ジリリリリリリリリリリリ!
「うるせぇなぁ......もう少し寝かせてくれよ」
そんなことを言っても時計が気を利かせてくれるわけもなく音は止むどころか大きくなっていく(気がする)。
しょうがないから起きるかね。
「はいはい、おきましたよーっと。」
そうしてぼんやりした頭で時計を見ると針は八時二十分を指していた。
ちなみに今日は学校の始業式、俺が高校二年になって初めての登校日だ。
「あぁ~......ってえ!?寝坊したああああああああ!!!!!」
やばいやばい始業式だってのによりによって寝坊しちまうなんて!
こんなことなら昨日積んでたゲームの消化なんてやってるんじゃなかった!!
......なんてな
「うおぉ!このままじゃ遅刻だ!!」
バタバタと着替えを済まし、朝の大事な挨拶もそこそこに家を飛び出す。
だが、慌ただしいのは行動だけだ。俺は全く焦っていない、それどころか落ち着いていると言っても差し支えないだろう。
「いってきまーす!」
ふぅ......俺は確かに遅刻しそうになってるしこのままじゃ確実に遅刻するだろう。
だが何故こんなにも落ち着いていられるのか?
それは簡単、この一連の流れはラブコメでありがちなシチュを完全再現するためだからだ。
俺は形から入るタイプなんでね、こういうシチュで美少女とごっつんこするために敢えて遅刻しているのさ!!
......ちなみに去年もやった。生活指導員の先生に死ぬほど怒られた。
「うぉぉおおおお!!やばいやばい!!」
全力疾走で声を荒げながら走る。周りから見たら完全に変人のソレだが美少女と奇跡的な出会いを果たすためなら俺はなんだってやるぞ!
「遅刻遅刻~」
俺は手をフリフリさせ、今年こそは美少女とぶつかるぞ!と意気込んでいた。
もはやただの当たりやだなとふと思ったが、不幸にも止めてくれるような奴は周りにはいなかった。
◇
そうして走ってると俺が目指していた所に近づく。
(きた......ッ!)
住宅街の中、非常に入り組んでおり道もそこまで広くない。そしてそこの曲がり角にこそ俺が用のあった場所だ。
ここが俺が長年生きて見つけ出した『美少女激突!ラブコメ地帯』だ!
......名前があれなのは無視して、
「やばいいいいいいい!!!」
さきほどまでより更に大きな、大げさな演技で叫ぶ。大きく叫びすぎてぶつかるはずだった美少女に気づかれたのでは?と思ったが後の祭りである。俺は無我夢中で走った。すると、
「......。」
目指していた曲がり角、そこからきれいな金髪がなびいている。よく見れば、顔も覗かせてこちらの事を伺っているようだ。
「なんだ?」
思わず足を止める。いやその、うん。いくらぶつかりたいって思っていても本当にぶつかっちゃったら相手に申し訳ないしね。うん。
ともかく止めた足をゆっくり動かしそこに近付いていく。
「......。」
なんだこの人......俺が言うのもなんだけどすっげぇ変だぞ。不審者なのかな。女の子って男に見られているときこんな思いしてんのかな。今までごめんな。
なんて意味のないことを思いながらその人との距離が近くなってくる。学校に行くためにはここを通らなきゃならないしなぁ。
少し鼓動が速くなる。さっきまではトキめきに胸躍らせていたからだが、今は不安でいっぱいだ。
「あ、ざーす......」
なんか無視するのも忍びないし、曖昧な返事をして通り過ぎようとしたその時!
「あなたに決めた!」
バッ!とそいつが飛び出して俺の前に立ちふさがった。
やだ怖いこの子......俺ゲットされちゃうの?
そいつは金髪碧眼の美少女だった。俺が美少女っていうんだから間違いない、美少女だ。でもそんなことより今はもっと別に気にしなくちゃいけないことがある。
「はぃ?なにか御用でしょうか......。」
......よくよく彼女の手を見ると、なにかバールのようなものを握っていた。おいおいおいおいしゃれになんねぇぞ。
「あの、あなた、ぇ」
じりじりと彼女が間合いを詰めてくる。何されるんだ......?俺はまだ青春を謳歌してないし、ラブコメとか物語はじめで重要な自分語りすらしてないんだぞ!
「あなたに決めたぁ!!」
「ひぃ!!?」
さっき聞いたって!!ていうか何を決められたんだよ!?美少女が俺を追いかけてくる。普段なら泣いて喜ぶシチュエーションだが実際襲われているとなると別だ!
さっきまでの全力疾走のせいで体がだるいが無理矢理走らせる。
「待ってえええええええ!!」
女が追いかけてくる。あぁ、こんなことならもっと真面目に生きるべきだった。あぁ、なんか走馬灯みたいなものが見えてきた......
『お前はいつも女のケツばっか追い回しているが何が楽しいんだ?』
時は放課後、親友の田中と俺が話している。
『ばーか、俺が追ってんのはケツじゃなくて美少女だよ。』
『結局一緒だろう』
『ほんと、女に興味がないんだな田中は。』
『ないはずはない。俺も男だ。
ただお前ほど固執する理由というものが分からん。』
『美少女に何かしたりされるのに理由なんていらないんだ!俺は美少女になら殺されてもいい!!』
その後も俺たちは何かを話しているが、そこで走馬灯は終わった。
「あなたに決めたのおおおおおぉぉぉぉぉおおぉぉ!!」
こいつに追いかけられて一つ気づいたことがある。
「ごめん田中ァ!やっぱ美少女でも殺されるのは普通に怖いわ!」
俺はほとんど逃げるのを諦めていた。だからせめて最後に田中に届くように全力で叫ぶ。
「追いついたぁぁぁぁぁぁああああ!!」
あぁ......神よ、私が間違っていました。地獄でしっかり罪を償います。
そんな事を思いながら俺も最後の力を振り絞る。
俺はたった今、生を諦めたが性はまだ諦めちゃいねぇ!!
「最後に一矢報いてやるぅ!」
俺が美少女の胸に手を伸ばす!試合に負けて勝負に勝った!!
「えいっ!」
ガン!!
健闘空しく俺の腕は空を切った。
(ここで終わりか......。)
どんどん気が遠くなっていく。
(来世は......イケメンパリピに生まれ変わりてぇなぁ。)
薄れゆく意識の中最後までそんなことを考えている自分を心の中で笑った。
◇
「いててて......あれ?俺死んだはずじゃ......。」
俺は見知らぬ場所で目を覚ました。あたりは真っ暗でなにもない。まさか誘拐か!!?あの女が俺をここにつれてきたのか!!?
「よく来ました。三笠誠司。」
カツーンカツーンという音と透き通った声が聞こえてくる。俺は声が来た方向に目をやる。
「あなたには異世界に転生し、そこにいる魔王軍を討伐してもらうためにここに呼び寄せました。」
俺に会うなりその女はそう言った。
俺が異世界転生?それってチート能力が貰えて、ハーレム築いてうはうはする奴か?というかそれよりもっと気になることがある。
「あなたには物凄く貴重なスキルを与えて―
「ちょっと待て!!」
俺は目の前の女をじっと見る。美しい金髪に透き通った青色をした目で顔もとてつもなく美しい......そして手元には血の付いたバールのようなものが。
「いやアンタだろ!!俺殺したの!!?」
「えっ!は、はぁ!?どこにそんな証拠があるってのよ!!証拠あるんなら出しなさいよホラ!」
推理ドラマとかで見る最後まで悪あがきする犯人みたいな事言いだした。
「その手に持ってるやつはなんだよ。」
「あ。」
あ。って。いくらなんでもお粗末が過ぎるだろ。
「これはその~料理してる時にケチャップが飛び散っちゃって。」
「料理にバールのようなもの使うわけないだろ!」
女がてへぺろっと可愛くウインクする。正直可愛いと思ったが問題はそこじゃない。
「なんで俺を殺したんだよ!」
「殺してないです~。転生させるためにこれで殴ったら君が勝手に血を流してぶっ倒れた
だけです~。」
「それを殺したっていうんだよ、おバカ!」
なにこれ女神っぽいポジションなのに倫理観が著しく欠如してないか?
「ま、それはともかくね。」
ともかくで流されるんだ、俺の死って......
「あなたには異世界に転生して魔王討伐に協力してほしいから〝ちょっと手荒に〟ここに呼び寄せたのよ。」
「ちょっとて......」
「ただ安心して!私たちの提供する転生は非常に好条件!現実世界も異世界も言ったり来たりできるの!!」
「行ったり来たり?」
嘘くさい通販番組の宣伝みたいな喋り方だなこいつ。
「そう!だからあなたは異世界に行ったきりじゃなくて、現実での素敵な学園生活を謳歌する事も出来るの!
分かる?しかも異世界でのスキルを持ったまま!」
「へぇ、そりゃぁいいや」
「でしょ!だから死んだことはマイナスじゃないよ!てかむしろプラスじゃん!よかったよかった。」
「殺されたことはよかねーよ!」
いや結果生きてるから良かったけど、あれはただの恐怖体験でしかなかったからな?
女が目の前で頭を地面にこすりつけている。
「すみませんでした......今度殺る時はきちんと許可をとります。」
「反省してねぇなてめぇ。」
「てかさっきからてめぇとかアンタって何!?失礼じゃないの!」
「いや人殺すやつに言われたくねえし!?」
「私は女神、女神のティア。以後よろしく。」
え~やだ~無視なの~?しかもすっごい淡白な自己紹介~。
最近の女神って怖いわ~。
「へいへい......ところでなんで俺が選ばれたんだよ?」
もうこいつの常識外れな発言は気にしないことにして......俺は一番気になっていたことを聞いた。なぜその転生に俺が選ばれたかだ。もしかして俺の一族が勇者の血を秘めてたりなにかとてつもない運命を背負っていたとか!
「え?マイナンバー適当に打ち込んでだけど。」
......。
「いや、ひどすぎない!?てか俺まだマイナンバー発行してもらいに行ってないんだけど!!?」
「あなたが将来使うことになるナンバーを打ち込んだってこと。」
「なんで見つける過程の方がすごいんだよ!」
俺に特別な血筋なんてなかったんだ......でも運はあったのかもな。
こんな女神に見つけられる悪運がな!
「そんなら誰でも良かったんじゃん......。」
「そうとも言う。」
ティアがどや顔でいう。可愛かった、でも滅茶苦茶腹が立った。
「もうなんでもいいわ!さっさと俺を異世界なり現実世界なりに飛ばしてくれ!!」
「え~もう?もっと話してたいのに。」
美少女からもっと話したいと言われるのは光栄なことだが俺は一刻も早くこの場から離れたかった。この馬鹿からも。
「まぁしょうがないか。それじゃあ始めるね。」
ティアが何かを呟くと足元が淡く発光しその刹那複雑な魔方陣が描かれる。
「うぉ」
今更ながら現実味のないこの状態に驚きはしたが、すぐに慣れた。
魔方陣は徐々に複雑化していきかなり広い範囲に展開している。そしてティアが口を開いた。
「三笠誠司、世界を救うものよ。汝にはこれより過酷な試練と様々な強敵との戦いが待っているでしょう。貴方という人間一人如きに異世界を救う使命を果たせるかは甚だ疑問ですがそれでも私は信じています。
その地と貴方に祝福がありますように。女神ティアは貴方に救いを授けます。
平和と正義のために。」
ちょっと疑問符が浮かぶことを言ったような気もしたが、俺は目の前の美少女にくぎ付けになっていた。
すらりと伸びた手足に整った顔。スタイルだって非常に良い。ただ少しだけ残尿感みたいなものもある。すごくきれいなのにお馬鹿さん(オブラート)というかなんというか。
(性格って大事だなぁ。)
俺はしみじみ思った。
「私はいつでもあなたを見守っています。それではどうか気を付けて、ご武運を。」
俺の視界が徐々に明るくなっていく。魔方陣が強く輝いているからだ。
そうして完全にティアの顔が見えなくなる頃、本日二回目俺の意識がぷっつり途絶えた。
誤字脱字等あればご指摘お願いいたします。
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