雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

はじめてのランチタイム

公開日時: 2021年1月25日(月) 11:32
更新日時: 2021年1月29日(金) 18:32
文字数:4,688

11月1日(金)

 ◇


「眠そう」

 学校へと向かう道。俺の顔を覗き込みながら六条が言った。


「昨日はロクに寝てないからな。てゆうか俺の隣を歩くな。誰かに見られたらまた変な噂を流される」

「なんで寝てないの?」

「ボス吸血鬼を倒した際の願い事は何が良いか考えてたんだよ。そしたら朝になってた。それと隣を歩くな。誰かに見られたらまた変な噂を流されるって」

「最低。無報酬で働く事はできないの?」

「別に俺は頼んじゃいねぇ。葉月さんが勝手に言っただけだ。てか、隣を歩くなっての!! もう学校近いんだから、マジで!」


 学校はもう目と鼻の先だ。

 何故か俺は、六条と一緒に登校するハメになっていた。こんな所を知り合いにでも見られた日にゃ、何を言われるか判ったもんじゃない。


 結局、誰にも遭遇する事なく教室まで辿り着けたから結果オーライなのだが。



 そして、もうすぐ昼休みを控えた4時限目。

「皆、良く頑張ったわ! 私は皆はやれば出来る人達だと思ってた! 後は明日の文化祭をやりきるだけよ!」

「うぉおおおおおおッ!」

 佐久間のありがたいお言葉に、クラス一同が雄叫びをあげた。


 さすがの担任も目を丸くしながら、

「いやぁ、お前らがこんなに本格的なお化け屋敷を作るとはな。このお化けのお面なんて良く出来て────」

 べきっ。

「てめぇ担任! 何壊してやがる!」

「俺の名作に何してくれたぁあああああ!?」

「余計な作業増やすんじゃないわよ!!」

「いてて、蹴るな蹴るなぁあああ!」


 俺は生まれて初めて奇跡ってヤツを信じたね。

 あの学校一まとまりのないクラスと言われた我がクラスが協力し合い、一つの事を成し遂げたのだから。

 文化祭の前日にしてやっと、準備は遂に完成を迎えた。

 間に合ったのだ。これを奇跡と言わずして何と言う。


 昼休み、皆の表情は笑顔一色だった。普段はあまり仲の良くない連中も笑いながら談笑している。

 そんなウキウキ気分がこの男を動かしたのか、

「と言うわけでだ」

 無駄に瞳を輝かせながら、俺が言葉を発する前に、

「れいんちゅゎんを昼飯に誘おうと思うのだ」

「……」

 思わず固まる俺。コイツはまじで言ってるのか?

 その行動力には敬復するぞ、神童よ。



「れいんちゅゎ~ん♪ お昼一緒に食べないぃ?」

 軽快な足取りで六条の元へ駆ける神童。


 俺としては、六条とは学校に居る時まで関わりたくないというのが正直な所である。

 しかしあの無愛想な六条の返事は如何なるモノか。さすがの俺も、その答えくらいは気になった。


 そんな愛に飢える狂戦士に迫られた六条の答えは────



「……」


 やはりな。コイツはそう言う奴なんだよ。


 六条は神童の顔を見つめたまま不動。

 神童は長時間の見つめ合いにすっかり顔を赤くしている。何より無視されたショックからか口は開けっ放しだ。


「神童よ、残念だったな。いつも通り二人で食おうぜ」

 せめてもの同情として、そっと肩を叩いてやる。


「れいんちゅゎん……お昼……」

「……」

「……れいんちゅゎん」

 埒が明かん。とっとと神童の背中を押して視聴覚室へ連行しよう。

 行った所で愚痴を聞かされるだけになりそうだが。



「良い」


「は?」

「え?」

 かなりの時間差を要した六条の返事は、シャープペンの芯が折れるくらいの小さな声だった。あまりに予想外の返事に俺も神童も我が耳を疑わざるを得ない。


「私も行く」

 まじかよ!?


 既に六条は鞄を手にし、準備万端である。

 なんだかんだ言って、普段俺達がたむろする昼休みの視聴覚室に女子が来るのは初めてだ。


 咲羅は女子グループの付き合いから、いつもそっちで昼食をとっている訳だが、まさか初が六条になるとは。


 六条同伴が決定してからというもの、神童はすっかりご機嫌となりスキップなんてしながら俺達の前を行く。実に目障りだ。



「シノブ」


 視聴覚室へと向かう途中、六条は神童に聞かれたくない話なのか、小声で俺を呼んだ。

 学校では下の名前で呼ぶな、と言ってやりたいが、一体なんだ。


「何故彼はあんなに馴々しいの? 不愉快なこと山の如しだわ」


「そりゃぁ致し方ない事だ。目を瞑ってやれ」

 正直、驚きである。まだまともな会話を交わすようになって間もない俺達だが、あの六条がこんな率直に自分の意見を述べた事があっただろうか?

 否。これまた初めてだ。今日の六条は一体どうしたと言うのだ。


「てゆうか、お前が神童の誘いに乗るとはな。ノストラダムスでさえ予言出来なかっただろうよ」


「もしも彼と二人きりだったら断ってた」


 まじか。早速嫌われかけてるぞ、神童。態度を改めた方がいい。




「ところで、れいんちゅゎんは何処に住んでいるんだい?」

 視聴覚室で空き机を向かい合わせてとる昼食。神童は弁当を口に運びながら、六条への尋問を開始する。


 これから嵐のように襲い来るであろう質問一発目の六条の答えは、

「家」

 俺のな。それにアバウトすぎだ。


「いや、ははは、それは判るんだけどさ……どの辺に住んでるの?」

 六条の何ともぶっきらぼうな回答に耐える神童。ジャブは確実に効いている。


 一方の六条は窓の外を指さし、

「あっち」

 だからアバウト過ぎだっての。

 そんなに神童が嫌いかお前は。露骨すぎだ。


「れいんちゃん……俺達と飯食うのツマらない?」

「楽しい」

 ならもっと楽しそうにしろ。

 さすがの神童もどうしたもんかと黙っちまってるじゃねぇか。


「ん?」

 俯きながら何かを考え込んでいた神童が不意に声を上げた。

「れいんちゃんの弁当と忍の弁当……同じに見えるのは俺だけか?」


「────!?」


 言われて気がついた。と言うか思い出した。

 今日の朝、夕飯の残りのおかずを弁当箱に積める際、極貧女・六条の分の弁当も作ってやったことをな。

 正に『ついで』だったから、特に何も考えずにしてやったまでなのだが……

 久しぶりに気をきかせてみれば、この有り様だ。


 まさか六条と一緒に昼飯を食う事になるなんて考えもしなかったし、今日に限ってこの男が六条を誘うとも思わなかった。まさかまさかの不確定要素が多すぎだ。

 確かに見てみれば、俺と六条の弁当箱は色や形さえ違うモノの、盛り付け方からご飯の真ん中に梅干しが埋まっているのまで見事にお揃いである。

 これじゃあ誰が見ても同一人物が作ったと思われても仕方がない。


 正直に俺の家に六条が寄生する事なった、と打ち明けるしかないのか?

 いや、相手は美少女転校生・六条に異常なまでに恋焦がれる神童だ。

 この俺が六条と一つ屋根の下で暮らす事になった、なんて言ったら……


 うぅむ。考えただけでも恐ろすぃ。


「……」

 チラリと、無言で神童を盗み見る。

 神童は腕組みし、俺と六条の弁当箱を交互に見ながら、むむむ……なんて唸ってやがる。

 コイツって奴は、ホントどうでも良い時に目敏めざとい。

 とにかく今は何とかこの状況を打破する方法を考えねば。



「実は────」


 what's?

 今の台詞は俺じゃないぜ? まだ方法を考えてる真っ最中だっての。


 と言う事は……



「…………」

 六条だ。

 おいおい、コイツは自分が口ベタだと自負してないのか? 一体何を言う気だ。六条さんよ。


「実は……何なんだい? れいんちゃん」

 神童が不安げに問う。


 それに対し六条は、

「私と────」


 うぉぉぉい!? 何を言う気だい、れいんちゃん!?

 六条を見つめたまま思わず固まる俺。


「私と彼は────」

 れれれれいんちゃんんんんッ!?



 もの凄い形相の俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、六条は顔色一つ変えず、

「私と彼は一緒に暮らしている」

 言ってくれた。

 眉一つ動かさず、マジで言ってくれやがった!


「ななな何言ってんだ六条!? 俺はお前を家の中で見かけた事なんて一度も────」

「落ち着きなさい、シノブ。詳しくは後で話すわ」

 ピシャリと言い切る六条。気のせいかも知れないが、その言葉には妙な説得力さえ感じられる。


 何か手があるってのか?


 とは言っても、ここまで言っちまったら後に引き下がれるワケがない。ここは六条の話に合わせるしかないだろう。


「れいんちゃん。彼ってのは誰かな」

 と、神童はいつになくポーカーフェイスで質問する。同時に声のトーンは無駄に低い。しかし覇気がないのは何故だ?


 いや、俺はこのパターンを良く知っている。

 神童とは今まで何度となくケンカしてきた仲だ。だから俺には判る。

 いつもは温厚な神童がキレる前の、嵐の前の静けさ。まさにブチギレ五秒前の警報なのだと!


「六条まずい! 神童の奴マジでブチギレる五秒前だ!! こうなった神童は全盛期の広末○子をもってしても止められねぇ!」


 とにかく今は、六条に変な発言をさせる訳にはいかない。

 ここまで言って、あの神童が気づいてない訳がない。絶対に『彼』と言うのが俺だと確信しての質問だろう。

 おそらく六条が“彼=俺”だと言えば、神童はソレを事実として素直に受け止めるハズだ。そうなれば暴動に発展する可能性が高い。


 争いを避ける術は、六条が俺以外の名前を挙げればいいだけの話なん────



 ギュッと、突然何かが俺の制服の裾に引っかかった。


「あら?」

 なんと言うことか。

 引っかかったと言うか、六条の手が俺の制服を引っ張っているではないか。

 この六条の行動がどういう意味を持つのか、大方予想はつくのだが。


「彼」

 案の定、俺の予想通りに、六条は神童に見せ付けるかのように俺の手を取って、勝手に挙手させた。


 やっちまったな。こりゃ臨戦体勢に入るしかなさそうだ。キレた神童を黙らせるには、それ以上の力を持ってねじ伏せるしかないからな。


 六条の手を振り払い、立ち上がり身構え────


 あら。


「嘘だ嘘だ嘘だ……」

「し……神童?」

 神童の異変に、思わず構えたまま固まる俺。


「いや、現実から逃げちゃダメだな。判ってるさ」


 ……おーい?


「嗚呼……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」


 あまり見たくは無かったが、俺の目は確かにソレを捉えてしまった。

 虚空を見つめ、まるで念仏を唱えるかのように口を動かす神童の瞳から流れる一筋の泪を。

 んなアホな!?


「し、神童、実は俺と六条は双子でだな────」

「エンドウくん」

 俺のその場凌ぎの言い訳を遮って、遂に六条が動いた。


「……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」

「エンドウくん。聞いて」

「……れ、れいんちゅゎん。俺神童だよ? この物語に遠藤なんて出てこないよ?」

 遂に名前さえ間違えられた神童は面白いくらい生気の無い笑顔を浮かべながら、目から大粒の涙を流す。やめろ、みっともない。



「エンドウくん。私とシノブは、いとこなの」

「……そんなまさか? それはマジかぃ?」

 と、さも当然の反応を見せる神童。


 俺も神童と同じだ。六条との間に一切の打ち合わせ等は無い。

 だから六条の口からどんなアドリブが飛び出すか、俺も知らないのだ。



「マジよ。家庭の都合で一人こっちに来て、いとこである彼の家に住ませてもらう事になったの」

「でも忍は君がいとこだなんて一言も」

「私とシノブが最後に会ったのは小学校の低学年の時だから、覚えていなくても仕方ないわ。何より、長い年月を経て再会したシノブは昔の記憶を失ってしまっていた。これじゃあ初対面のような扱いをされても仕方ないわね」

「そうだったのか……」


 それらしいでっち上げをすっかり信じ込んだ神童。それは置いておくとして、問題は六条である。

 あの六条がこれほど見事に嘘を並べるとは、一体どういう事だ?


「私達のお弁当が同じだったのはそれが全ての理由よ。シノブがなかなか切り出さず、嫌な思いをさせてごめんなさい」

 言って、六条は頭を下げる。


「いやいや! れいんちゃんは悪くないって! だから頭を上げてくれ!!」

「そう言う訳だ、遠藤」

 一応筋は通る嘘だ。相槌を打っても問題はないだろう。


「てめぇ忍! お前に遠藤って言われる筋合いはないんだよ!」

 あ、俺にはキレるのね。

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