「失礼するわ」
ううう嘘だよね? なんで六条がうちに!?
部屋に入り込むなりバタムとドアを閉める六条。
次ぐ、カチャリと言う鍵をかける音は、オマケにしては充分すぎた。
これでドアを開けて逃げるにしても、タイムロスが生じる訳だ。その隙に殺るって事かよ。
「改めまして、こんばんは」
礼儀正しくされたって困る。こっちは一体どんな顔をすればええねん。
畜生、何より六条の格好が気になって仕方が無いぞ。ローブの時と言いコスプレマニアだったのか、こいつは?
しかし見れば見る程に奇抜な格好である。
白い服の腹の部分をガチガチに固める鋲だらけのベルト。スカートと言っていいのか判らないくらいに短いスカート。そして太股までに伸びるニーハイ (だっけか?)。
色っぽいことは色っぽいのだが、この格好でいる意図が全く判らない。さっき考えた通りこいつなりの戦闘衣装なのか、それとも私服なのか趣味なのか。
今はそんな事はどうでも良かった。
それよりも、突然六条の手元から発生した目を覆いたくなる程の光。それから目を庇う方が、俺には先決だったのだから。
光がおさまると、六条の手の内にはあの忌々しい刀が姿を現した。どういう仕掛けだよ?
「何故ここが判った」
「この家から出ていたから」
「何が……」
「あなたの波長が」
またか、また波長か。
「まだ俺の吸血鬼ネタを引きずってんのか、お前は!?」
「あなた達吸血鬼を滅却するのが私達の役目だから」
やはり漫画の見過ぎだ。
それに私達って、こいつみたいなのが他にも居るってのかよ。迷惑な事山の如しだな。
六条が刀を握る手に力を込めた。
「てゆうか、あなた達って事は俺の他にも吸血鬼がいるってのか?」
まずは会話だ。俺はこの状況下、無い頭を振り絞ってそう言う結論に至った。
少々腑に落ちないが、こいつは自分の好きなネタでなら多少の会話をしてくれる事が視聴覚室での一件で判っている。
俺が吸血鬼前提で話を進めるのは腑に落ちない所があるが、今はこいつの好きな話に付き合って油断させてやろう。
そうして一瞬の隙が生じた所をゴルフクラブで仕留める。
俺ならやれる。多分絶対。
「いる」
「どれぐらいよ?」
「たくさん」
六条は相変わらず子リスのように口を小さく動かし、簡潔に答えた。
「たくさん居るんなら俺じゃなくても良いだろうが。他を当たれ、他を」
何人か殺っていれば、そのうちボロも出てくるだろうし、六条が警察にパクられる可能性も格段に上がる。時間の問題って奴よ?
俺が通報するよりも信憑性が高いだろうからな。
しかし六条は、
「ダメ」
「……なんでだよ」
最早呆れる事しかできない。そこまで執着する事じゃないだろ? やっぱり仕返しで蹴ったのがいけなかったのか? だったら謝るから、もうやめてくれないかな。
「あなたの波長は、この街のどの吸血鬼の波長と比較しても群を抜いて強いから。だから野放しにするのは危険」
「故に殺すって訳か」
六条は答えない。無言の肯定がそこにあった。
「じゃあ、もう一つ質問だ」
言いながら、俺も自分の体の変化に気がついた。
さっきまで震えていた手や足が、嘘みたいにピタリと治まったのだ。
今なら作戦通り、奴の隙を見て一気に攻撃に転じられる。あとは六条の隙を待つのみだ。
「お前が今までこの街で殺した人間も、みんな吸血鬼だったってのか……?」
すると、六条は初めてと言ってもいいだろう。僅かではあるが表情というモノを表に出した。
俺がそんな六条の表情をどうモノローグで言い表そうかと考えていると────
「あなたが初めて」
軽やかに口にした。
────え?
「この街で吸血鬼を滅却するのは、あなたが初めて」
「おいおい……それじゃぁ辻褄が合わないじゃないか?」
「何が」
「お前は今までこの街で起きていた殺人事件の犯人だろ? 俺が初めてって言ったら────」
刹那、六条が刀を振りかぶりながら宙を舞った。
待て待て! まだ俺の言葉の途中だろうが!?
「意味が判らない」
「う、うぉわぁああああ!?」
危険を察知した俺は普段なら恥ずかしくて絶対に出さないような悲鳴を上げながら後退した。
そんな中理解した。
もしかすると六条も俺と同じ考えだったのではないか、と。
俺が奴の隙を狙ったのと同じで、こいつも俺の隙を狙っていたのではないか?
会話で六条を油断させるつもりだったのに、体の震えが止まったくらいで安心して、逆に俺が隙を生んでしまうとは。我ながら情けない。
策士、策に溺れるとは正にこの事だ。
飛び退きながら勝手に解釈し、そのままベッドの上で見事にバランスを崩した。が、それが吉と出た。
ほんのコンマ単位の差で、俺の元居た場所は六条の刀の餌食となっていたのだ。あまりの紙一重さにびっくりして胃が口から飛び出るかと思った程だ。
六条の瞳がギョロリと動き、俺に照準を合わす。その瞳が次は外さないと警告する。
六条が布団から刀を引き抜くと同時に、裂け目から羽毛が飛び出し、高らかに舞った。
「て、てめぇ! マジで危なかったぞ!?」
「ちっ────」
舌打ちする六条。
こんな殺意に満ち溢れた人間見た事ねぇ。普通じゃねぇよ、こんなの。
しかし残念な事に、今の俺には感傷に浸る暇すらも与えてもらえない。
応戦すべく体勢を整えゴルフクラブを構え直したその時、
「忍ぅ?」
と、ドアの向こうからおばさんの声が耳に届いた。
何てことだと頭を抱えたい気分だ。この非常事態の中におばさんが来やがったのだ。
だがこっちは現在進行形でヤバい。
おばさんの言葉なんかに耳は貸さず、少しでも牽制しようと六条目掛けてクラブを振り下ろす。
駄菓子菓子、その場に六条はもう居ない。俺の振り下ろしたクラブは虚しく空を切るだけ。
何処に行ったのかと視線を泳がせている間に、六条の姿よりも先に刀の切っ先が俺の視界に飛び込んだ。
キン────
と響く甲高い不協和音。
俺のクラブと六条の刀が見事な十字を作り、鍔迫り合いの形となった。
足場の悪いベッドの上で抵抗する俺の方が分が悪いのは一目瞭然だ。
「忍、鍵なんて締めて何してるの? お茶持って来たわよ? バウムクーヘンが一個しかなかったから、忍はお煎餅で我慢してね」
「う、うるせぇぇえええええッ!! 茶も煎餅も変な気遣いもいらねぇから警察呼べ、警察ぅうううッ!!」
力負けしないように刀を押し返しながら、部屋の外へとがなり散らす。
「えっ……? えっ?」
畜生、ドアの前でお盆を持ったままオロオロしているおばさんの姿が手にとるように判る。
「息子の死活問題なんだよぉおおおお!! いいから警察を────」
チン、という軽やかな音と共に弾かれ、俺の体勢は再び崩された。
意識を余所に向けていたからとかそう言う次元じゃない。ただ純粋に、六条の力が凄いのだ。
一体こいつの小さな体の何処に、そんな腕力が秘められているのだろうか。
六条は黙ったまま間髪入れず、追い討ちと言わんばかりの横蹴りを俺に見舞った。
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