完結済 短編 現代世界 / ホラー

人形は真夜中に嗤う

公開日時:2022年3月12日(土) 14:42更新日時:2022年3月12日(土) 14:42
話数:1文字数:2,362
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 静乃は人形を作るのが好きだった。


 六畳の部屋には、色とりどりの着物を着た人形が、所狭しと並べられていた。


 静乃の作る人形は、綿と布切れでできた、手のひらサイズの女の子ばかり。


 肌色の端切れに綿を詰め、頭部、胴体、手足を形作る。その上に端切れで縫った着物を着せて、帯を結ぶ。


「リコちゃん、黄色いおべべがよく似合う。ふふふ……」


 静乃は、出来上がった人形に名前をつけると、大事そうに抱きしめた。


「私のもの」


 髪の毛は、頭のてっぺんに接着した絹糸をおかっぱにカット。ツヤツヤのサラサラ。


 顔は、母親の形見の眉墨と口紅で仕上げる。


「はい、リコちゃんできあがり。とってもキレイだよ」


 交通事故で二親を一度に亡くした小学五年の静乃は、遠い親戚に預けられていた。





 ガタッ!


 突然、襖が開いた。びっくりして振り向くと、そこに居たのは、この家の兄妹、数夫と笙子だった。


「げっ。なんだよ、この小汚ない人形は!」


「ぐえっ。気色悪い」


 いきなり入ってきた数夫と笙子は、人形を蹴っ飛ばしたり、踏みつぶしたりした。


ブヂャ! グヂャ! ブヂャ! グヂャ!


「やめてーーーっ!」


 静乃は叫ぶと、二人の服を引っ張った。だが、二人はやめなかった。


 人形たちは、次から次と、ボロボロになっていった。


「イヤーーーッ!」


 静乃は悲鳴とともに泣き崩れた。


「バーカぁ。おまえなんか出ていけっ!」


「気味が悪いんだよ。親無しっ子」


 数夫と笙子は、静乃の頭をこづいて出ていくと、


 バタンッ!


 と、激しく襖を閉めた。


 人形たちは、髪が剥がれ、首がちぎれ、手足がもがれ、まるでバラバラ殺人のようで、見るも無惨な姿だった。


 静乃は人形たちを抱き抱えると、


「……ごめんね……アコもミコも、みんな、ごめんね。……いま、直してあげるからね」


 何度も謝りながら、人形たちの顔を撫でてやった。


 静乃の涙が、髪を剥がされたリコの瞳に落ちたその時。一瞬、リコが瞬きしたように、静乃には見えた。






 人形たちを修繕していると、


 ガチャン!


 廊下で物音がした。


「ほらっ、めしだっ!」


 数夫たちの母親の声が、襖の向こうからした。


 静かに襖を開けると、ご飯と二切れの沢庵と味噌汁が載ったお盆が置いてあった。


 静乃はそれを手にすると、机の上に置いた。


 泣きながら食べた。知らず知らずに涙が溢れた。


 ……お父さん、お母さん。どうして、私を残して死んじゃったの? 私も、……お父さんとお母さんのとこに行きたいよ……。





 その夜、静乃は自殺を図った。


 静乃の手首から流れる真っ赤な血が、一体の人形の着物を染めていた。


 その血は徐々に衿元まで染み渡り、着物の色を変えた瞬間、








『クックック……』


 人形がわらった。


 そして瞬きをすると、ヒョイと立ち上がり、近くにあったビニール袋を掴むと、流血している静乃の手首に被せ、ランドセルを重しにした。


 次に静乃が手にしたカミソリを取ると、部屋を出ていった。





『もちもち、たちゅけて、かじ』


 人形は電話をすると、受話器を外したままで、数夫と笙子の部屋へ行った。





『クックック……』


 ぐっすり眠っている二人の喉を、なんの躊躇もなく、ジョリーっとカミソリで切り裂いた。


「グエッ」


「ウェッ」


 数夫と笙子は短い唸り声を発すると、いとも簡単に息絶えた。


 顔に血を浴びた人形は次に、数夫たちの両親の部屋に行くと、二人をも同様に殺した。





『クックック……』


 そして、玄関の鍵を開けると、四人の死体がある棟に火を放った。


 渡り廊下を走って、静乃の部屋に戻ると、静乃が流した血の上にうつ伏せになって、消防車を待った。






「……気がついたかな」


 知らないおじさんの声がした。


「……私、どうしたの?」


 静乃の意識はまだ、はっきりしていなかった。


 そのおじさんの後ろには、若い男が立っていた。


「家が火事になったんだよ。助かって良かったね」


「火事?……他の人たちは?」


「……みんな亡くなった。四人とも」


「…………」


「電話で通報があって、逆探知で消防車が駆けつけたんだよ。受話器を外していたから住所が分かったんだ。家族に怨みを持つ顔見知りの犯行だろ、鍵が開いてたからね。全員、首を切られて死んでた」


「……首?」


「ああ。あなたは手首で良かった。首だったら――」


「! 私の人形たちは?」


「ああ、無事だ。あなたが居た部屋は燃えなかったよ」


「ホントに?」


 静乃は嬉しそうに瞳を輝かせると、白い歯を覗かせた。


「……ただ」


「…………」


「一つの人形だけが、血まみれだった」


「……何色の着物?」


「うむ……何色と言うのかな……綺麗な赤でもなく、……えんじ色と言うのかな?」


「…………」


 静乃は思った。着物は全部、淡い色のパステルカラーか原色の柄物だ。えんじ色の着物を着た人形なんていない、と。





「……どうして、あの子だけ手首なんでしょうね? 他の四人は首を切られたのに」


 病院から出てきた若い刑事が訊ねた。


「うむ……分からんが、人形の顔についていた血は、あの子の手首から流れたのがついたのだろ。人形はうつ伏せになってたから」


 ベテラン刑事が推測した。


「それと、通報したのも、あの子じゃなかったですね? 録音の声と違うし」


「ああ。通報してきたのは、もっと小さな子だ。感情のない、なんか、機械的なしゃべり方だった」


「って、ことは、あの家にもう一人、女の子が居るってことですか?」


 若い刑事が興奮した。


「とは限らん。玄関の鍵が開いてたんだ、外から入って通報したとか、犯人の連れという可能性もある」


「真夜中に子連れで、殺人ですか?」


 解せない顔をした。


「うむ……“烏有うゆうす”だ。物証は灰と化した」


 ベテラン刑事は深いため息を吐き、落胆の色を隠せなかった。





 ――退院した静乃は離れ家に帰ると、手首に包帯を巻いた手で、顔を赤く染めたリコを抱きしめた。


「リコ、ありがとう。私を助けてくれたのね? いま、キレイにしてあげるからね。一緒にお風呂入ろ。リコ、大好きだよ」











『あたちも』

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