白猫少女《ケット・シー》は仮想世界で夢を見るか

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第九話 ダンジョン探索 三層

公開日時: 2020年9月14日(月) 14:37
文字数:6,626

 〈セントラル・アルストロ〉の北にある大規模な施設には武器屋や道具屋、それに依頼を受注する冒険者ギルドが併設されていた。このゲームで何をするか迷ったらまずここに来ればいいと、ほとんどのプレイヤーが一押しするその建物の地下には大きな洞窟が存在する。〈ダンジョン〉と呼ばれるその穴は、そんな名称から多くのプレイヤーが想像する通りのものだ。


 暗闇に巣食う様々なモンスター。


 侵入者を拒む卑劣なトラップ。


 隠し部屋やモンスターの体内に眠るアイテム。


 ファンタジー作品で定番となっている夢の舞台はダイブ型で仮想現実となり、いっそうの迫力を以って鎮座する。そんなダンジョン入り口の前に、ハルト一行もやって来ていた。


「ここがダンジョンですか……」

「琥珀さん、緊張してるんスか?」

「そ、そんなわけないです。新しい武器だって買いましたし」

「ははは。琥珀ってば固くなってるよ」

「リスティさんまで……!」


 琥珀は新しく買った武器を手にし、同級生と金髪少年の弄りに顔を真っ赤にしている。未だマトモな戦闘を経験しておらず、ファンタジーにも疎い彼女にとって、ダンジョンは危険な生物の巣窟にしか見えていないのだから当然だ。


「それじゃあ今から下見と特訓を兼ね、ダンジョンに潜ります。経験者は……私とリスティさんだけですかね。センパイはほとんど外でレベリングしていましたし」

「うん、ボクはギルドの掲示板で作ったパーティと、五層までは入ったことがあるよ。飛鳥は?」

「私はソロで十層まで行きました」

「じ、十層! しかもソロで!?」

「別に驚くことじゃないですよ。敵と戦わないよう奥に進んで、宝箱を開けて帰っただけっス」

「いやそれ結構すごいだろ……」


 飛鳥はさも当たり前のような顔で言っているが、いくらソロとはいえダンジョンでのステルスムーブは難しい。なぜならダンジョン内には侵入者を察知し、他のモンスターを呼びよせるレアモンスターが存在するからだ。


 いくらステルススキルを使っても近づけばたちまち反応し、撤退を余儀なくされるというのはよく聞く話である。


「じゃあその十層っていうところまでは迷わず進めるんですか?」

「一応マッピングは出来てますが、今回は下見なので五層までにしましょう。今のレベルでゴレアスと戦っても勝算は限りなくゼロですし」

「そうだね。まずは二人を現地に慣れさせることを目標にしようか」


 リスティはそう言ってメニューを開き、着々と準備を進める。

 そんな様子を見て、ハルトはふと気づいた。


「あれ、そういえばリスティも来るのか?」

「今さら!?」

「いや武器屋までは案内してくれるって聞いたけど、ダンジョンとは言ってなかったから」

「ボクもそろそろ資金稼ぎに潜る予定だっただけで、ダメならダメでいいけど……」

「いやそういう意味じゃないって! ただこっちはダンジョン初心者が二人もいるし、迷惑じゃないかなって思っただけで」


段々と声が沈んでいくリスティの調子に、ハルトは焦って訂正。顔に手を当て、わざとらしく泣くような仕草をしていたリスティは、瞬時に笑顔に戻って彼の背中を叩いた。


「あははは、嘘だよ。ハルトならそう言うと思ってたし」


 その言葉にハルトは「何だよ……」と胸を撫でおろした。リスティはなまじ美少女とも捉えられかねない見た目をしているため、泣かれたのではないかと心配したのだ。


「もうあんま時間無いので、各々の立ち位置と役割を決めたらすぐに入りますよ」


 そんな様子を見ていた飛鳥が声をかけると、三人は口々に答えた。


「ん。よく分からないので飛鳥さんに決めてもらいますけど」

「そうだな、俺もよく分からないから任せた」

「ボクもー」

「大丈夫っスかねこのパーティ……」




♢ ♢ ♢ ♢




「……では三層に下ります。ここからモンスターが出てきますので、武器を装備しといてください」

「わかった」

「はい」

「おっけー」


 ダンジョンを二層から三層に下る階段。そこまでは低級素材の採集ポイントや休憩所を兼ねたセーフティエリアだったので、四人はここで初めて武器を手に握った。


 薄暗い洞窟のような空間は、まるで人の手が加えられたかのように綺麗に舗装されている。陽光の届かない地下迷宮を妖しく照らすのは、壁に埋まっている灯篭石の光。蝙蝠でも飛び出してきそうなほど陰気な通路は、武器が無ければホラーゲームと間違われてもおかしくないだろう。


 他の冒険者の姿もちらほら見えるが、広大なダンジョンには幾つもの階段や通路があるためそこまで数はいない。


「戦闘は基本的に、ツーマンセルで背中を守り合いながらしていく形になります。人数が多いと慣れないうちはフレンドリーファイ……同士討ちが怖いので」

「前は俺とリスティ。背後からの敵は飛鳥と琥珀だな」

「はい。大型や中型が出ないうちはそれで大丈夫でしょう」


 画面で見るようなゲームの戦闘では固まって戦うのがセオリーだが、このダンジョンでは四方の壁から敵が湧いて出る。囲まれるような場面は珍しくも、いざという時に連携を取りやすいのは二人一組なので、常時それを意識しようという飛鳥の作戦だ。


「よろしくねハルト♪」

「ああ、よろしくな」


 ハルトとリスティは列の先頭を歩き、しばらくすると三層に到達。それまでと変わらずシンとした空間に訝しさを覚えながらも、通路にその足を踏み入れた。


「そういえばハルトのジョブって何だっけ。見たところ戦士系みたいだけど、もう進化したの?」

「いやまだ。ダンジョンに潜ったりしてなかったから。そろそろだと思うけど」


 ハルトのプレイスタイルは自身に強化(バフ)をかけて戦う、自己完結型のサブタンク。本当は攻撃に全振りしたかったのだが、戦士系の立ち位置を考えて防御も大事だと飛鳥に矯正されたのだ。


「へえ、じゃあ飛鳥は? 多分あれ珍しいジョブだよね」

「ああ、アイツは…………何だっけ」

「【陸兵ソルジャー】っスよ」


 後ろでそう答える飛鳥は、手元でハンドガンをクルクルと回してみせた。銃火器を主に扱う職業なのだが、武器の入手が非常に難しいというデメリットがあるため、彼女も銃は現在それ一つしか所有していない。現時点での主な攻撃手段は徒手格闘とハンドガン、それにナイフくらいだ。


「ファンタジー世界なのに銃火器って、相変わらずすごいゲームだね」

「【技術者エンジニア】と【錬金術師アルケミスト】が混在するくらいだしな。もう何があっても驚かねえよ」

「…………【棋士】もありますかね」

「前言撤回。それがあったら流石に驚く」


 緊張感にも慣れてきてズイズイと進んで行くと、少し広い空間が見えた。ダンジョンは巨大なアリの巣のような構造になっているため、このような広間はほぼ確実にモンスターがいる。


 四人は改めて隊列を組みなおし、ゆっくりと近づいていく。


「なんだ?」

「あれって……」


 ハルトとリスティが覗く先には、頭にアンテナのような葉っぱが揺れている球根型モンスター。ピョンピョンと跳ねながら移動する姿は、その周囲にいるモンスターよりも圧倒的に安全そうに見える。


「……かわいい」

「可愛いか? 琥珀って変な趣味してるな」

「変な趣味じゃありません。かわいいです」

「うーん……?」


 球根型のモンスターは、確かにシルエットだけで見ればマスコットらしいけれど、植物の生々しい感じがどうにも気味悪いとハルトには感じてしまう。


 しばらく観察をしていると、おもむろに飛鳥がハルトとリスティの前に出て銃を構えた。


「【エンチャント・サイレンス】」


 そんなことを呟くと、彼女の手に持っているハンドガンの銃口付近に黒い円筒────サイレンサーが装着される。そのまま狙いを定め、


「あっ」


 パシュっと空気の抜けたような音が鳴り、その先にいた球根型モンスターが途端にビクッと震えた後に消滅。対象の沈黙を確認した飛鳥は銃をホルスターに仕舞った。


「な、何してるんですか!?」

「何って、あれは結構面倒なモンスターだからバレる前に倒しただけですよ────レアドロップは無いみたいっスね。あんまり見ないモンスターだから期待してたのに……」

「その面倒なモンスターってのはどういう意味だ?」

「《アラートマンドラゴラ》。ボクがソロ攻略は無理だって感じた一番大きな要素だよ」


 リスティの言葉に飛鳥は首肯し、説明を続けた。


「あれはプレイヤーを発見したら即座に叫び声をあげて、周囲にモンスターを集めるんです。バレる前に遠距離攻撃を仕掛けても、消える直前にも叫びます」

「じゃあ今のはどうやったんですか?」


 飛鳥の言葉が正しければ、さっき彼女がアラートマンドラゴラを倒した際にも叫んでいたはず。それなのにアラートマンドラゴラは一切の声を出さないどころか、周囲のモンスターにも気取られないほど無音で消滅した。


「多分、発声器官だよね」

「ご名答っス」


 リスティの答えに飛鳥が指を鳴らす。


「あのモンスターは眉間にある小さな穴から、その付近にある袋状の器官に溜めた空気を出すと同時に発声するんだ。でも飛鳥はその穴に弾丸を撃ち込んで……」

「──空気を抜いた!」


 無言で頷く飛鳥を見て、ハルトは自分で言ったことを、しかし信じられないと疑った。モンスターまでの距離は十メートルほどで、ダンジョン内は薄暗く、アラートマンドラゴラの眉間の穴など見えていなかったはず。もしもそれを本当に実現したなら、いわば神業とも言ってもいい射撃だ。


「そんな、たかがゲームのモンスターに器官とか……」

「あるよ。ほとんどの生物モンスターは内臓からしっかり設定されているから、倒し方によってはこういうことも可能…………まあ、狙ってできることじゃないけどね」

「慣れれば簡単ですよ」


 当たり前のようにそう説明する朱鳥だが、まだゲームが発売してから一ケ月間ほどしか経っていない。ハルトは彼女が天才であることを再認識し、改めて広間を見据えた。


 こちらに気付いた様子もなく、中をウロウロ徘徊する《コボルト》が数体。犬にも似た醜い顔に身長は一メートルほどで、手には棍棒を携えている人型モンスターだ。一体ずつであればウルフよりも対処がしやすいが、基本的に数体で固まって行動しているのでソロだとやりづらい。


「それじゃあまず俺とリスティが奥まで走って奴らの注意を引くから、二人は背後から奇襲してくれ」

「分かりました。じゃあ琥珀さ──」


 ハルトの作戦に同意し後方に戻ろうとした飛鳥は、目を見開いたまま静止した。


「どうした、あす────っ!?」

「…………へ?」


 飛鳥の様子を訝しんだハルトが振り向くと、そこには状況を理解してなくキョトンとした琥珀の姿。そしてその背後の壁から、たった今出現した────アラートマンドラゴラ。


 急いで眉間に攻撃をしようとした飛鳥とハルトであったが、少しばかり遅い。琥珀が二人の視線と異変に気がついて振り返った瞬間、激しい鳴き声が響き渡った。



『ピィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!』



 マイクのハウリング音のような、耳をつんざくハイピッチの咆哮。耳を押さえながら飛鳥が銃撃によって沈黙させるが、時既に遅し。四人を取り囲む通路の壁が幾つも隆起し、生成されるようにしてコボルトが大量に出現した。


「ここだとマズいです! 早く広間の方へ! 急いで!」


 低い唸り声と共に追いかけてくるコボルトを牽制しながら、ハルトたちは広間の中心に背中を預け合うようにして固まった。程なくして数十体のコボルトが四人を囲み、今か今かと襲撃の機会をうかがい始めた。


「な、なんかすごい出てきました」

「まさかレアモンスターのマンドラゴラが二連続で出るなんて……。このままツーマンセルでいいかな?」

「はい。隙が出来たら私が合図と同時に逃げ道を作るので、それまで耐えてください────来ますよ!」


 飛鳥の声に呼応するように、コボルトが数体襲い掛かる。ハルトは長剣でそれを受け止め、右足で蹴り飛ばした。


「待ってても仕方ない。まず数を減らすよ!」

「わかった!」


 ハルトは【アサルトスタンス】──自身の攻撃力と防御力を上昇させるスキルを発動し、リスティと共にコボルトの集団に斬りかかる。背後は片方が守っていると信じて、三方から止めどなく襲ってくる棍棒の対処に神経を注いだ。


 幸いなことにコボルトはとても頭が悪い。彼らの身長の半分くらいの大きさの棍棒は身の丈に合っておらず、プレイヤーに一撃を見舞うのには少しばかり時間がかかる。ハルトはそんな硬直時間にがら空きになった腹を横に斬りつけ、一撃でコボルトを次々と倒していった。


「ぅぐっ!?」


 それでも圧倒的な数の前では、どうしても手が回りきらない。

 本来であれば振るまでが遅すぎて当たるはずのない攻撃も、複数で同時に始められては倒しきれず直撃を受けてしまう。遅い代わりに棍棒によるノックバックは大きく、一撃食らって体勢を崩したハルトへ次々に追撃が見舞われる。


「ハルト大丈夫!?」

「問題……ない……っ」


 そう強がっても、殴打の連続を捌ききれずに膝をつきそうになる。歯を食いしばって何とか体勢を立て直そうと全身に力を込めると、視界の端にテキストが表示された。


「【練気功】!」


 表示された文字をそのまま読み上げると、彼の全身を光が包んだ。すると減っていくばかりだったHPゲージが僅かに回復し、それと同時に棍棒による衝撃が和らいでいくのを感じる。


(継続微回復と怯み耐性バフを付与するスキルか! これなら……!)


 さっきまで殴打攻撃による怯みの連続で反撃できなかったハルトだったが、その耐性を手にしたことで形勢が逆転した。避けきれないと踏んだ攻撃はあえてその身に受け、確実に数を減らしていくことだけを意識する。減ったHPは先ほど習得した【練気功】や回復アイテムで補えば、少なくともやられることはなかった。


 ある程度数を減らしたつもりだったが、それと同じくらいのペースで次々にコボルトが湧いて出てくる。それでも余裕が出たことに変わりは無かったので、危惧していたもう片方のペア────飛鳥と琥珀の方を見た。


「…………っ!」


 ただただ凄まじかった。寝る間も惜しみ、このゲームをハルトの数倍の時間プレイしているゲーマー飛鳥はともかく、驚くべきは琥珀の動き。 コボルトの間を縫うように駆け回り、すれ違いざまに首を斬り落としていく姿は、まるで暗殺者と呼ぶに相応しいものだった。コボルトは隣で仲間が倒れていく様を見て敵を探すも、その数瞬後には自らが同じ目に遭う。圧倒的な速度に姿を捉えることすら敵わず、ただ不可視の襲撃者目掛けて闇雲に棍棒を振るうだけ。


 一方の飛鳥も危なげなく、涼しい顔でコボルトの集団をあしらっている。大幅なレベル差がついていることに加え、正確無比な銃捌きで接近してくる敵の頭を撃ち抜く。それでも対応しきれない背後からの襲撃は腰のサバイバルナイフで一閃と、この二人だけならここで永遠にレベリングできるのではと考えてしまうほどだ。


 すると飛鳥がコボルトを牽制しつつハルトとリスティに近づいた。


「はあ……ダメですね。やっぱりこの部屋にいる限りは無限に湧いてしまいます。レベリングには最適ですが、流石に疲れますし、銃弾も無限じゃありません」

「じゃあどうするんだ?」

「もうだいぶ数も減りましたし、そろそろやりますか────琥珀さん!」


 飛鳥が呼ぶと、駆け回っていた琥珀が即座に合流する。


「んっ」

「それじゃあ少し危ないので、衝撃に備えてくださいね。ほらリスティさんも。センパイの背中だけは守ってあげましょう」

「……あ、そゆことね。おっけー」

「え、ちょっお前ら俺の背中に隠れてどうした? 何かあるなら俺も備えたいんだが」

「大丈夫ですよー…………多分」

「おい!」


 飛鳥が何かゴソゴソしているが、前から来る敵はハルト一人で相手しているため確認することができない。


「何してるか知らないけどまだですかね!?」

「あ、やっと見つけました────ていっ」

「へ?」


 軽い掛け声と共にハルトの背後から前方へと投げ込まれたのは、黒い塊。弧を描くようにして投擲されたソレは、何事もなくコボルト達の足元に着地した。どこか見覚えのあるパイナップルみたいな形で、小さく黒い。それはまるで──────。


「────手榴弾!?」


 ゲームなどでよく見られる手投げの小型爆弾。それが着地した場所はハルトが立っている前方約十メートル先で、急いで後退しようとするも、彼の後ろに隠れた三人が背中を掴んでいたため身動きが取れなかった。


 とどのつまり、盾である。


「覚えてろお前らあああああああああああああ!!」






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