雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

猟奇殺人の起きる物騒な街

公開日時: 2020年10月15日(木) 21:01
文字数:3,421

 既に街全体を怯えさせる程にまでなったこの事件は、連日テレビや新聞でも大々的に取り上げられている。

 残された首に、獣に食いちぎられた様な痕が発見された事から『謎の殺人事件! 犯人は本当に人間か!?』なんていう見出しまで付けられる始末だ。


 ふざけた見出しだとは思うが、それもわからなくは無かった。

 なにせ、ここ2週間足らずで被害件数は11件にも上り、警察も目の色を変えて捜査をしている。

 その必死の捜査にも関わらず、犯人像等の証拠は依然として掴めないまま。


 更に被害者数は、日に日に上り詰める一方なのだ。

 警察の厚い捜査網を掻い潜りながら人を殺し、尚、現場に首だけを残す。

 いくら殺人犯に怯え、外に出る人間が少なくなったとは言え、それでも何らかの目的で、この街は常時たくさんの人間で溢れかえっている。

 こんな場所で、誰一人の目にも止まらず犯行を犯すなんて、本来不可能だろう。


 仮に体をバラして隠し持ち、それをどこかに置き去りにするとしても、やはり住宅街やらが無駄に多いこの街では不審者の目撃情報が出るとか、不審物として二日と経たず発見されてもおかしくない。


 そんな中、消えた体も見つからなければ不審者の目撃情報も皆無。街中で獣というのは考えにくいが、こうともなれば飼いの鵜の様に人間を丸呑みにできるとか、変な力を使える人外の類いしかないと思う。


 しかし、そんな悠長な考えができるのは余所事の場合だけだ。


 事件が起きているのは紛れも無く自分の街。


 そうなった以上、そんな事は思うだけで口にも出せない。

 おまけに咲羅の彼氏をやっているのなら、尚更、俺には彼女を無事に家まで送り届ける義務があるのだから。



 ジャンパーの袖にスルスルと手を通し、外に出る身支度を済ませる。


「ホントに帰んなきゃダメなのぉ? 外寒いしぃ……私何のタメに来たかわかんないじゃぁん」

「わかんないじゃぁん、じゃねぇ。別にプリントを届けに来たワケでもあるまいし」

「それなら、せめてもう少し暖まらせてよ? まだ体凍えてるんだからぁ」

「そんなに寒いんなら貸してやるから」

 俺はさっき着たジャンパーを脱ぎ、投げるように咲羅に手渡してやった。


 渡されたジャンパーに一瞬目を落としたかと思えば、またすぐに俺の顔を凝視し、

「……忍のバカぁ」


「はいはい、どうせバカですよ。とにかく着たら行くからな?」

 案の定、予想通りの答えで俺も返答に困る必要はなかった。


 機嫌を損ねて座り込む彼女を促すように、

「ほら、送ってくからよ……」

「むぅ……」

 なんて頬を膨らませながら、彼女は不満気に立ち上がった。



 ◇


 私、犬神咲羅が黒霧忍と話すようになったのは、ホントに偶然だったと思う。


 私達の通う学校は、進学校でも何でもない、ただの県立高校だ。

 周りの学校と比べれば偏差値は良くも悪くもなく、進学率も至って普通。

 その割に制服がかわいいだの、男子に比べて女子の割合が多い、だのの不純な同機で志望する人間も少なくはなく、意外にも倍率は高かった。

 そんな重苦しい空気の漂う、この学校の受験当日。


 筆記用具を忘れたから貸してくれないか、と一人の男子が声をかけて来た。

 それが、私と黒霧忍との最初の出会いだった。


 受験当日に筆記用具を忘れるなんて、信じられなかった。

 直前まで勉強をしていて、つい鞄に入れるのを忘れたのか。はたまた筆記用具なんか不要だろうと思って来たのか、私にはわからない。

 だが、鉛筆だけ忘れた。消ゴムだけ忘れたと言うのではない。全てを忘れたのだ。余程のバカか大物のどちらかだと思った。

 結局押し負けて、余分に持ってきておいた予備の鉛筆と消ゴムを貸した。


 それから彼はなついてしまったのか、休み時間の度に、当たり前の様に私の前に現れては“よし、頑張ろうな”と一言だけ残して笑顔で去って行く。

 

 受験が終わって、私の元には未使用だった角が使われた状態で消ゴムが返却された。

 

 その出会いが余程印象に残っていたのだろう。私の頭の中から、彼の名前が消える事はなかった。

 果てや、合格発表の日も自分の合格よりも彼の合格の方が気になった程だ。

 所詮、彼の受験番号を知らなかった私には、彼の合格を祈るしか無かったのだが……


 そんな感じで入学したら。


 たまたま、入学式に彼と昇降口ではち会い────


 たまたま、クラスが同じになって────



 たまたま、席が隣りになって────



 そんな偶然が幾度と無く度重なった結果、気付けば私は彼の数少ない女友達の一人になっていた、という訳だ。


 しかし改めて話してみれば、彼は口が悪く捻くれていて、考えはいつもクラスと相対的。

 行事もサボる、何ちゃってヤンキーの様な一面も持っている少年だと知った。

 時間が経てば経つ程、そんな彼を非難するクラスメイトの声も増えていく。


 そんな現状の中でも、彼はちゃんと自分の意見というモノを持っていた。

 嫌なモノは嫌と断り、受ける時は、きちんと受ける。

 あやふやなまま、大して自分の意志も尊重せず、流れに身を任せて生きてきた様な私。

 そんな私に比べれば、彼は全然しっかりしているのに……と、心の中では常にそう思っていたりもする。


 私としてもここまで気兼ねなく話せた男子は彼が初めてで、少し特別な思い入れがあったのかもしれないし、今思えばあんな偶然なんて無くても────


 私、犬神咲羅は初めて会ったあの時から、自分に無い何かを持った『黒霧忍』という一人の人間に惹かれていたのかもしれない。



「おい、人の話聞いてるかぁ?」

「あ……え?」

 突如耳に飛び込んだ彼の声に、私は慌てふためいた。


「おばさん達にちょっとコンビニ行ってくるって伝えて来るから、先に靴履いて待ってろって言ったんだよ」

「ああ……うん」

 私の反応を見るやクルッと踵を返し、忍は一足先に階段を降りて行く。


 本当はまだ帰りたくなんて無い。


 しかしそれも、私の事を思って言ってくれているのだから仕方がない────

 そう自分で自分に言い聞かせ、私も彼の後を追って階段を降りるコトにした。



 私が階段を降りて靴を履き終えると、それとほぼ同時に彼は玄関にやってきた。


「お待たせ。忘れ物は無いか?」

「うん。大丈夫だよ」

「あいよ」

 と、どこかぎこちない会話を交わし、忍の後に続いて私も外に出る。

 さっきまで降っていた雨は嘘みたいにピタリと止んでいて、濡れた路面は街灯の頼りない明かりを照り返していた。



 私と忍は、そんな綺麗ながら心細い道を歩いて行く。

 ポケットに手を突っ込んだまま私の先を歩く忍。私はソレに遅れをとらないようにペースを上げた。

 忍の隣りに並んで歩く。

 会話が無いのも嫌だから、適当に今日の学校での出来事を話す事にした。


「文化祭の準備、うちのクラスが一番遅れてるみたい」

「あのまとまりのないクラスじゃなぁ。こんなことなら、お化け屋敷なんて準備が面倒なもんにしなきゃ良かったな」


 イベント事そのものが好きじゃない忍は、どこか気乗りしていない様だった。それでも、今は猫の手でも借りなければ文化祭当日に間に合わない。

 だから私は敢えて意地悪そうに、

「まぁ明日は休みなんだしゆっくり休んで、月曜日はちゃんと来るようにね?」

 釘を刺してみた。


「ちっ……わぁったよ」

 彼は素っ気ない返事をした。けれど、私はそんな事は気にもしない。

 それはいつもと、何ら変わらぬ掛け合い、同じ流れなのだから。


 プン、と余所を向く彼の手を、私は不意打ちと言わんばかりにギュッと握り締める。

 最早何度もやっているコトだから、彼も分かってはいただろう。

 そうすると、忍は“なんだよ……”と、軽く顔を赤らめならが私の方へと振り向くのだ。

 その瞬間に彼も私の手を握り返す。


 冷たくなっていた忍の手。

 まるで捻くれ者の様に顔を背ける黒霧忍。


 やっぱりいつもと変わらない。

 私は、そんな素直じゃない子供じみた忍が大好きだった。

 確かに口が悪く、口八丁で、お世辞にも性格が良いとも言えない彼。

 でも、私のこの『好き』という感情に嘘は無い。

 私は心の底から彼の事が好きで、いつまでもこの幸せが続けばいいと、そう思うのだ。


 カラン────


 駅までの道程、T字路を右に曲がった途端突然耳に届いた物音に、私と忍は足を止めた。


 それと同時に、私から忍の手が離れて行く。ムードがぶち壊しだ、なんて考えは沸いてこない。

 ただ、街で起きている謎の怪奇殺人の事が脳裏に浮かんだからだろうか、確かな寒気が背筋に走るのを感じた。

 恐らく、ソレは彼も同じなのだろう。

 目の前に続く決してキツくは無い坂道。私と彼はその坂道の上を見据えて黙り込んだ。

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