白猫少女《ケット・シー》は仮想世界で夢を見るか

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第六話 致命的な欠点

公開日時: 2020年9月13日(日) 09:23
更新日時: 2020年9月14日(月) 12:37
文字数:1,736

「みなさん、今日はお疲れ様でしたっ!」


 夕日が傾き、畳が紅く照り映えた第二ゲーム部の部室。ヘルメット型のプレフィーを外した俺たちは、座布団に座って凝った体を休めていた。


「寝てるだけとはいえ、畳は疲れるなぁ。部費で布団でも買いたいけど……まあ足りないか」

「それじゃあ今度、宿直室からパクってきますよ」

「お前絶対やめろよ? 別の意味で廃部になるから」

「………………」

「んじゃあ第一ゲーム部から持ってきます。あの性悪クソ野郎なら布団の一つや二つや三つ無くなっても気づきませんし」

「お、おう」


 さらっと毒を吐く後輩に引き笑いで応える。

 そういやコイツ、慎二のこと大嫌いだったな……。溢れ出る陽キャオーラと胡散臭さがどうにも好きになれないらしい。気持ちは分かるけども。


「………………」


 俺と朱鳥が他愛ない会話をしている中、今日のメインであった一ノ瀬はずっと無言で俯いていた。一日しか体験できないと言っていたから、彼女の高いはずの身体能力に合ったモンスターを見繕い、事実一ノ瀬は初心者には思えない動きで善戦した…………のだが。


「それにしてもこは……一ノ瀬さん、惜しかったっスね。あと少し早く反撃が間に合っていれば、バックアタックで一撃だったかもしれなかったのに」

「………………でも」


 見つかったのは、もっと根本的な問題。文明の進化に慣れてしまった俺たちでは気にもしなかった、でも考えてみれば至極当たり前で単純なものだった。


「でも、止めを、刺せなかった」


 最後まで殺しきることが出来なかったのだ。


 仮想世界に住まうモンスターという存在でも、その見た目は現実世界の動物とさして変わらない。自分の脳で考え、学習し反撃してきたウルフを、一ノ瀬は自らと同じ動物と認識してしまった。最初の一撃こそ可能だったが、予想以上にリアルな感触に尻込みしたのだろう。


「あの黄色いのが全部消えたら死んじゃうって、そう考えたら……」


 一ノ瀬は震えた声でそう言い、仮想世界で短剣を握っていた右手を見つめていた。


そういえば朱鳥がHPの増減を見せるために、琥珀に自分の肩を刺させると言っていた気がする。それを実行していたなら、繊細な彼女の精神にはなかなか堪えたことは想像に難くない。


 ゲームの中、仮想世界だからと割り切っていた俺や朱鳥には決して理解できない感覚。今日まで世界を一つしか知らなかった一ノ瀬には、それを捨てるには時間が足りな過ぎた。


「……だったらいいじゃん。それで」

「へ?」


 しかし俺は考える。そう考えるなら、そのままでいいと。


 生物型モンスターを倒したくないなら、その戦闘だけ避ければいいし、極論で言えば戦闘そのものが別に義務ではない。なんだったら鍛冶屋などの非戦闘員だって楽しめるのだ。そういうものを探していけば、きっとどれかを楽しいと感じられるだろう。


「やりたくないならやらなきゃいいし、逆に気に入ったらとことん極めりゃいい。つまりさ…………」

「『ゲームは自由』ってことッスね」

「ま、そういうこと」

「ゲームは自由……」


 そりゃ攻略の近道は存在するかもしれないが、何もそれは一本道じゃない。プレイヤーの数だけ楽しみ方があって、攻略法があるのがゲームの良いところなのだ。


「俺としては戦闘できるようになってくれた方が助かるのも事実なんだけど……」

「セ・ン・パ・イ?」

「なんでもないです」


 せっかくの才能を見逃すのは勿体ないが、別に非戦闘要員でも構わないし、何ならサポーターでもいい。足が速いというのは何にでも活かすことができる才能だ。


「結局、入部はどうします? 今日だけって話でしたし、嫌なら嫌でもいいですよ」


 一ノ瀬はそんな朱鳥の質問に対して特に反応せず、荷物を持ってその場を立った。そして部室の出口付近で靴を履き、振り返る。


「……恋白で、いいです。ゲームと同じ名前の方が、これから呼びやすいでしょうし」

「恋白……!」

「恋白さーん!」

「わっちょっと抱き着かないでください!」


 その後朱鳥から聞いた話では、恋白曰く「まだ入部はしませんが、ゲームの魅力とやらには些か興味が湧きました。もう少しだけ付き合ってあげます」とのことだった。まだ廃部を回避したわけではないが、それでも順調に事は進んでいる。


 念のためあと一人、アイツにも声をかけてみるか。


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