〈…………〉
「…………」
リビングアーマーの俺と、犬耳犬しっぽの少女はしばし無言で見つめ合っていた。
少女は、うーん、12歳くらいかなぁ。
顔立ちが日本人とは違うし、そもそも獣人は成長の仕方が全然違うかもしれない。
獣人っていう言い方をするのかどうかは知らんけど。
「…………(じーっ)」
しかしこの子、めっちゃ見てくるな。
怖がってる様子はない。
〈えっと……〉
「わ」
え、なになに?
「しゃべった……」
しまった。
リビングアーマーは普通しゃべらないんだよな。
待てよ。
この子は俺がリビングアーマーだって知らないかもしれない。
冒険書書代わりみたいな腕輪も持ってないし。
じゃあ、前の作戦どおり鎧着たドワーフ設定で通してみるか――。
「モンスターなのにしゃべれる……霊獣なの?」
普通にモンスターってバレてるー!
〈え、な、なんで俺がモンスターだって思うのかな?〉
「さっきの声が聞こえてたので」
ああ、ですよねー。
さっき遭遇した人間たちが、めっちゃ大声で叫んで逃げてったもんな。
ちくしょう。
〈あ……でも、モンスターって知ってるのに、君は俺のこと怖くないの?〉
「ちゃんと会話できてるから」
おおお!
この子いい子だ!
いままでの人間なんて、話しかけたら逃げてったのに!
地獄に仏ならぬ、ダンジョンに犬耳っ娘だぜ!
「どうしたの? 泣いてる?」
〈え、なんでわかるの?〉
「なんとなく」
まあ、泣いてるっていっても、気分的に泣きそうってだけなんだけど。
鎧から涙ができるわけもないし。
この子、それがわかったの?
すごくね?
「それに」
〈ん?〉
「あなた、見た目が強そうじゃないから。私でも勝てそう」
〈…………〉
たしかにね!
いまの俺は胴体パーツなしのちびっこリビングアーマーですからね!
目線の高さ、この子と変わらんくらいだもん!
……まあいい。
警戒されたり逃げられたりされるよりはマシだ。
〈ところで……えっと、君、名前は?〉
「わたし? わたしはロロコ」
〈ロロコはなんでこんなところにいるんだ?〉
「さっきの人たちから逃げてきた」
……やっぱりか。
さっき遭遇した人間ふたりは、逃げた『クソ犬っころ』を探してた。
てっきり領主さまの飼い犬かなんかかと思ったけど、違ったらしい。
なーんか、あまり楽しくない事情がありそう。
〈さっきの人たちは何者?〉
「領主さまの部下。わたしたちをみはる仕事をしてる」
〈わたしたち?〉
「人犬族のみんな。鉱山で働かされてる」
なるほど……だんだん飲み込めてきたぞ。
〈じゃあ、ロロコはそこから逃げて、追われてるってことか〉
「逃げてるのは、みんな。わたしたちはおとり」
〈……どういうことだ?〉
「うんと――」
――つまり、こういうことらしい。
人犬族たちは、領主のもと、鉱山で無理やり働かされていた。
で、ある日脱走が計画された。
何人かが囮になって、見張りの人間をダンジョンへ誘い込む。
その間に全員が逃げ出す、という手はず。
〈――って、そりゃひどい!〉
「? なんで」
〈なんでって……だって君はまだ子供じゃないか!〉
「子供だけど、わたしは魔法が使えるから、大人より、むしろ安全」
〈魔法を使えるのか……いや、それにしても〉
ロロコは本気で不思議そうに俺を見てくる。
俺がいきどおっている意味がわからないらしい。
なんなんだ?
この世界ではそれが普通なのか?
〈それで……君はこれからどうするんだ?〉
「ダンジョンの出口に向かう。みんなと合流する」
〈出口!〉
やったぜ!
ようやくこの暗闇からおさらばできる!
この子が使う出口ってことは、そこそこ安全ではあると思うし。
大ネズミの集団に襲われるみたいなこともないだろう。
「? 一緒に行く?」
〈行く行く!〉
超行くぜ!
〈そうと決まったらさっそく移動しようぜ〉
「あ」
あ? あってなんだ?
俺の後ろを見てるねロロコちゃん?
なんかいるの?
くるっ。
〈ぎゃああああああああ!〉
巨大なクモが俺たちの目の前にいた。
あのダンゴムシと同じくらいのサイズ。
つまり、自動車くらいはある。
なんでこんなのがこんな近くにくるまで気づかなかったんだっ。
ん?
けど、思ったより平気だな。
きもっ!とは思ったけど、そんな怖い気はしない。
これが恐怖耐性の効果かな?
〈ロロコ、下がって〉
俺はロロコを守るように前に立つ。
と思ったら、ロロコがさらに俺の前に立った。
え? あれ?
「大丈夫。こいつくらいなら」
ロロコは両手を前にかざした。
巨大クモが移動しながら、牙のような歯をガチガチと合わせて威嚇してくる。
ひゅっ!
前の脚二本を振り上げて、ロロコに攻撃!
危ない!
しかし、ロロコは動揺することなく――
「ファイア!」
そんな短い叫び声。
同時に、彼女の目の前に、豪炎が発生する。
うお、すげえ。
鎧の俺でもチリチリと熱を錯覚しそうになる強烈な炎だ。
それが、一瞬で大グモを包み込んだ。
――ジャアアアアアアアアアア!?
なにが起こったのか、本人も理解していないかもしれない。
大グモはあっという間に黒焦げになってしまった。
そして。
そんな凄まじい炎を生み出した犬耳っ娘は。
まるで態度を変えず入ってくる。
「ね? 大丈夫だったでしょ」
〈お、おう……〉
まあ、これは確かに、おとりになっても平気かもしれないな……。
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