等しい。
それは帝国がある目的のために指示していたことだったのだが。
ガレンシア公はその保護国管理官の仕事をチェインハルト商会に委任してしまった。
商会はフリエルノーラ国内で採掘される魔鉱石を効率よく利益に変えていく。
そうなれば、エルフたちはガレンシア公に頭を下げる必要はなくなる。
「冒険者も十人揃ったそうだ。エルフどもの反帝国感情は高まる一方だな」
冒険者が十人いる集団は、慣例的に自治組織として独立が認められる。
実際には支配から抜け出せない場合もあるが、エルフの気持ちは変わってくるだろう。
「というわけだ。ガイアン騎士団長。計画の遂行のため、貴公にはエルフたちを捕らえ帝都に連行してもらいたい」
「っ……」
その命令にガイアンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「どうした? この計画は帝国会議ですでに決定済みのものだ。それは貴公も承知であろう」
「ですが! こちらの作戦行動はまだ……」
「貴公が絶海の孤島ダンジョンに派遣した冒険者部隊はすでに失敗したと聞いている。ゴーレムを兵器にするという貴公の代替案は使えぬというわけだ」
「くっ……」
ガイアンは歯噛みする。
情報の入手が早い。
叩き上げの兵士から、貴族たちを蹴落として大臣の椅子を獲得しただけのことはある。
ガイアンはずっと、帝国会議が推進している軍事計画に反対し続けていた。
しかし、その代替案の提出はずっと先延ばしにしていた。
それが限界にきていたところへ、チェインハルト商会からの依頼があった。
絶海の孤島ダンジョンでのゴーレム発掘である。
ガイアンはこれに乗り、ゴーレムの利用を代替案として提出して時間を稼ごうとした。
しかし、冒険者部隊による発掘は失敗に終わってしまった。
これ以上帝国会議を抑えることは難しかった。
「となれば待つ理由はない。本来の計画の遂行を進めるのみだ」
カッセルは淡々と続ける。
「ライレンシア博士の開発した魔力操作装置により、多大な魔力を有するエルフを優秀な兵器に仕立て上げる。そのため各地からエルフを集める。フリエルノーラ国はその最大の供給源だ。貴公の差配を期待しているぞ」
「…………かしこまりました」
ガイアンも帝国に所属し、帝国のために生きる軍人である。
いかに気に入らない作戦とはいえ、この場でこれ以上逆らうことはできなかった。
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