人間界と隣り合い、朝が訪れない夢世界……その半分を占める悪夢の国。
そんな悪夢の国の片隅、三日月海岸で、難攻不落の夢遊城は今夜も月明かりの下に揺らめいていた。
「全員〜滅亡しろ〜♪」
歌いながら、石英の廊下を行く者がいた。
夢遊城の住民の一人、クレー・シャムロックである。
巷で名高い呪術師である。
「殺〜さ〜れろみ〜がヤ〜バ〜い〜♪」
湯上がり直後の彼女の黒い髪には水が伝い、雪のように白い体を覆うバスタオルには、何故か血が染み出してしたたり落ちている。
それを何のためらいもなく踏んで歩くので、廊下には血の足跡が残されていった。
そうして自室に着くと軋んだ音を立ててドアを開け、バッタンガチャンと勢いよく閉める。
「はよ〜♪殺さ〜れて〜死ね〜♪」
そして化粧部屋に向かい、ドレッサーの前に座る。
「今す〜ぐ〜♪呪わ〜れ〜て〜死〜ね〜♪」
クレーがクシを取り、髪をすくと、黄金がこぼれ落ちる。
一時期、この黄金を狙って多くの人々が彼女を狙った。
「嗚呼〜748〜♪」
クレーが髪どめを取り、髪を縛ると、髪留めからおびただしい数の触手が生えて、髪についた水をジュルジュルと吸う。
幼い頃、その触手を見た彼女の友人達は、彼女を「魔物」と見下し、首輪をつけて引きずり回した。
「嗚呼〜748〜♪」
クレーが白いドレスを纏うと、たちまちバスタオルと同じように血まみれになる。
だから、彼女は血を落とす為にもう一度水を被らなければならなかった。
「嗚呼〜748〜♪」
クレーが首飾りと耳飾りを取り、身につけると、耳飾りの真珠が、首飾りの宝石が、じゅくじゅく歪んで目玉に変わり、やはり血がにじみ出す。
「嗚呼〜7〜4〜8〜♪」
この"呪い"のおかげで、彼女に好き好んで寄りつく者は一人もいない。
……はずだった。
「?」
化粧箱を開けた時、クレーは少しの違和感に気付いた。
何か、見慣れない化粧品が増えている。
黒い棒状のそれは、リップかマスカラか、はたまたグロスかはともかく、彼女はそれを買った覚えがなかった。
おそるおそるそれを手に取り、観察してみると、淡い光が覗いた。
そこでキャップを外した。
キャップはクリアカラーのものだったようだ。
「は?」
そこには、カメラがあった。
半球型の、広範囲を見回せるタイプの小型カメラ……。
相当な値段のものと見える。
そして今まさに稼働している。
クレーは戦慄した。
「……クレー!」
その時、彼女にとって数少ない馴染み深い声が、部屋の入り口から聞こえてきた。
「お師様!」
「クレーよ! 外が大変なのじゃ!」
金髪を振り乱した小さな少女が化粧部屋へやってくる。
彼女の名はラジョーネ。
その正体は見た目に反し、クレーに呪術を教授した老練の呪術師なのである。
「お師様! こちらも一大事で……」
そこまで言いかけて、クレーは再び戦慄した。
何故なら、彼女が自室に入った時に鍵をかけていたはずだったのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!