せめて足が動くようになるまでは時間を稼がねばならない。
だから少しばかり時間をくれ。頼むから。
「一つだけ……教えてくれよ?」
「……」
六条は答えない。
否定がない所を見ると、これは言って良いという事だろうか?
しめた!
「頼むから教えてくれ……何故俺を殺そうとする? 理由も判らないうちは殺される訳には行かねぇよ……」
理由が判っても殺される訳には行かないがな。
六条は俺を見つめたまま動かない。
「なぁ……」
「それは……」
六条が固く閉ざした口をゆっくり開いた。
刀の切っ先は相変わらず俺に向けられたままだが。
さぁ、語れ六条。別に文字数に制限はないのだ。俺の足腰が復活するまで、存分に語ってくれて良い。
「あなたが吸血鬼だから」
ファーーーーッ!w
40字以内とか文字数とか関係なく、短く、物凄く簡潔にとんでも無い事を言ってくれたぞ。
確かにもう10月下旬だと言うのにまだ多少の蚊は残っている。が、俺は刺された覚えはない。
てゆうか、最近の蚊は血を吸っただけで人間を吸血鬼にしてしまうのか? 彼○島じゃあるまいし。
いやいや、だから俺は血を吸われちゃいないって。気をしっかり持て、黒霧忍。
クソッタレ。違う質問にしておけばよかったと後悔してしまう。
「意味が判らねぇよ……」
「深い意味はない」
と言う六条の返答。マリアナ海溝よりも深い意味だらけだろうが。
「ちゃんと教えてくれよ? 吸血鬼だ? まずそんなのがこの世に居る筈なかろう? あんなのは神話とか作り話の世界の生き物だろ」
六条は光のない無機質な瞳を俺に向け、軽く溜め息を吐きながら言った。
「馬鹿ね」と。
俺はその言葉をそっくりそのままお前に返したい。君に届け、この思い。って感じだ。
「今や吸血鬼伝説は世界各地で広まりつつある」
声にも感情の色を見せない六条。
そりゃそうだろ。ドラキュラとかの有名どころなら世界各国でも広まってるだろうさ。
「日本にも韓国にも、ロシアにも。様々な形で吸血鬼は存在する。あなたのようにね」
もう溜め息しか出てこない。俺を吸血鬼だと仮定した話は止めてくれかな。
「言っとくが、俺は吸血鬼なんかじゃないぞ?」
「私には判る。あんたからは吸血鬼の波長が出ている。だから殺すだけ」
おいおい。いよいよ漫画とかの読み過ぎじゃないか? フィクションとノンフィクションの違いがわからなくなってやがる。
こう言うヤツが一番危ないと言うが、本当なんだな。
ってか、大体吸血鬼の波長ってどんなんだよ。
しかし作戦は成功と言えよう。
足は相変わらず震えを隠せないが、立てない程ではない。
「お前がなんて言おうが俺は吸血鬼なんかじゃないぞ」
「あんたは吸血鬼。それは間違いない」
「勝手に決め付けるんじゃねぇ! あんまり酷いようだと先生に言い付けるぞ!?」
よしよし。
良い子だから動いてくれよ。俺の足。お前だけが頼りなんだからな。
そっと髪を掻く仕草をして、俺の肩まで垂れている後ろの暗幕へと手を伸ばす。
吹き飛んだのが窓際で良かった。瀕死の状態で彷徨うダンジョンの中、運良く回復アイテムを手に入れたような気分だ。不幸中の幸いである。
「勝手に決め付けた訳じゃない。私には吸血鬼の波長というモノが判────」
「うるせぇぇええええっ!!」
六条の言葉を完全に遮って、思いきり暗幕を引っ張った。
ピンピンピンッ────
思いきり引っ張られた暗幕は、まるでふくよかな方がピチピチのYシャツを着て、それに耐え兼ねたボタンが吹っ飛ぶ時のような間の抜けた音を立てて宙を舞った。
更にはその暗幕が地面につくよりも早く、そいつを六条目掛けて投げ掛ける。
「ヒャッハァアアアアアッ!」
見事六条を標的にした暗幕は、ソイツの小柄な体を飲み込むように、その全身を包み込んだ。
「なっ────」
呆気にとられた六条の声。
見事なコンボだ。
馬鹿め。てめぇのオカルト話には興味ねぇんだよバーカ。
「俺が吸血鬼だ? 寝言ならお寝んねしてから言いやがれってんだ!」
悪役きっての捨て台詞を吐きながら俺は立ち上がり、視聴覚室を後にしようと六条に背を向ける。
が、大切な忘れ物に気付き180度体を回転させた。
いけないいけない。つい忘れてしまう所だった。
俺は未だモゾモゾと暗幕の中でもがく(最早暗幕と一体化しつつある)六条の前まで戻って足を止めた。
そしてニヤリと最高の笑みを浮かべると、どの部分かは判らないが、暗幕の上から六条の体にとびっきりの蹴りをお見舞いしてやった。
「うっ……」
暗幕の中から聞こえる六条の悲痛な呻き声。
さっきのお返しだ。やられたらやり返す。当然だろうよ。
そのまま俺はそそくさと視聴覚室の出口へ向かうと、廊下に出て全速力で西棟へと戻って行った。
うぉおおおおお! 生還したぞこの野郎ぉおおおおおッ!!
◇
「だぁから、何度もそう言ってんだろ!? 俺は殺されそうになったの! マジで死ぬとこだったの!」
『気のせいですよ気のせい。疲れてたんでしょう。さぁホットミルクでも飲んで、気分を落ち着けて下さい』
「いや、聞く耳持てよぉおおおおッ!? 何でどいつもこいつも俺の言葉に聞く耳持たないかね!?」
『でもあんた、あの黒霧さんでしょう? 補導回数通算15回。その後毎回毎回、毎日のようにイタズラ電話くれてたの、あんたでしょう?』
「あぁん……その件は悪かった。いや、すみませんでした! だから頼むって!? 六条れいんなる殺人鬼を捕まえてくれよ!? マジでお願いします!」
『まず誰がそんな話を信用出来るってんですか? それと数々のイタズラ電話ですけど、あんたがしたことは公務執行妨────』
この先を言わせる訳にはいかない。そう踏んだ俺は相手が言い切る前に通話を切った。
他でもない。相手はさっき決行した解決策1の要。警察であったのだが……今の通りである。
「ざ……ざけんなぁぁああああッ!?」
警察の想定外の反応に、なんとか生きたまま辿り着けた教室の片隅で狂気の色を帯びた怒声を上げながら、乱暴にスマホをポケットの中に叩き込んだ。
更には怒りに身を任せて、しゃがみながら悠長にダンボールの塗装に励む神童の尻に『怒り』と言う極上のスパイスを満遍なく使用した蹴りを十数発入れてやる。
「いててててっ」
「ちょっと黒霧くん!? 椅子はどうしたのよ椅子は! 早く椅子を持って来て! さぁ早く椅子を!」
最早蹴っても飛ばないサッカーボールと化した神童などその場には居ないかの様に、司令塔の佐久間はその暴行止める事もせずに俺を怒鳴りつけた。
「椅子椅子うるせぇぇええッ! お前らも俺の言う事を少しは信じろよ!? 六条はここ一連の殺人事件の犯人だったんだよ!」
と、クラスの連中全員に聞こえるように叫んでやったのだが。
「…………」
ご覧の通り、反応一つない。
変わりにクラスメイトの『そんな訳があるか』と言う冷たく、痛々しい視線が一斉に俺に注がれた。
咲羅は咲羅で何とも悲しい目を向けている。
やめろその目、彼氏に向けて良い目じゃねぇぞ!?
神童に至っては逆鱗に触れたようだ。
「おい、クソ霧。てめぇ言って良い事と悪い事があるぞ。六条さんに謝りやがれ」
誰がクソ霧だ。
しかし蹴られた事に対する怒りが爆発したのではなく、六条殺人犯説に対しての怒りだったのだとなると、神童もなかなかの大物である。
大して触れ合っていないだろうに、そこまでゾッコンか。お前は。
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