今回の話は、多少のご都合主義展開を正当化するための話です(おい)
「ばっっっっっっっかじゃないですかアンタ!?」
「調子に乗りました本当にすみません」
次の日、ハルトたちが琥珀にちょうどいい武器を探しに行こうと、セントラル・アルストロにある武器屋へ歩を進めていた途中。これ以上低くするには穴を掘るしかないというレベルの全力土下座を、ハルトは大通りのど真ん中で披露していた。
「あ、あの、ここでは視線が痛いので移動しませんか」
「ちょっと待っててください琥珀さん。このセンパイの罪は晒し首にでもしないと消えませんので」
「え、本当に何をしたんですか?」
「ごめんなさい……」
うわごとのように謝罪の言葉を呟く男性と、それを見下ろす女性プレイヤーの構図は、傍から見れば修羅場以外の何物でもない。
琥珀は通り過ぎる人々の視線に耐え切れず、二人を路地裏に引きずって粗方の内容を聞き出した。
「────なるほど。つまりその先輩の同級生……というか幼馴染さんを勧誘するための条件が無謀であるにも関わらず、この人は気にせず受諾したと」
「気にはしたけどさ……ここを逃したらもう機会は無いと思って……仕方ないじゃん……」
「何か言いました?」
「いえ何も……」
後輩女子により言論の自由を禁じられた先輩を見ながら、琥珀は疑問を口にする。
「そのゴレアスというのは、そんなに強い敵なんですか? 『ねーむどもんすたー』とか言ってましたけど」
実は武器屋に向かう前、琥珀は先日の振り返りということで二人に戦闘のコツなどを教えてもらっていた。
止めを刺せないとは言いつつも、いつか慣れる日が来るかもしれないし、何よりあのままだと悔しいままだからという彼女たっての希望だ。初体験の日から毎日やっている。
だからこそ草原で目にしたハルトと飛鳥の動きには驚かされていた。自分があんなにも苦戦したウルフを、よそ見しながらでも瞬殺していたからである。
もちろんステータスによる違いもあるが、それ以上に動きが合理的で無駄がない。なぜ別のスポーツをやらないのかと本気で疑問に思ったほどであった。
そんな二人がこんなにも警戒する《ゴレアス》とは何者なのか、気になるのは必然である。
「ネームド・モンスターは他のモンスターとは比べ物にならない強さだよ。ボスと一緒でHPが減ったら行動パターンが変わるし、というか何より会えるか分からない」
「え、それ強い弱い以前の話では?」
「だからそう言ってるんスよ! この馬鹿センパイに!」
「ごめんて……」
かなりの強敵で倒すのが困難なことに加え、そもそも遭遇できるのかも分からない敵。更にはダンジョンという広大なフィールドを探さなければならないという。
なるほど、これは飛鳥が腹を立てるのも無理はないなと琥珀は理解した。
「とにかくその人が本当に必要な人材であるなら、ここで懺悔している時間はもったいないです。先輩の処遇はその後でゆっくり決めましょう」
「……そうですね。まあ私は桜花さんなんて来てもらわなくていいですけど。戦力になるのは事実ですし。とっとと武器屋に向かいますか」
「えっと、これは許されて──」
「「ません」」
「はい……」
死刑執行が延びただけという事実に項垂れつつ、ハルトは汚れた膝を払いながら立ち上がった。
「それじゃ行きますか」
「そうだな。道は……右だっけ?」
「左です。ルートナビ機能があるんですから、そのくらい使えるようになってください」
「はいはい」
言いながらハルトは飛鳥の手でメニューを操作され、目的の武器屋までの道案内を表示した。視界の上に距離と方向を示す矢印が浮かび上がる。
琥珀には見えていないが、二人に付いて行くようにして大通りを進み始めた。
「ハルト先輩は機械音痴なんですか?」
「いや全然。最近スマホを扱えるようになった」
「そんなの一般教養っスよ。自慢してる方が恥ずかしいのを自覚してください」
「ええ……」
どうやらゲーム部長のハルトは意外と機械に疎いらしい。そういえば部室でも紙の本を読んでいたのはそういうことかと、琥珀は理解したと同時に少し親近感が湧く。
「今でこそ琥珀さんに自慢げに解説してますが、最初はゲームの基本を教えるのにどれだけ苦労したか……。マジで原始人でしたからねこの人」
「おいその話はやめろ」
「先輩がゲーム始めたのっていつなんですか?」
「確かセンパイが中二の冬ごろですから、二年と少し前くらいですかね。最初は琥珀さんより世間知らずで──」
「やめてくれ!」
ゲームを馬鹿にした自分にあれだけ説教していた割に経歴は浅く、しかも同じくらい疎かったという。琥珀は「私は世間知らずじゃないです」と膨れつつ、しかしハルトが完全に自分と同類だと知って安心した。
「特に苦労したのはジョブの説明ですね。最初は『何で仕事なのにサラリーマンが無いんだ?』とか本気で聞いてましたから」
「それは流石の私でも無いです」
「やめてくださいお願いします……」
もう精神的HPがゼロになりかけているハルトを余所に、琥珀はふと気づいた。
「あ、でも私もジョブってよく分かりません。この前少し調べてはみたんですが、専門用語が多くて何が何やらで」
そんな琥珀の言葉に反応して、ハルトが首を上げる。
「……何だかんだで調べたんだな」
「ツンデレっスね」
「そんなんじゃないです。ただどうせ体験するなら、ルールくらいは知っておくのが礼儀というか────ニヤけないでください刺しますよ」
街中はセーフエリアなのでプレイヤー間の殺傷行為は禁止なのだが、ペナルティを恐れない彼女ならやりかねない。右手を腰の短剣に添える琥珀の仕草を見て、二人は焦ってメニューを開き、解説に移った。
「じ、ジョブってのはその名の通り戦闘における役割のことだ。初期は琥珀の『シーフ系』みたいに、『〇〇系』って名前になってる」
「琥珀さんのシーフ系は、素早さで敵を撹乱しつつ手数で押し切るアタッカーですね」
「ほう。ではお二人のジョブは何──」
「わああああぁぁ危ない避けてそこの人ぉぉおおお!!」
直後、琥珀の言葉を遮るような大声がこだまする。
何事かと声の主を探った三人は、ふと空を見上げ────即座に飛びのいた。
「ぁぐぺっ!」
三人が先ほどまで歩いていた地面に、人型の何かが鈍い音と共に衝突。土煙が舞い上がった。
「な、なんだ?」
土煙が収まり次第近づくと、そこに突っ伏していたのは金髪で中性的な少年であった。ぱっと見では美少女にも美少年にも見えるが、髪が短いのでどちらかと言えば少年だろうとハルトは考えた。
どうしたものかとハルトと飛鳥が悩んでいると、琥珀は迷わずその人物に近づき、仰向けに転がしてから頬を引っ叩いた。子気味いい音が響く。
「琥珀何やってんだお前!?」
「大丈夫ですよ。この黄色いのが残ってるなら生きてるはずですから」
「そりゃそうだけど……」
金髪少年のHPゲージは激減しながらも半分くらい残っていたが、今のビンタで僅かに減ったように見える。システム的にはセーフだったみたいだが、起こすために昏睡状態の相手を殴る所業には、ハルトと飛鳥に多少の恐怖を与えた。
すると琥珀のおかげか、それとも時間経過したからか、HPの下に表示されていた昏睡の状態異常表示が点滅の後に消える。金髪少年は僅かに声を漏らし、ゆっくりと頭を上げた。
「んぅ……………………あれ、生きてる?」
「ここがゲームでよかったですね。現実なら頭から落ちて首ポッキリですよ」
「うわあ! だれ!?」
いつの間にか真横でしゃがんでいた琥珀に驚き、少年が飛びのく。しかし彼女の後ろに立っているハルトや飛鳥の姿と、そして現在の状況を冷静に考えて思い出したような反応をした。
「あ、もしかしてさっき下を歩いてた」
「そうっスよ。もう少しで衝突するところでした」
「まあこっちは無事だからいいが……危うくそっちがペナルティ受けるところだったぞ。ほら」
「ごめん、ボクの不注意で危ない目に遭わせたみたいで」
そう反省している様子の少年は、飛鳥や琥珀くらいの年齢の見た目をしていた。金髪碧眼のアバターは中性的な容姿で、「ボク」という一人称が無ければ美少女と勘違いする人も多いだろう。
少年はハルトの差し出した手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「それにしても、何で空から降ってきたんだ?」
「あーそれはね、ちょっと特訓してて……」
「特訓?」
「うん、ここの屋根の上を飛び移っていく特訓。この大通り脇は隙間がちょうど良くて普段から走ってるんだけど、今回は足を滑らせちゃった」
彼が指し示す大通りの横にある店の屋根は、確かにしっかりしていて店同士の隙間もそこまで空いていない。人が一人走り抜ける程度は可能だろう。
「……何のために?」
琥珀はジト目で少年を見据え、素直な疑問を口にした。それに対し、飛鳥がポンと手を叩き、思い出したように答える。
「ああ、負荷値振りですか」
「そうそれ!」
「負荷値振り?」
聞き慣れない単語に琥珀とハルトが疑問符を浮かべる。
「はい。その名の通り肉体的・精神的負荷でステータス値を振る、このゲーム特有の特訓方法です。実際にシステムとしてあるわけではないのですが、一種の裏技として存在します。まあモンスターと戦ってステータスが上がるメカニズムを応用しただけなので、効率性は微妙っスけど」
「うん、このゲームはモンスターを倒して上げるレベルとは別に、精神的成長によってステータスを上げたりできるんだ」
「精神的成長?」
「聞くよりも実際に体験した方が早いかな。えーっと……ハルトと琥珀ね」
少年が自らの頭上に表示されている名前を見たことで、ハルトも遅れて少年の名前を見ようとした……が、HPバーの上に名前が無かった。見忘れていたのかと勘違いしていたが、そもそも表示すらされていなかったらしい。
「あ、ごめんごめん。また名前の表示を忘れていたみたい。少し待って」
そう言って彼がメニュー操作を行うと、しばらくして所定の位置に『リスティ』という名前が出現した。やっと名前を確認したハルトは話を続ける。
「それでリスティ、その負荷値振りを体験するにはどうしたら?」
「簡単だよ。二人ともその場でジャンプしてみて。あ、やる前にステータスの敏捷値も確認してね」
「え、それだけ?」
「とりあえずね。ほらやってみて」
「? はい分かりました」
何だか騙されているような気がしつつ、二人はメニューを開いて現在の敏捷値を確認。そしてその場でピョンと軽く跳ねてみた。
「ダメダメ。もっと限界まで高くやんなきゃ」
「はあ」
ダメ出しを受けたので、今度は足に力を込め、垂直跳びの要領で思い切り上に跳んだ。さっきより幾分か高い所に到達するが、もちろんシステム上の重力に負け程なくして地面に落ちる。
「うん、じゃあ今度は今のより三十センチ高くジャンプしてみようか」
「はあ!? いや今のが限界だし、その幅は無理だぞ!?」
「限界を超えなきゃ特訓にならないじゃないか。まあつべこべ言わず、そういうつもりでやってみなよ」
「……分かりました」
言われるがままに、今度はさっきよりも高い位置を目標にジャンプをする。一回目の反動を利用して二回目を高くしてみたり、ダッシュで加速してから跳んでみたり工夫して、二人は何とか基準のプラス三十センチをクリアしてみせた。
「ふう……んで、この後は?」
「また更に三十とか言わないですよね」
「本当はそうしたいんだけど、たぶん少なくとも琥珀は効果が出てるんじゃないかな。ステータスを見てみて」
言っている意味が理解できないままメニューを開き、ステータス画面を見た琥珀は、そこに記されている数値を見て思わず目を見開いた。
「その様子だと効果があったみたいだね。ハルトは?」
「俺の方は──あ、敏捷値が1だけ上がってる」
「私は7つ上がってました……」
「な、7も!?」
伝えられた上昇値にリスティが声を上げる。
敏捷値とはステータスにおいて、主に素早さや跳躍力などを決定する数値だ。リスティが見たところ琥珀はシーフ系のジョブだし、ハルトや飛鳥に比べてメニューを動かす指もぎこちない。
伸びしろは十分だと思っていたが、まさかこの程度の負荷でそんなに上昇するとは思ってもみなかったのだ。
「負荷値振りというのは、今センパイたちがやったみたいに高い目標を目指して、より良い結果を残そうとすればするほどステータスが上昇して補正してくれるシステムです」
「そのあたりはスポーツみたいだな」
「筋力や素早さが目に見えるだけ、こっちのが良心的っスけどね」
飛鳥は「強敵を相手にしても向上心次第で戦闘中に強くなれる、主人公補正的な意味合いが強いっスね」と付け加える。ハルトはこのゲームにおけるレベルがそこまで重要じゃないことは把握していたが、ここまでプレイヤー自身の内面が重視されるものかと改めて感心する。
「まだ発売から間も無いし明らかにされてないけど、たぶんスキルの習得もほとんどコレが関係しているんじゃないかなって、ボクは考えてるんだ」
「そういえば私も、そんなのを覚えた気がします」
琥珀はメニューのスキル画面を開き、その中にポツンとある【ドッジスライド】を見た。
「あ、確かに琥珀さんも、ウルフの攻撃を避けようとしたときに覚えてましたね。なるほどそういうことっスか」
「同じシーフ系統だし、ボクも【ドッジスライド】は覚えてるよ。数少ない回避スキルの中でも結構便利だよね」
「リスティさんもその、しーふけいとう? という職業なんですか」
「え? うん、ほらこれ」
リスティがステータスメニューを可視化すると、そこのジョブ欄には【暗殺者】と記されていた。その下にもスキルやステータスが幾つか書いてあったが個人情報なので、ハルトはできるだけそこを見ないようにする。
「【暗殺者】ってシーフ系では一番ポピュラーなジョブだよな」
「うん。本当は数えきれないくらいのジョブと、固有のスキルが存在するらしいんだけど、ボクは運悪く普通のだったよ」
「あ、あの……」
「まあ有名ってことはその分情報が多いはずですから、ある意味お得かもしれないっスよ。スキル解放条件も分かりやすいですし、というかジョブが更に進化する可能性もありますしね」
「それならいいんだけどねえ」
リスティはメニュー画面を閉じ、そのままハルトと飛鳥と共にジョブの情報交換を始めた。〈エターナル・モーメント〉では公式から情報の発信が少なく、更にはプレイヤーの数だけスタイルが全く違ったりするので、こういったことは非常に重要なのだ。
その中でただ一人取り残された琥珀は、もう誰にも聞こえていない声で呟いた。
「あの、だからジョブって何なんですか……!」
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