雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

吸血鬼

公開日時: 2020年10月22日(木) 18:29
文字数:2,970

 ソイツは床からおじさんの腕らしきモノをつまみ上げると、これ見よがしに大きく裂けた口を開き、飼いの鵜のように丸呑みした。



「……」

 いつの間にか六条が隣に居た。六条は何も言わず、静かに俺と同じモノをその瞳に映している。


 最早声なんか出せる状況ではない。実の親では無いとは言え、親同然の人間の死を目の当たりにしたのだ。

 それもただの殺人では無い。こんな現実離れした殺され方だ。



「ミツケタ……」

 と、血にまみれた口を手で拭いながら女殺人犯。

 見つけた? 何を?


 女が俺に向き直る。俺の体を上から下へと見定め、助走もなく疾走を始めた瞬間────



「ファッ!?」


 突如、何かに俺の腕が引かれた。

 女の猛スピードで伸ばされた手が、たった今俺のいた場所を掴む。危機一発である。


 そのまま俺の体は女を上回るスピードで、女との距離を開いていく。女を居間に残したまま玄関、そのまま外へ。


 これが六条の仕業だと理解したのは、俺の手を引く人物の姿を確認してからだった。



「お前────」

 六条は俺の手を引いたまま脇目もふれず、夜の街を疾走する。景色が凄いスピードで横に流れて行く。


「飛ぶわよ」

 六条が口を開いたのは十字路に差し掛かった時だった。

「は?」

 俺が頭の上に疑問譜を浮かべた瞬間の跳躍。



 何かと思考を巡らせた途端の着地。



 気付けば六条と俺は人様の家の屋根の上。一体今俺の目の前で何が起きているのか。理解に欠ける。


「おい────」

「……」

 六条は答えない。変わらず疾走を続けるだけ。

 だが待て。俺が負わせた足の怪我はどうしたのだ? あれも芝居なのか、答えてくれ六条。


「地面を蹴って!」

「はぁ!?」

 風を切る音の方が凄まじく、まともに聞き取る事すらままならない。

 ぐっ、と六条は屋根を踏み付け高々と跳躍。俺もそれにならった。


 全部夢だと思いたかった。

 だってそうだろう? さっきまで自分を殺そうとしていた女の奇怪な行動。

 そして殺されたおばさんとおじさん。

 信じられるワケがない。


 更にはなんで六条とスカイウォークを体験せねばならんのだ。




「ぐぼはっ」

 考えている間にどこかへ着地。俺は見事に着地を失敗し顔から地面に叩き付けられた。



「起きなさい吸血鬼。今なら少し時間に余裕があるから話を聞いてあげる」

 間髪入れず、倒れた俺の腹部に蹴りをかます六条。


「ねぇ、なんで今蹴る必要があるの!? それに俺は吸血鬼じゃねぇっての!!」

「まだ言っているの」

「たりめぇだ! さっきの女の方がよっぽど化け物じゃねぇかよ!」

「あれも吸血鬼よ。そしてあなたも」

 六条は俺を見つめたまま、淡々と言い放つ。


「だから俺は────」

「言ったハズ。あなたの波長は群を抜いて強いって」

 確かに言ってたけどさ。


 六条は有無を言わせず話を続けた。



「近くに吸血鬼がいれば本来の私なら気付く。なのにヤツの存在には気付けなかった。それは何故か。あの密室となった部屋にはあなたの波長だけが満たされていた」


 わからん。要点だけをまとめろ。


「……つまり、あなたは極端に波長の強い吸血鬼。そして今までに例のないタイプ。あなたは自分より弱い吸血鬼の波長をかき消してしまう。だから近付いていたアイツに、私も気付けなかった」


 六条なりに簡潔にしたのだろうが、俺にはよく判らない。



「つまり、俺は強い吸血鬼ってことか?」

「ええ」

「ただ強い人間ってだけじゃなく?」

「あなたは吸血鬼。それだけは確か」


 馬鹿か。俺は別に人の血になんか興味ないぞ。



 すると六条はジッと俺の目を見据え、突飛もない事を口にした。


「契約しなさい」

「は?」

「私はもうあなたを殺すことはしない」


 なんだなんだ、急に何を言ってやがるんだ、こいつは。


「だからあなたには、これから私の手伝いをして欲しいの」

「なっ────」


 六条の意味深な言葉を前に俺は完全に言葉を失った。

 手伝い? 何を言ってやがる。


「どうするの」

 と、返事を急かす六条。

「おいおい、何なんだその心変わりは。大体さっきまで俺とお前は死闘を繰り広げてたじゃねぇか? 何で急にそんな展開になる?」


 女の気持ちってのは山の天気並に変わりやすいと言うが、謎だ。


「あなたは私を殺さなかった。あの場でトドメをさす事は容易だったハズ。なのにあなたは殺さなかった。だから私はあなたを良い吸血鬼だと認識した。あくまで、……ね? それに、女の気持ちって言うのは山の天気並に変わりやすいのよ」

 

 まじか、それは勘違いだ。俺には最初から殺す気はなかった。

 ただ正当防衛と言っても良く判らないまま殺し、俺まで殺人罪を着せられるのが嫌だったってだけの話だぞ?


「さぁ、答えを」

 と、やはり六条は返答を急かす。


 黙り込んだ俺に痺れを切らしたのか、六条は言葉を紡いだ。

「あんたも見たでしょう」

「何を」

「さっきの女を」

「……あぁ、見た」

「あれがこの街で連続殺人を犯していた吸血鬼」

 六条は舌軽やかに語る。


「確かに、あの殺し方はニュースで聞いた通りだけどよ。何でおじさんやおばさんまで……」


「吸血鬼はより強い力を得るため、吸血鬼同士食らい合うの」

「?」

「アイツの狙いは最初からあなた。あなたの親はたまたまその場に居たから殺された。私は今みたいな吸血鬼同士の戦いによる被害者を防ぐため、吸血鬼を滅却している」

「俺が……狙い?」


「……」

 六条は遥か彼方を見つめたまま答えない。

 まじかよ。本当に俺は吸血鬼なのか? だが何故。いつから吸血鬼という設定付きになった?

 今までこれっぽっちもそんな要素なく生きてきたんだぞ?


「あなたの返事は後回しみたいね」

「え?」

 六条が呟いた。俺も六条に続き、六条の視線の先を見る。

 何よりも驚いたのが今自分の居る場所だ。

 軽く10階以上はあるであろうマンションの屋上。六条はたった一度の跳躍でここまで飛び上がったと言うのか? どんな運動能力だよ。



 何て考えていると、先程の俺達と同様に下から黒い物体が飛び上がって来た。


「なかなか早かったじゃない。ここで終わりにするわよ」

「き、来やがったのか」

 六条が一瞬で刀を手の内に出現させる。

 

「あんたにとっても因縁の相手でしょう?」

 まったくだ。おじさんやおばさんを殺した憎き相手。親の仇以外の何者でもない。



 シュタッ、と長髪を靡かせながら俺達の前に着地するさっきの女。


「なぁ、六条。コイツは吸血鬼だって言うんだよな?」

 ソレを指さしながら問う。


「ええ」

 六条は小さく頷いた。


「コイツを倒したら、おじさんやおばさんが生き返るって事はないのか? 漫画とかみたいに」

「ない」

 六条は簡潔に。


「夢なんかじゃないんだよな……」

「ええ」

 やはり簡潔に。


「未だ信じられないんだけど」

「あなたの両親はちゃんと神に供養するよう言っておく。世間にこの事を公にしないようにも」

 今度は長々と。


 しかも神だぁ? 何言ってんだコイツは。やっぱり頭おかしいわ、六条って。



「アナタをイタダク。そしてワタシが最強の吸血鬼にナル」

 なかなか相手にされないからか、話をフってもいないのに女吸血鬼は勝手に語り出した。


 六条は俺を強い吸血鬼だと言った。



 そして俺は悲しくも吸血鬼同士の殺し合いに巻き込まれたって訳だ。

 面白い。腑に落ちないが今だけは吸血鬼って事でもいい。


 おじさん、おばさん。今俺がこのクソ野郎をぶっ殺してやるからな。



「おい雑魚野郎。駄キャラが無駄にセリフ吐いて文字数使ってんじゃねぇよ」

 俺は人さし指を突き付け、見下すように言ってやった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート