雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

季節外れの転校生~a long day~【本編スタート】

公開日時: 2020年10月15日(木) 21:06
文字数:5,118

10月28日(月)

 月曜日、俺はベッドから這い出し適当に朝食を済ませた。起き抜けで体は気だるいが、咲羅との約束は守れそうだ。


 いつもより時間に余裕を持って学校への道程を歩き出す。

 空模様は決して良いとは言えない。今にも雨が降り出しそうな、そんな天気。



 教室に着くと、室内にはまだ数人の生徒しか見られなかった。

 

 俺は一人、窓際の自分の席へと歩いて行く。



 鞄を机の脇に掛け、静かに腰を下ろすと、

「おっ、忍居るじゃん!!」

 教室の後ろの入口から聞こえてくる、聞き慣れた声。神童一しんどうはじめだ。


 神童は俺の姿をロックオンすると、半狂乱になりながら走り寄ってきた。

 俺は机の上で頬杖を付きながらぶっきらぼうに、

「朝からやかましいな、お前は」


「ふふんっ、ビッグニュースだぜ忍?」

「ビッグニュースぅ?」

 神童のテンションの高さとは対照的に、俺のテンションは依然として高まらない。

 どうせロクでもないニュースなんだろう?


「なんと、うちのクラスに転入生が来るらしいんだよ!」

「あっそ、良かったな」

「あの情報通の会長調べだからまず間違いないぜ! そして何より女の子だそうだ!? もし俺のタイプだったら、その時はいただくぜ?」

「なんでそんな事いちいち俺に言うんだよ」


 本当に興味無さそうに、俺は耳の穴を掻きながら返してやった。


「いや、何となくよ。お前には犬神と言う勿体ないくらいの彼女が居るから、どうでもいい話なんだろうが。俺にしてみればこれが最初で最後の出会いになるかもしれんのだよ」

 なんて真面目に言い放つ神童に、知るか。とだけ短く言い、俺は顔をべったりと机に俯せた。



 キーンコーンカーンコーン────


 ホームルームのチャイムが鳴り響く。

 俺はうたた寝状態だったその身を起こすと、窓の外に目を向けた。


 雨が降っている。さっきのあの空模様だ。いつ降ってもおかしくなかったのだが、もう降り出したか。


 その時、ツンツンと背中を何かがつついた。

 振り返らなくても判る。後ろの席の犬神咲羅だ。


「おはよう、忍」

「んぁ……おはよ……」

「もうチャイム鳴ったのに、担任遅くない?」


 咲羅は時計に目をやりながら首を傾げて問い掛ける。


 今日から文化祭準備期間に入り、授業は全てホームルームに変わるのだ。

 その間に文化祭の準備をする事になっているのだが……


「あぁ、何か転校生が来るみたいだから、それでじゃねぇの?」

「転校生?」

「そ、会長調べらしいからガセではないだろ。机だってお前の後ろにセットされてるし」

 後ろの机を見、ホントだ! と咲羅は驚いた。気付かなかったんかい。



 教室内も一度皆席に着いたものの、担任が来ないモノだから、今が休み時間のように騒々しくなっている。



 ガララ────。


 そして、遂に担任はやって来た。

 もう転校生ネタは広まったらしく「来たな」とか「どんな子かな」等の声がチラホラ伺える。今日程登場を待ち望まれた事なんて、担任の教師人生でも初めてじゃなかろうか。

 良かったな、担任よ。



「すまん、遅くなった。えぇっと、今日はこのクラスに転入生が一人────」

 担任の言葉を遮り、待ってました、とクラス内は拍手やら歓声やらで満たされた。


「何だ、お前達もう知ってたのか?」

 さすがの担任も、既に情報が漏れていた事に驚いたようだった。


「まぁいいや、それじゃあ六条。入って自己紹介してくれ」

 担任がドアの向こうに声を投げ掛ける。

 さっきまで興味を示さなかった俺も、さすがに気になった。

 どんな奴なのか、指先に出来たささくれを気にする程度には気にもなる。


 ドアが開くと教室には一瞬の静寂。


 そして一歩、転校生の少女が教室に足を踏み入れると室内は再び歓声で満たされた。



 身長は小さめのショートヘア、スタイルは良し。

 あれはモロに神童のタイプだろう。

 そう思い、俺は神童の方に視線を飛ばした。


「※×♪!△〇」

 この喧騒の中、全くもって神童が何を言っているか判らない。が、狂喜乱舞している事だけは確かだった。


「おらぁ、お前ら静粛に、静粛に。六条が満を持して自己紹介すっから刮目しろ。一回しか言わないから聞き逃すなよ」

 担任も呆れ半分でクラスを宥めている。

 何故かワンチャンスしか与えられない中、静寂に包まれた一瞬の隙をついて、転校生の少女は口を開いた。


「六条れいんです。よろしくお願いします」


 特に捻りの無い、実に簡素な自己紹介。


 しかし、そんなのをクラスの連中が気にする事もなく、名前は上げないが約一名の熱烈な拍手が引き金となり、室内では拍手の荒らしが巻き起こった。


「可愛い子だね」

 と、咲羅が後ろから身を乗り出して耳打ちしてきた。

「まぁ神童にとっちゃ、ありゃ白馬の王女様だわな」

 とりあえず俺も苦笑混じりでそう返し、転校生の立つ教卓へと向き直る。


「それじゃあ、皆仲良くしろよ。六条、席は窓側の一番後ろな」

「はい」

 転校生こと六条れいんは優雅に担任に一礼すると、咲羅の後ろの席へと歩き出す。


「おい、担任! 何でそっちなんだよ!! 六条さんは俺の隣りに!!」

 いきなりの神童の狂気に満ちた叫びがクラスの喧騒を突き破った。


「馬鹿野郎。そりゃぁお前、神童の隣りにか弱き乙女を座らせて見ろ。それだけで乙女の純潔は花と散っちまうぞ。周りを良く見ろ。お前の周りには乙女が居ないだろ?」

「何言ってんだ!? これはクジで決まった席順じゃないか!」

「いいか神童。お前相手にイカサマなんて朝飯前なんだよ」

 なんて言う、如何にも教師らしく無い担任の言葉。


「なんだと!? それが教師のする事か!?」

「最高の誉め言葉だ」

「くっ……」

 それがとどめとなったのか、神童は真っ白な灰になった。


 そんな神童の担任とのやり取りは誰にも相手にされず、依然として皆の視線は六条れいんの元へと注がれている。



「────」

 ふと、俺と六条の目が合った。


 が、そこに「よろしく」なんて挨拶はそこにはない。

 六条はそのままスタスタと俺の脇を通り、咲羅の後ろの席へと腰を下ろした。



 ◇


「それじゃあ皆の衆! 注目して!! ただでさえ、うちのクラスは纏まりが悪い! だけど、今日からの数日はそんな事言っていられない。他のクラスに遅れた準備の差を挽回するチャンス! それが僅かしかないの!! 皆やる気さえ出せば出来る人達だって事は私も判ってる……だから、そのやる気を魅せて!! 存分に発揮して!!! 文化祭に間に合わせて!!!」

「「ぅおおおおおおおっ!!」」

 クラス委員にして生徒会長、佐久間めぐみの一言に、クラスの連中が声を揃えて雄叫びを上げた。


 佐久間は咲羅と同様、高校一年生の頃からの付き合いだ。彼女は誰とでも話せて、誰にでも親切。

 それでいて勉強もできる……と、なかなか非の打ち所が無い至って真面目な女の子だ。

 加えて一年の頃から生徒会の役員も任されていて、今となっては生徒会長という大役もこなし、生徒からも教師からも信頼されている。


 しかし、何故か俺とはウマが合わず、顔を合わせる度に喧嘩する犬猿の仲だ。

 同族嫌悪かもしれないが、俺と同様に口が達者な佐久間の事が、どうにも俺は苦手だった。


「いやぁ、佐久間。お前やっぱ生徒会長の鑑だわ。俺より良い事言うようになりやがって」

 やる気無くイスに座った担任の言葉には耳も貸さず、佐久間は各作業の担当を割り当てる。

「────後、神童くんと犬神さんが段ボール塗装! 黒霧くんと六条さんはありったけのイスを掻き集めて来て!! OK!?」

「了解っ!!」

「よし! 皆の者!! 散れぇえええええ!!!」

「サーッ!! イエッサーッ!!!」


 呆然と立ち尽くす俺の脇を、血相を変えたクラスメイトが駆けて行く。

 何をする。それ以前に奴等の今のノリの理解に苦しむぜ。


 そして、もう一人。獣の中に放たれた小うさぎの様に立ち尽くす人間がいた。



 六条れいんである。


 あいつも俺と同じく、この周りのハイテンションに付いて行けない一人なのだろう。


 とりあえず、俺達は俺達なりのテンションでもいい。ひとまず作業に入るしかないのだ。

 俺は散り散りになったクラスメイトの間を通って、六条の元まで行ってやる事にした。



「おい、転校生」

「?」

「俺達は俺達で割り当てられた作業に移ろうぜ?」

「……」

 人見知りが激しいのか、六条は答えない。

 とにかく作業しないと会長がうるさい。俺はオドオドしている六条の手を引くと、騒々しい教室を後にした。



「まぁ、なんだ。転校初日からこんなのでびっくりだと思うんだが、俺達も必死なんだ。手伝ってくれるか?」

 教室より遥かに静かな廊下。問い掛けると六条はコクリと、敢えて口は開かず小さく頷いた。



「サンキュー。とりあえず俺達は空き教室からイスを拝借してくる役になった訳だが、別に転校生は無理して一気に何個も持たなくていいからよ。まぁ、一人でも教室まで行き来出来るように、道くらいは早めに頭に入れてくれるか?」

「……」

 六条が頷いたのを確認したから、俺も安心して作業の説明をしてみたのだが────


 いやはや、おかしい。

 最近の子は人の話を無視する傾向にあるのか。

 理解はしているのだろうが、説明している側にしてみれば何らかの反応して欲しいのが正直な所だ。


 これから一緒に作業するにあたって、ずっとこんな雰囲気ではこっちの気が滅入ってしまう。

 適当に話題を見繕って、少しでもこの空気を脱出する方が良さそうだ。



「そいや転校生、どっから来たんだ?」


 空き教室の多い東棟へと続く渡り廊下、そう考えた俺は適当に頭に浮かんだ質問を投げ掛けた。


「……」

 返事はない。


「随分半端な時期の転校だよなぁ」

「……」

 やはり、返事はない。


 まさか付いて来ていないのではないか?

 そう思って振り返ると────


 いる。六条はピッタリと、くっつくように俺の後ろを歩いている。

 一体なんだこの娘は。


 さすがの俺も思わず顔をしかめてしまう。

 こんなのと一緒で本当に大丈夫なのだろうか。


 何ならもう仕事内容だけをキチンと理解させ、ここで別行動にでもする。

 別行動になった俺は屋上へでも行って、ゆっくりとサボる。

 筵この方が俺らしいのではないか?



「六条、何ならここで別行────」

「……こっちは、あまり人が居ないのね?」


 突然の六条の発言に言葉を遮られた。


「ん? あぁ、別にこっちの棟は何があるって訳でもねぇし。こっちの棟を使うのなんて、美術部くらいしかないんじゃねぇか?」


 一階から三階まで、普段生徒達の教室がある西棟。美術室や音楽室と言った特別教室のある東棟と、うちの学校は二つの棟に分かれている。

 俺はその東棟の中の一つ。“視聴覚室”に目を付けたのだ。


 この学校に映画研究会なんて部活は存在しない。

 うろ覚えではあったが実行委員の活動中、各クラス毎の出し物を集計したところ、上映系の出し物も存在しなかった記憶がある。

 故に、あの教室を当日使うクラスも出ないだろうし、常に余りのパイプ椅子もあるくらいだ。

 お化け屋敷の壁に使う程度なら、十分事足りる。


「……そう」

 しばしの沈黙後の返答。


 自分から質問しておきながらの、六条さんのこの態度。最早、人見知りとか寡黙とか言っている場合ではない。

 六条れいん。彼女の様な話の弾まないタイプは、俺の最も苦手とするタイプだ。


 もう知らない。協力してやらない。話しかけない。

 そう心の中で堅く誓ってやった。


 六条をいただく。そう言った神童に少しばかり同情だ。

 俺と似たタイプの神童がこの娘とまともに付き合える確率など、石原○純の天気予報が当たるのと同じくらいの確率だ。


 そもそも六条がOKを出すとも限らない。

 この娘の場合、告白されたところでまたもや無言で終わる可能性だって十分有り得る。



 いつの間にか横を歩いていた六条の顔をチラッと盗み見るも、顔だって別に悪くない。

 俺だって普通に可愛いと思える程の顔立ちだ。

 後は会話さえちゃんと成立すれば何の問題も無いと思う。


 そんなコトを考えているうちに目的である視聴覚室に着いた。俺が足を止めると、六条も足を止める。

「ここだよ~」とか「頑張ろうな」とか、もうそんな事は言ってやらない。

 言ったところで、俺が独り言を言っているみたいな物なのだ。だからもう声などかけない。


 俺はちょっと乱暴に視聴覚室のドアを開け放った。


 ビンゴ。予想通り椅子は普段のまま、綺麗に陳列されている。

 ここから拝借するか、と一歩教室内に入った時────


 室内を見渡していた六条が静かに口を開いた。



「……やっと、二人きりになれた」と。


 what's?

 六条は何を言っているのか。


Novemノウェム、レイン。ターゲットを捕獲。直ちに殲滅します」


 小さな、それでいて重圧のある声。

 メモリにして32メガ程度の脳しか持たない俺には、今の意味が全くもって理解出来ない。


「何言ってん────」

 言うが早いか、横腹に激痛を感じた次の瞬間には俺の体は宙に浮き、事の事実を理解しきる前に正面の黒板へと叩き付けられた。

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