白猫少女《ケット・シー》は仮想世界で夢を見るか

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1-2 負けず嫌い

第十二話 振り出し

公開日時: 2020年9月16日(水) 19:19
文字数:3,714

「ライフを半分まで削ってからの衝撃波攻撃についてですが────」

「………………」

「──センパイ?」

「……んあ、いや聞いてるよ」

「本当っスか?」


 昼食時間、俺は朱鳥といつもの屋上ベンチで食事を済ませていた。本来なら教室で友人と食っているところなのだが、今日はゴレアス戦を振り返ろうということで集まった。


 元々勝てる可能性が皆無の負けイベだったが、またいつか戦うなら記憶に新しいうちに対策だけでも考えておこうというわけだ。


「さっきから心ここに有らずって感じですけど、やっぱり恋白さんも一緒の方がいいですかね」

「そういうわけじゃない……わけでもない、けど」


 不意に機会が訪れたネームドモンスター討伐戦は、結果だけ言えば失敗に終わった。

 何とかして相手のHPを半分まで削ることには成功したが、ゴレアスは攻撃パターンを変える前にエリア全体へ衝撃波を放ってダンジョンの地面そのものを破壊したのだ。


 俺ら四人のうちシーフ系の二人────琥珀とリスティは即死し、俺と飛鳥も風前の灯だったライフに落下ダメージが加わって戦闘不能。順調に進んでいたかのように思えた攻略戦は、呆気ない幕切れで終えることとなった。


「恋白さんが部室に来なくなって三日経ちますもんねえ。まあ正式入部もしてませんし、辞めたと思うのが自然ですよ」

「…………そうだよな。でも」


 敗北の翌日から琥珀────もとい恋白は部室に訪れなくなった。別に活動日を明確にしていたわけでもないし、そもそも仮入部なら参加する義務も無い。

 急に来なかったとして別段おかしなこともないのだが、何となく気になることがあった。


「あいつさ……あの日、全然諦めた感じが無かったんだよ」

「それって、どういう意味です?」

「いや意味って聞かれると困るんだけど……」


 朱鳥の質問に、俺ははっきり答えることができない。

 何となく、ただ個人的な感覚として、去り際の彼女の目は未だ諦めがついていないような感じであった。こうして活動に来ていないのだから、ただの勘違いなのかもしれないが……。


「まあそれはいいです。それより桜花さんには何て言ったんスか? あの人何でも根性論で解決するような人ですし、『無理でした』なんて言ったらパンチの一つくらいありそうですけど」

「……俺がこうして生きてるのが証拠だよ」

「許してもらったんスか?」

「まさか。まだ事後報告すらしてない」

「でっすよねー」


 朱鳥は俺がまだ報告していないことを、まるで分かっていたかのような反応だ。


「ま、やっぱりあの異常なレアモンスターの出現率はマジで奇跡ですよ。そもそも三日以内に出会えたことが快挙です」

「それで納得する相手ならどれだけ楽か……」


 ドロップ率とかレアモンスターとか、そういう『こちらの事情』をいくら言ったって理解を示す相手でないのはよく分かっている。だからって大口を叩いた手前、報告すらしないのも失礼すぎる。まさに八方塞がり。俺は確定された死刑宣告をただ引き延ばし、どうすれば痛くない方向で納得してくれるか、あわよくば部員になってくれる方法を考えていた。


「……私は別に、桜花さんなんて入部しなくてもいいですけどね」

「どうして? 入ってくれたら十分な戦力になるのは間違いないだろ」

「でもあの人、頭が固いですし。それに多分センパイのこと……」


 朱鳥は段々と声を小さくし聞き取れなくなると、「何でもないですっ」と言って立ち上がる。

 時計を見ると昼休みはもうすぐ終わりの時間となり、教室移動をする生徒の声が下の階からちらほら聞こえ始めた。


「とにかく! 桜花さんに固執するよりも先に、まずは恋白さんを正式に入部させてください」

「そうは言っても、俺が教室行くといつも既に帰ってるし……」

「この前、恋白さんがプレフィーを家に持ち帰ってもいいか私に許可を貰いに来ました」

「……部長は俺なんだけど」

「そんなこといいんです。この意味が分かるなら、もうセンパイのするべきことは分かりますよね?」

「俺のするべき、こと…………」


 本来であればそれは、同級生の朱鳥がした方が良いのかもしれない。でも恋白が部の備品を持って帰っている以上は、やっぱり部長である俺の領分だ。


 弁当を片付け、早速行動に移そうとして朱鳥の横を通り過ぎると、その袖を彼女が掴んだ。


「まさか今から私の教室に突っ込むわけじゃないですよね? そんなことしたら間違いなく逃げられますし、変質者のレッテルがさらに増えますよ」

「そんなこと言ったって、どうすれば……」


 彼女の言うことも尤(もっと)もだが、放課後に逃げられるなら話せるのは昼休みしかない。

 ならどうすればいいかと、俺が後ろの朱鳥を見ると彼女はドヤ顔で言った。


「ふっふっふ。私に考えがあります」




♢ ♢ ♢ ♢




 最寄駅から電車に乗って十数分。休日だからか異常な人だかりを見せる大型ショッピングモールの入り口で、俺は一人時計を眺めながら集合場所に立っていた。

 昨日朱鳥が恋白を入部させるための秘策があると言ったので、命令通りにこんな所までノコノコやって来たけど…………まさか恋白をここに連れてくるとか? そもそも向こうが来そうにないし、騙して連れてきたとしても俺を見るなり即刻帰りそうだ。


 待つ間が暇なので、スマホから公式アプリを開き、〈エターナル・モーメント〉のアバター情報を見た。いちいちゲーム内にダイブしなくても、向こうのイベント情報や自身のメニュー画面であれば確認できる便利サービスだ。


「ゴレアス戦でだいぶステータス上がったなあ。途中から急に体が軽くなった気がするし」


 やはりリスティの言っていた負荷値というのは実際にあるようで、戦闘中にも関わらずステータスが急上昇したのを実感した。

 第二ゲーム部でパーティを組んだら間違いなく俺はタンクになるだろうし、もっと前線に出て防御系のステータスを鍛える必要がありそうだ。


 それに昨夜気づいたけど、やっと俺も────。


「…………ん?」


 まだ指定された時間まで十分以上あるのでボーっとスマホを見ていると、少し離れたところで人だかりができていることに気がついた。


「アンタなんでここに居るんですか!?」


 どうやら喧嘩でもしているらしい。特に興味はないけど暇なので聞き耳を立ててみると、女性二人が言い争っている場面のようで────あれ、なんか聞き覚えがあるな?


「お前こそ帰るといい。私は陽斗に用がある」

「そんなこと聞いてません。っていうかそもそも何でここにセンパイがいること知ってるんですか? まさか盗み聞きしてたわけじゃ……」

「ちょっと小耳に挟んだだけだ」

「世間一般では、それを盗み聞きって言うんですよ!」


 どこか偉そうな女性と、その後輩らしき女性の言い合い。

 いつもならわざわざ首を突っ込むことでもないので集合場所を変えるなりするのだが、今日ばかりは嫌な予感がした。スマホから無料通話アプリを開き、もうすぐここに来るはずの後輩に向けて電話をかけてみる。


「だいたい桜花さんは中学の頃から…………あ、センパイから電話です。少し黙ってください」

「なっ、おいそれを貸せ!」

「いや意味わからないっスよ! もう会う時間ですし、また日を改めてください!」

「私だって期間を過ぎたら結果を聞くと約束したんだ!」


 予感的中。集合場所の近くで言い争っていたのは部活の後輩と幼馴染だ。片方はちょい季節外れのマフラーだし、まず間違いない。

本当はゴレアス討伐のことを昨日桜花に伝えなきゃいけなかったのに、長生きしたいからってまだ顔を合わせていないんだった…………。


 まさかこんな所まで追いかけて来るとは思わなかったけど、このまま逃げるよりはこのあたりで誠心誠意の土下座をして、何とか許してもらった方が良いだろう。いろいろ人間離れしてるけど、生物学上は彼女も一応人間だし話せば分かってくれるはず。


「あの不誠実な男は、何度か殴らねば気が済まん……!」


 うん、ダメだ逃げよう。


 ここで桜花と出会ったら、問答無用で二度と人前に出られない顔になるまで殴られるのは間違いない。それに朱鳥は何故か桜花を毛嫌いしている様子があるし、そう簡単に自分のスマホを渡すとは思えない。逃げるなら今だ。


「……そこまで言うなら仕方ないですね。はい、五分だけですよ」


 こんな時だけ物分かりのいい朱鳥は、渋々ながら通話待機中のスマホを差し出した。桜花は「恩にきる」と言って受け取り、俺が掛けた電話に出る。


『おい陽斗。お前、今どこにいる』

「お、桜花!? 何だよ電話の相手を間違えたかなー。ちょっとかけ直して──」

『今どこにいると聞いている』

「えー、あいや今日は腹が痛くなって家に…………」

『そうか。ならそっちに行こう』

「すみません嘘です!」


 思わず大声を出したことが、俺の致命的なミスだった。家まで確認しに来て、俺が咄嗟に嘘を吐いたことがバレたらそれこそ慈悲は一切ないと、焦ってしまったのが原因。


 超人的な聴覚を以て人だかりの向こうから通話と同じ声を聞きつけた桜花は、凄まじい速度で人の合間を縫って接近し、急いで後退しようとした俺の肩を掴んだ。


「あっ」


 ここがゲームならコンテニュー出来るのに、現実は再ログイン不可のクソゲーらしい。

 せめて痛覚くらいは軽減してほしいなぁ……。


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