雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

俺はやってねぇ!

公開日時: 2021年1月19日(火) 15:24
文字数:5,071

 ◇


「俺は最近お前を信用できないんだ、忍」

 昼休み、神童は弁当のおかずを口に頬張りながらそんな事を言い出した。


「なんで?」

「ここでお前と六条さんが二人きりでサボっていたのかと思うと腹綿ハラワタが煮えくり返りそうだぜ」

 とまぁ、神童が言うのも無理はない。


 俺達が今昼食を摂っているこの部屋こそが、さっき六条から大量のビンタを食らった俺にとっては忌々しき、神童にとっては妬ましき視聴覚室なのだから。


 別に神童への当てつけで視聴覚室で昼食を摂っている訳ではない。

 六条が転校してくる遥か前から、ここが俺達の溜り場になっていたのだ。


 うちの学校は、学園ドラマでは定番となる屋上が開放されていない。

 それ故に『教室はうるさいから嫌だ』だの『人の少ない所がいい』だのと、子供のような我儘を言う神童の希望に則ったキーワードを元に見つけ出したのが、視聴覚室だった訳である。


 それからというもの、ここが俺達の食事の場となったのだ。実際人は来ないしテレビは置いてあるしでなかなかに居心地が良く、授業をサボる際にもよく利用させていただいている。


「ところでお前さ、犬神とは最近どうなんだよ?」

 藪から棒だな。

「最近連絡取れないって嘆いてたぞ。後でちゃんと謝ってやれや」

 人のプライベートに首を突っ込んでくる神童は迷惑極まりないのだが、その言い分は一理ある。


 吸血鬼騒動があった夜から今に至るまで、咲羅にはメールの返事を返していなければ電話もかけ直していない。

 メールを返すとか時間は充分にあったのだが、短期間で様々な問題が一気に押し寄せてくれたため、精神的に余裕がなくなっていた。というのが嘘偽りのない理由である。



 実際思い返してみても、ここまでの無視を決め込んだのは初めてかも知れない。そのくせ、久しぶりに学校に来たと言うのに謝罪の一つも無ければ、自分は捨てられたものだと勘違いしても仕方ない。六条の件でいらぬ誤解もしているかも知れん。


「そうだな。後で詫びを入れとくさ」

「そうしろ。あ、そうだ。お前が来ない間、放課後の集まりは俺が出てたから今日はお前出ろよな?」

 空になった自分の弁当箱を鞄にしまいながら、思い出したように神童が言う。


「集まり? なんの?」

「バカ。文化祭実行委員のだ。って言っても現状報告だけだから直ぐ終わる」

「うへぇ、めんどい」

「俺もめんどかったんだ。昨日は本当にさっさと帰りたかったのによぉ」

「ちっ」

 いかにも嫌そうに舌打ちし、俺は残り少なくなった弁当を口の中に放り込んだ。




 結局、午後の準備で俺と六条は会長様からの説教の後、一切の私語も許されぬまま、会長の目の届く範囲での作業を余儀なくされた。

 おかげで、この時間中に済ませようと思っていた咲羅への謝罪計画は見事に失敗。

 放課後は放課後で、担任の無駄話のおかげでホームルームが長引いてしまったため、ホームルームが終わったと同時に猛ダッシュで会議へと赴く始末。

 ここでもものの見事に謝罪計画は失敗に終わり、案の定、会議にも遅刻した訳だ。


 何より、すぐに終わると言われていた集まりは、現状報告後、多大な追加事項により30分もの時間を要するハメとなった。なんだこれ、今日は厄日か?



「ふぅ……」

 集まりを終え教室に戻って来た俺は、会議の内容を書き留めたノートを鞄の中にしまい込んで、段ボールだらけの教室内を見回した。


 窓から差し込む夕日の名演出により、教室の中は目が痛くなる程のオレンジ色で満ちている。

 こうして見てみると、やはり夕暮れ時の教室というシチュエーションが学園モノで良く取り上げられるのも頷けた。


「さてと」

 小腹も減りつつあった俺は鞄を拾い上げ、教室を後にした。

 後で咲羅にどう謝るべきか。メールにするべきか電話にするべきか。もしくは明日学校で直接か。更にはベストな言い訳なんかを考えながら。



 ◇


 玄関の戸を開ける。薫の靴の脇に、丁寧に揃えられたローファーがある事に気がついた。

 てことはユマッペが来ている。もうそんな時間なのか。


「ただいまぁ」

 と声を飛ばしてみるものの、お帰りなさいと出向く薫やユマッペの姿は無い。恐らく薫はいつも通り寝ているのだろう。

 この時間だ。ユマッペも夕食の準備をしているに違いない。 

 待っていても誰も来る気配がない事を悟った俺は、一度自室に戻り着替えてから居間へ降りる事にした。



 自分の部屋にある、お世辞にも大きいとは言い難いタンスから私服を取り出す。


 が────


「ありゃ?」

 俺の服が無いではないか。ユマッペが俺のズボン然りシャツはタンスの二段目にしまうと言っていた気がするのだが。


 やむを得ず、この肌寒い気温の下、俺は唯一タンスに入っていた半袖を着る事にした。ズボンは制服のままという、なんともミスマッチな組み合わせだ。

 そのうち私服の一着や二着は買わないと、今後の生活に不自由するだろうな。



「風のせいかも知れないじゃん!」 

「でも、風なんて吹いてなかったよ?」

 一階に降りると、薫とユマッペの声が耳に届いた。珍しくも喧嘩をしているような、なんとも険悪な雰囲気を醸し出している。


「あ、忍さん。お帰りなさい」

 二人の言い合いを影から覗き込んでいた俺に気づいたユマッペが、いつもの笑顔を振りまきながら言った。

 

「むぅ……」

 薫は一人頬を膨らましたまま黙っている。


「なんかあったのか?」

 あまり中立の立場になって物事を進めるのは得意ではないが、ここは兄としての立場もある。二人の間の亀裂を埋めるべく、問うてやった。


「……」

 俺の問いに二人は顔を見合わせたまま答えない。

「実は……」

 が、先に口を開いたのは薫の方だった。


「おう、どうした」

「私の下着がなくなっちゃったの」

「あ、そうなんだ」

 余はまさに大後悔時代だ。年頃の男が立ち入るべき話ではなかった。


 ユマッペもそれに続き、

「洗濯した後ちゃんと干したんですけど……取り込む時になくなっている事に気がついて」

「風で飛ばされたとかじゃないのか?」 

「いつも飛ばされないように固定してます。それに今日は洗濯物が飛ぶ程強い風は吹いてないですし……」

 自分の失敗だ、と顔を曇らせるユマっぺ。


 俺もどうしたもんかと眉根を寄せていると傍らの薫は、 

「勝負パンツだったのに……」

「誰と勝負するつもりだよ。てか風も吹いてなかったってなると……」

「下着泥棒ですかね」

 ユマッペが重い口を開いた。俺を見ながら。 


「なんで俺を見た? 俺がやったってか? 俺が妹のパンツ盗んで喜んでるってか!? ざけんな!」

 これじゃ中立どころか容疑者じゃねぇか。ユマッペは俺をそんな風に見てやがったのか。

 

「お兄ちゃん……」

「お前もそんな目で俺を見るんじゃねぇええええッ!!」

 と、ここで俺にも思い当たる節があることを思い出した。ついさっきのアレだ。


「実は俺の服もなくなっていたんだが」


 しかしユマっぺは判っていた、とでも言わんばかりに、

「そうなんです。忍さんのジーンズもパーカーもなくなっていて」

「これで俺は白だな」

「違うよ!」

 奇声とも取れる声を上げたのは薫だ。何が違うと言うのだ。 


「もし私が犯人なら、私は物を盗んだ後、自分の服も自分でどこかに隠して被害者と一緒に被害者のふりをする。お兄ちゃんみたいにね!!」


 ざ、ざけんなぁあああああッ!!


「でも忍さんには学校にいたってアリバイがあるよ……? それに妹の下着を盗んで喜ぶ趣味なんて……」

 おい、ユマッペ。フォローしたいのか傷付けたいのかハッキリしてくれないか。

 疲れて帰ってきたらこの有り様だ。とことん厄日じゃねぇか。


「俺は断じてやってねぇぞ」

「信じてます」

「信じてる」

 そんな哀れみに満ちた顔で言われても傷付くだけだわ。


「俺はマジでやってねぇからな! もういい、もしこれで俺が引きこもるようになったらお前らのせいだからな!」




 心深く傷ついた俺は夕飯も食べず、ただ自室の隅で丸くなっていた。明かりもつけぬまま。 

 まさにノイローゼ街道まっしぐらである。


 あんな疑いをかけられたまま美味しくご飯なんて食べられるだろうか。否、顔を合わせるのだってキツい。


 今頃下では、あんな人間にはなりたくないとか話されているんじゃないか。どんどんマイナス思考になって行く。 

 薫でもユマッペでもいい。ここに来て、

「さっきは疑ってごめんなさい」

 なんて言ってくれたなら俺も、

「判ってくれたならいいさ♪ HAHAHA♪」

 と、爽やかに言いながらここから出よう。 


 それまでは絶対に出ない。出るもんか。

 


「しかし腹減ったぜ……」

 時計に目をやると時刻は20時を回っていた。このまま誰も来なければ俺は餓死。皆が眠った後に冷蔵庫の中を漁るしか道はない。


「はぁ……」

 あの夢から始まり今日は嫌な事尽くしだ。

 

 

 そう考えていると、


 ギシ────


「!!」

 誰かが廊下を歩く音がした。


 薫か!? ユマッペか!? さぁ謝れ!!


 …… 


 …………


 ………………

 


 それから数分。足音が消えてから俺の部屋の戸が叩かれる事は無かった。 

 一体なんだったんだ?  この古い家だ。降りるにしても階段が嫌でもギシギシと軋む。 

 それがないと言うことはまだ何者かは二階にいる。多分俺の部屋の前だろう。


 俺は物音を立てぬよう、静かに襖の前まで移動した。更に音を立てないように細心の注意を払いながら、襖に耳を押し付け外の音に意識を向ける。


「……」

 薫かユマッペか。 謝罪の言葉を考えるにしては時間が長すぎる。ってか考えてから来いや。


 なんの反応もないまま過ぎる時間。

 

 さすがに怪しいと思った俺は、少しだけ襖を開き外の様子を伺う事にした。


 

「っ……誰だてめぇ!!!」

 思わず声を張り上げる俺。 

 ソイツは斜向かいの部屋。誰も居るはずのない部屋から、足だけを出して倒れていたのだ。まさに頭隠して尻隠さず。 


 ユマッペはスカートだった。薫は相変わらずの着物。

 だがしかし、ソイツはジーンズ姿。今この家に居る人間の格好ではない。ということは免れざる客。第三者の登場である。



 俺は気付かれぬよう、静かにソイツの元まで移動する。

 その途中で気がついた。ソイツの着ているジーンズが俺の物であると言うことに。



 コイツが服泥棒の犯人であると考えた俺は更に接近を続ける。


「……」

 犯人はマヌケにも気を失っているのか? 寝ているのか? 動かない。どちらにせよ捕獲するなら今がチャンスだ。 

 ソイツとの距離。わずか数十センチ。


 ソイツの身に着ける上着は紺のパーカーだ。あれも俺の物で間違いない。



 100%犯人だと踏んだ俺は、 

「黒霧クラッシュゥウウウウ!!!」

 犯人の上に腹からダイブした。 一狩り行こうぜ!


「っ……」

 俺の攻撃によりうめき声を上げる犯人。


 気が付いたようだが時既に遅しだ! 一気に畳みかけるぜ!!


「薫! ユマッペ! 服泥棒が潜伏していやがった! 直ぐに二階に来い!!」

 階下の二人にも聞こえるよう大声で応援を要請した。やがて階下からもドタバタと言う物音が響き渡る。もうすぐ二人もここに来る! 



 俺の疑いも晴れる。犯人も捕まる。 

 この悲しい事件も終わりだ。

 

「んぐ……」

 俺の下敷きとなった犯人は最後の抵抗か体を捩った。 

 甘い! 俺に捕まって逃げられると思うなよ!



「観念しやがれ変態野郎!!」

 調子に乗った俺は、馬乗りになったまま犯人から俺の服を奪還する。


「犯人ですか!?」

 薫とユマッペも到着したようだ。


「でかした! お兄ちゃんはやれば出来る人だと思っ────」

「ああ! この事件も幕を閉じるぜ! ほら、ジッとしてな変態め!!」

 捕まえた犯人を床に押し付けたまま二人にガッツポーズをした。が、二人は青ざめた顔で俺を見ている。 


「どうした!? 早く警察────」

「どいて」

 と、下敷きになっている犯人。しかし声に聞き覚えがあるのは気のせいか? 



「お兄ちゃんの……変態野郎」

 ん?

「忍さん……不潔です」

 え?


 薫がユマッペの胸を借り泣き出した。なんだってんだ。 



 改めて現状を確認する。 


 俺は服泥棒の犯人を捕まえたんだ。言わばヒーロー────



 全身の血の気が引くのが判った。

 事態を理解した俺はガチガチと噛み合わない口を何とか動かしながら、

「本日……二度目になりますが……六条……さん……ですよね?」

「どいて」

「……はい」

 馬乗りになった俺の下。パーカーをはぎ取られ、下着一枚と言う霰もない姿で横たわる六条れいんがそこに居た。 



 こうして、下着泥棒の件と同時に俺の人生は幕を閉じた。


 世界は美しくも残酷だ。

 しかし俺達はそんな世界で戦い、生き抜かねばならない。

 俺達の戦いは終わらない。いや、まだ始まったばかりなんだ!


 ────掴み取れ、今を! 



 そうさ、俺達の戦いはこれからだぁあああッ!



 雪月花~The Last Vampire~【完】


 長い間応援頂きありがとうございました!

 九季先生の次回作にご期待ください!

嘘です!!まだ続きますよ!

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