雪月花~The Last Vampire~

九季さくら
九季さくら

何でもないような事が幸せだったと思う

公開日時: 2020年10月15日(木) 20:47
文字数:2,438

10月25日(金)

 ◇


 雨が降りしきるその日の夕方。

 メールで『学校帰りに寄るから』とだけ連絡をよこすと、犬神咲羅いぬがみさくらは本当に制服姿のまま、傘を片手にやって来た。


「こんばんは。体は大丈夫?」

 玄関で傘を畳み靴を脱ぐ。

「お前、マジで押しかけかよ。おばさん達だっているのにさ」

 俺はそんな咲羅の動作を見つめながら、壁に寄り掛かって毒づいた。


「まるで迷惑みたいな言い方じゃない。大体、忍が学校休むのがいけないんだからね?」

 と、咲羅は顔をしかめて俺に言い返す。

 そして靴を揃え、誰もいない廊下にお邪魔します。なんて、イイ子を着飾った様に言い放った。


「全く……後でからかわれるのは俺なんだからな?」

 そうだ。もしおばさんに俺に彼女がいるなんて知られたら“忍もそう言うお年頃かぁ”だの、“どんな子なのよ会わせなさいな!”なんて問い詰められるに違いない。


 そう、おばさんなのだ。

 そもそも俺こと黒霧忍は、小学6年生の時に交通事故に遭ったらしい。

 おばさん曰く、家族で出掛けていたところ、何かの拍子でうちの車が反対車線のトラックに突っ込んだそうだ。


 そのまま父と兄は帰らぬ人となり、母と妹、俺の三人は奇跡的にも生還────

 女手一つで俺達兄妹を養うのは無理だろうと判断した親戚の黒霧が俺を引き取ったという訳だ。



 チラッと、俺がリビングの方を盗み見ていた隙に、咲羅は黒く長い髪を靡かせて、一足先に階段を上って行く。


「ったく……」

 俺は小さく溜め息を漏らし、彼女の後を追って階段を上っていった。


 咲羅に続いて部屋に入ると、彼女は俺の目の前で電光石火の如く速さで俺の布団に潜り込んだ。

 そのまま静かに、その身を丸くする。


「お前……一体何しに来たんだよ?」


「わかんないかなぁ……この冷たい雨の中、私は忍の事が心配だったから、頑張ってここまで来た訳ですよ? こんなに冷えきった、か弱き乙女の体を暖めるには毛布しか無いでしょう」

「悪かったな。暖房もストーブもなくて」

 俺は舌打ち混じりに、少しでも彼女から距離を置こうと少し離れた床に座り込む。


 そんな俺を見ると、咲羅は突飛な質問をしてきた。

「また、変な夢を見たの?」

 と。


 咲羅の口から予想外の言葉が出てきたせいで、俺は思わず面食らった顔をしてしまった。


「お前にその事話したっけか? どうも最近物忘れが酷くてよ……」

 どんなに記憶を遡っても、咲羅に夢の話をした覚えは無い。


 俺が話したのは────


神童しんどうくんから聞いたんだよ。忍はその夢を見た日は、一日起きないでずっと布団の中なんだと、って。あんまり詳しくは聞かなかったけどね」

「やっぱりあいつか……」

 脳裏に、神童一しんどうはじめがその話をしている時の姿が鮮明に、手に取るように浮かんだ。


 別に取り立てて重要なキャラでもないので、簡単に説明をすると────


 腐れ縁の悪友。


 と言った感じだ。



 文字数にも余裕がありそうなので、もう少しだけ掘り下げて紹介をするなら、ヤツとは俺がこっちに引っ越して来てからの付き合いだ。

 俺が黒霧に引き取られ、こっちに来たのが中学1年の夏。その時、一緒のクラスになったのが始まりで、かれこれ四年以上の付き合いと言う事になる。


 中学、高校とも一緒になれば、嫌でも奴の話す時の動作も覚えさせられるワケだ。


「……忍、聞いてるの?」

 と、咲羅がベッドから身を乗り出して問い掛ける。


「ん? ああ、悪い。何だっけ?」

「その夢って、どんな感じなの? って聞いたの」

 彼女の目は好奇心に満ちていた。


 人事だと思っているんだろうが、所詮人事なのだから仕方が無い。

 俺はその夢の事を、できる限り鮮明に話してやった。

 話を聞いている時の咲羅は、まるで子供が親に絵本を読んでもらっている時の様に、純粋な目をしていた。


 俺は咲羅のこういう所に心から惹かれ、咲羅がピンチになった時。

 絶対に助けに行ってやりたい────


 と、素直にそう思えるくらいなのだ。


「何なの、アサギクオンって? 名前? 呪文?」

「俺が知りてぇよ。なんか胸糞悪いんだよな。見ず知らずのオヤジに殺される夢なんてさ。それに、今までは二ヵ月に一回くらいだったのに、最近じゃ三日に一回のペースで見てる。俺の単位足りなくさせる気かっての」

「その変な夢はいつ頃から見てるの?」

 言いながら、彼女はベッドから降りてくる。


 そのくせ毛布はマントの様に羽織ったまま、俺の隣りに座り込んだ。


「いつ頃だっけな……」

 昔から見ていたのは覚えているのに、いつ頃から見ていたのかが思い出せない。

 俺は人差し指を口に当て、黙って考え込んだ。


「引っ越す前からとか?」

「いや、それはない」

 咲羅の意見を言語両断。俺は即答してやった。


 自分の意見を一秒と経たずに否定され、咲羅は“なんでなんで?”と、子供の様に問い詰める。


「だぁ、もう。これはお前に言っただろうが。俺は事故に遭ってからって言うもの、事故の時の事も覚えて無ければ、それ以前の記憶も無いんだよ。だから前の家族の事も全く覚えていやしねぇ……おばさんやおじさんに聞いたって、大して教えてくれねぇしさ」


 正直、意味がわからなかった。

 別に自分の家族の事なのだから、少しは教えてくれても良いと思う。

 腑に落ちない事と言えば、もう一つ。

 当時は全然気にもしていなかったが、俺をただ引き取っただけの黒霧が、俺の姓を黒霧に改名させた事だ。

 ただ引き取っただけなのなら、別に前の姓のままでも良かった気がする。


「ちょっと……また考え事?」

「え────」

 再び考え込んだ俺を見兼ねたのか、咲羅が俺の顔を覗き込んでいた。

 突然至近距離に現れた彼女の顔に、俺は目をパチクリさせ、頬を赤らめながら逃げるように立ち上がる。


「ほほほほら! もう外も真っ暗じゃねぇか。最近物騒だし、そろそろ帰った方がいいんじゃねぇか? 家の人だって心配してるだろうし」


 突然の帰れアピールに咲羅は顔を曇らせるが、俺の言ってる事も尤もなのだ。



 最近、この街では謎の殺人事件が頻繁に起きている。

 しかも、発見された死体は頭部だけが現場に残されていて、本体となる首から下は跡形も無く消え去っている、という猟奇的なモノだ。

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