白猫少女《ケット・シー》は仮想世界で夢を見るか

退会したユーザー ?
退会したユーザー

第二話 生意気な後輩

公開日時: 2020年9月12日(土) 23:26
更新日時: 2020年9月14日(月) 13:35
文字数:2,403

「それで新学期早々、部室で伸びているわけっスか」

「あだっ! あ、ちょっ無闇に触らないで!」

「我がセンパイながら情けないことですねー」

「あああああだからツンツンするの止めてくれっ!」


 青春の開始から約一時間後。俺は馴染みある第二ゲーム部の部室で、うつ伏せに寝転んでいた。


 原因は筋肉痛と肉離れ。走り去る白い影を追いかけたのは良いものの、久々すぎる急な運動に身体が耐えられなくなり、程なくして筋を違えて転倒。心配になって跡をつけてきた慎二に担がれてここまで来たというわけだ。


「俺だって必死だったんだよ! あのまま光る才能を捕まえられれば、きっとウチの大きな戦力に────」

「はあ? 違いますよね。若い女の子の尻を追いかけることに必死になったんですよね? そもそも一年生なのかも分からないのに……全く」

「あだだだだだ! 待って乗るのは普通に痛い! 筋じゃなくて骨が軋むやつ!」


 ギブアップの意思を伝えるため、たまらず何度も床を叩く。


 すると俺のふくらはぎに乗っていた人物は、止めに一度思い切り踏んづけたあと、俺の眼前にある座布団に腰を下げた。


 俺の所属ないし統括する第二ゲーム部の部室は、去年潰れた茶道部の跡地を受け継いでいる。六畳間にはちゃぶ台と座布団が設置されていて、たった二人の部員が使うには少々広すぎるくらいだ。


「だいたい、何で顔も見えなかった人物が女の子って分かったんスか? 衰えていたとはいえ、元陸上部エースのセンパイでも距離を縮められないって相当ですよ」


 目の前に男子がいることなど意に介さず胡坐をかいているのは、中学からの後輩であり新入生の桐谷朱鳥きりたに あすか


 春先暖かくなったにも関わらず、赤いマフラーを付けた彼女のポニーテールが、窓から入り込んだ風でゆらゆら揺れている。


「そ、それは……」


 彼女の純粋な疑問に対して、俺は思わず顔を背けた。とある理由でかの人物を女性と判断したのだが、ちょっと言いづらい。


 そんな俺の行動を訝しんだ朱鳥は、前屈みになって覗き込んでくる。


「なんか言いづらいことなんスかねぇ? 早く答えないと、次はジャンプして足に乗りますよ」

「待て早まるな。言うから!」


 朱鳥が屈伸運動をし始めたのを見て、俺はたまらず後ずさった。


 今この状況で足にダイブなんてされたら、もう一生車椅子で生活するハメになるかもしれない。ていうか肉離れしてる怪我人に、そんなことしようって神経が理解できないよ。仮にも先輩だぞ?


 しかしここでまた黙れば、今度は警告すらしてくれなさそうなので、俺は渋々ながら口を開いた。


「…………匂いが、したんだよ」

「匂いって、どんな?」


 朱鳥の声が少し低くなった気がする。


「猫の匂い」

「は? それってつまり、いい匂いだったってことですか?」

「まあそうなんだけど、別にそういう意味じゃなくて……」


 どう説明すればいいのか困るけど、経験で言うなら、風に運ばれてきた香りはウチで飼っている猫のものにそっくりだった。干したばかりの布団からする太陽の匂いというか、何というか。上手く言い表せないけど、とにかくそんな感じ。


「あー、センパイって匂いフェチだったんスね。三年の付き合いで初めて気づきましたよ。…………まさか中学の時も私の汗の臭いを」

「それは断じてありえないし、俺はフェチじゃない! 実際に通りがかった人からそんな匂いがしたら、その人を男と考えるより女だっていう方が自然だろ? それだけだよ」

「へーはー、そーですかー」


 絶対信じてないなコイツ……。


「──ま、そんなことは正直どうでもいいっス。それより他に情報は無いんですか? ただでさえ創部して数日で廃部の危機なのに、そんな悠長に人探ししてる時間も無いっスよ」

「そうなんだよなぁ」


 今現在、この第二ゲーム部には部員が二人しかいない。元々三人はいないと部の創設ができないのだが、茶道部が去年廃部したお陰で半ば非合法に今年仮設立したのだ。


「四月中に一人は新入部員を見つけなきゃ廃部は免れない……」

「かなり譲歩してくれていると思いますよ。部室の確保は出来たわけですし、どうせ誰も来なかったら終わりですから」


 それもそうだ。機材が足りないからっていう理由で積極的な勧誘はしてこなかったわけだけど、このまま二人だけだったら大会にすら出場できない。


「それじゃやっぱり、当面の目標は白猫少女を見つけるってことで」

「ええー、結局そうなるんですか……って白猫少女?」


 あ、そういえば重要なことを伝えていなかった。


「そうそう。その猫みたいな匂いの主は、白髪だったんだよ。最初は日光に反射しただけかもと思ったんだけど、やっぱりアレは見間違えじゃないと思う」


 この学校は染髪禁止ってわけじゃないんだけど、それでもあんまり派手で奇抜な色とかは暗黙に規制されている。そんな髪の色の人物に心当たりがないから、もし本当に白髪なら新入生である可能性が高いはずだ。


 それなら部活も決めていないだろうし、入ってくれる可能性がグンと上がる。


「そんな髪の女の子がいたら、一年の間で噂になるはずっスけど……」

「まあお前はどうせゲームばっかしてるだろうし、その辺は期待してない」

「酷い言いようですね」

「事実だろ」


 朱鳥はかなりゲーマー、というか廃人だから中学の頃も彼女の友達らしき人物を見たことが無い。本当は俺とばかり遊んでいる場合じゃないんだが……まあその辺は個人の自由だし今さら言うことでもないだろう。


「とにかく、俺は三年と二年を探してみるから、朱鳥は一年を頼む」

「ええー。私、リアルはそんなにコミュ力高くないんですけど」

「だからそんな期待してねえよ。白髪、または猫の匂いがする女子生徒を見つけてくれればいい」

「二つ目はムズイっすね……。センパイこそ周りが見えなくなるときありますし、捕まらないでくださいね」

「はいはい」


 そういえば慎二にも同じことを言われたな。心の隅にでも留めておこう。


「よし、じゃあ見つけ次第連絡するように。今日は解散!」


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート