「お前は実際に殺されかけていないから、そんな事が言えるんだよ」
と、睨み付けながら俺。
「ふざけんなよ? あの六条さんがそんな事する訳ねぇだろ!」
と、青筋を立てながら神童。
その確信が何処から来るのか是非教えて欲しいモノだ。
「大体、お前六条さんに何したんだよ? 戻って来ないしよ」
はんにゃの如き形相で睨み付けて来る神童の一言で、俺は未だ暗幕に包まれているであろう六条れいんの姿を頭の中に思い描いた。
けっ、ざまぁねぇな。
「早退でもしたんじゃねぇか? 知るか、あんな奴」
俺はその一言だけで一蹴。
ガルル……と、今にも飛び掛かってきそうなライオンのように神童は唸ってる。今にも取っ組み合いに発展しそうな空気だが、俺はソレを相手にせず、自分の席へと向かって歩き出す。
そして机の脇に掛けた鞄を拾い上げた時、
「あ、六条さ~ん♪」
と言う、一瞬にしてキャラの変わった神童の間の抜けた声が俺の行動を静止させた。
思わずクラスメイトの視線が入口に立つその人物に一点集中する。俺もその一人だ。
誰かって? 今神童が口にした他ならぬ六条れいんだコノヤロー。
「六条さん大丈夫か!? あの馬鹿に何かされたんなら言ってくれ!? 俺が二度と馬鹿な真似出来ないような体にしてやるからよ!」
と、神童は六条に下心丸見えな微笑を向けながらそんな事を言っている。
「……? ありがとう」
対する六条のこの白々しい態度よ。
俺は電車の中に置いてあった、あからさまな危険物を見るかのような目で、六条を睨み付ける。
六条もそれに気付き、俺を見返した。あの光の無い無機質な瞳で。
「ほ……ほらほら、作業よ作業! 皆各自の作業に戻って! さぁ黒霧くんも椅子! 椅子を持ってきて!」
教室内の険悪なムードに危険を感じたのか、佐久間が仲介に入って来た。
さすが会長と褒めてやりたいが、さっきから開口する度に椅子って単語ばっかりじゃねぇか。何なんだコイツは。
しかし、まだこの問題は解決していないがここらが潮時だろう。
俺は手に取った鞄を担ぐように持つと、散り散りになったクラスメイト達の間を縫って、神童の殺気を帯びた視線を背中に感じながら教室を後にした。
「ちょっと黒霧くん、鞄なんて持ってどうするのよ!?」
「うるせぇな、帰るんだよ」
俺は足を止めることもせず会長に言い放ち、無言で歩いて行く。
警察と言いクラスの連中と言い、どいつもこいつも俺の言う事なんてコレっぽっちも信じようとしない。
アイツは本気だった。マジで殺されそうになったんだ。
下手したら本当に死んでいただろうよ?
やっとの思いで生き延びてみたらこの仕打ちだ。
文化祭の準備だ? あんな事の後でそんな気分になれるかってんだよ。
「忍……」
が、背中に浴びせられた咲羅の小さな声に、俺は思わず足を止めた。
それでも立ち止まったまま振り向きはしない。
「忍が言ったことを信じない訳じゃないよ? 六条さんと何かあったのは本当かもしれないけど……でも、さっきの言い方はヒドいと思う……」
「あ~あ、どうせお前も信じてないんだろうが。狼少年の気持ちが痛い程判ったぜ。全くよ」
さっき咲羅が俺に向けたあの目を忘れた訳じゃない。俺とてなかなかにショックだったんだ。
「……」
自分から声をかけておいて咲羅は完全に黙り込んだ。
別に誰も信じないのならそれでいい。
俺の中でも僅かではあるが覚悟がまとまりつつある。
六条がこの学校に在籍する限り、俺はまた命を狙われる事になるかもしれない。
アイツの標的は他の誰でもない。何故か、この俺なのだ。
既に一度殺られそうになったし、仕返しと言う名目でかましてやった蹴りから余計な恨みまで買ってしまったかも知れない。
ここまで来れば最初の標的が俺に決定され、それが揺るぎないモノになっていたって納得できる。
今となっては、調子に乗って蹴りなんて入れなければ良かったと後悔すらしてしまう程だ。
だけど俺とて、
「殺させて?」
「あいよ」
なんて、そう易々と殺させない。
全身全霊をかけてソレを拒絶するくらいの権利は持ち合わせているはずなのだ。
それが例え、相手が無差別殺人鬼であろうとだ。
だから何がなんでも、例え刺し違えてでも六条の奇行を阻止し、誰でもいい、味方を作って動かぬ証拠と共に警察に突き出してやる。
もう信じもしてくれない俺以外の誰が犠牲になろうと構わない。どんなに汚い手を使ってでも絶対に生き延びてやる。
「咲羅」
「……ん?」
「お前を含めて皆が俺を信じなくてもいい。だけど、誰かが死んでから俺の言っていた事が本当だったと気付いても、その時じゃもう遅いからな」
敢えて振り向くことはせず言ってやる。
「忍……」
「俺は早退する。担任には適当に言っておいてくれ。奴なら特に詮索しないで認めてくれるだろ」
ああ、やってやるさ。
俺は死なない。殺されない。
たかだか殺人鬼紛いのバカが居るってだけの理由で、俺は学校を辞めたりしない。
もしココが戦場になろうとも普通に登校するし生き延びる。
俺がちゃんと学校に行って、普段通りの元気な姿をおじさん、おばさんに見せる。
それだけが俺を引き取ってまで育ててくれた二人への、せめてもの恩返しだと思うのだから。
◇
時間と言うものは否応なしに進んで行くもので、俺が帰宅してから特にすることもなく、ただ自室でボーッと過ごしていただけで、もうおばさんの帰宅時間になっていた。
さて、俺もそろそろ行動を起こすとしようかね。
「おばさん」
「あら、どうしたの? ご飯ならまだだけど……」
おばさんは居間で一息ついている最中だった。仕事が大変だったのか、さすがのおばさんも今日は疲れが顔に出ている。
「腹は減ってないよ。外の物置の鍵ってどこにあるかな?」
「物置?」
「そっ。ちょっとばかし探し物をしててさ」
「物置に忍の物はしまってないはずだけど……」
おばさんが小鳥のように首を小さく傾ける。
「いや、学校で神童と同好会を立ち上げる事になってさ。その道具があるんじゃないかと思って」
我ながら咄嗟の嘘と言うものが上手いと思わず思ってしまう。
同好会なんて建て前にすぎない。対六条用の武器を探すタメに物置の物色が必要なのだ。
物置になら鎌なり何なり、武器になりそうな物があるはずだと考えての行動だった。
「ふぅん。まぁ終わったら返してね?」
「サンキュー」
鍵を受け取り適当にサンダルを履いて外に出る。
いつの間にか雨は止んでいたが、空は相変わらず分厚い灰色の雲に覆われていた。
もう日没も近い。暗くなる前にこの作業だけは終わりにしておきたかった。
ガララ────
錆び付いた引き戸が不気味な音を立てる。物置の中は錆びたようなカビたような、異臭に満ちていた。
ちくしょう、クサい。
鼻を摘み、顔を歪めながら中へ入る。
ちょっと踏み入れただけなのに俺の行く手を阻むように舞う埃達。
くそっ、ちゃんと掃除くらいしようぜ、おばさん、おじさん。物置はゴミ置き場じゃないんだぞ。
しかし埃っぽい物置内を見た所で、これと言って良さそうな物は無い。
「むぅ……」
八つ当たりと言う訳ではないが、適当に目に付いたパイプを力任せに引っ張り出した。
ドサドサッ。
「────のあっ!?」
引っ張り出したソレが引き金となり、無造作に積まれていた品々がけたたましい音を立てて俺の上に崩れ落ちた。
しかし、例え崩れ落ちたビニールや正体不明の物体にこの身を下敷きにされようと、俺の手は握ったソレを放さない。
確かな手触りだったからだ。
「……」
ざらついた感触。触っただけでも錆び付いているのが判った。
俺は体を起こして埃を払い、握ったソレに視線を移す。
パラソルに結合させるパイプだった。表面は感じた通りの錆び様で、もう何年も使っていないのだろう。
無論、俺自身も黒霧家に来て4年経つが、これがパラソルの形を成している所など一度も目にした事がない。
即、役不足だと悟った。こんなモノで六条に太刀打ちできる程、アイツの持つ刀の切れ味が悪いとは思えなかったからな。
「くそっ、他に何かないのか他に……」
パイプを手放す。
と、何かが俺の鼓膜を刺激した。
確かに聞こえたのだ。金属と金属がぶつかり合う、あの独特な不協和音のような音が。
視線を足下に落とす。
「────」
思わず生唾を飲み込んだ。
さっき俺の上に崩れ落ちたモノの中に、それはあったのだ。
俺に一番肉体的ダメージを与えた謎の巨大革袋だ。いや、袋と言うよりは鞄だろう。
その鞄からはみ出すソレが、怪しい光を放っていた。
あたかも俺に使えとでも言うかのように。
俺はそいつを埃まみれの鞄から引っ張り出した。僅かな振動で鞄からは埃が舞うが、今は気にもならない。
取り出したソレの全貌はスラッと長く、細く、それでいて重量は充分で武器として申し分無い代物だった。
怪しい光沢を放つソレ。
それは鉄の装備を施した一本のゴルフクラブだった。
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